第26話 勇士ハルトを追って(2)
「はぁ、何はともあれ助かったぜ。ありがとうよ、カンタービレ所長」
「礼には及びません。本来であればアキラくんの後見人であるわたしが率先して動かないといけないところ、昨日はあなたに任せっきりにしてしまいましたから。これで借りは返したということで」
少し後。〈
「これ全部〈覚醒者〉の記録なのか?」
「魂の記録はこっちの扉の奥よ。鍵をかけてあるの」
奥にはごく普通の扉がある。その手前で一応決まりだから書いてね、と書類を渡された。……誓約書だ。
「一つ、ここで得た情報をみだりに第三者に公開しないこと。
一つ、ここで得た情報を用いて金銭的行為を行わないこと。
一つ、ここで得た情報で――」
――何らかの損害を被った場合も自ら責任を負うこと。
これってどういう意味だ、とカンタービレを見る。カンタービレは苦笑した。
「……前の人生の記憶って、知らないほうがいいこともあるの。だって、何をどうやってももう取り返せないのだもの。中には、つらい過去を思い出して苦しみ続ける人もいるわ。そういう場合も自己責任でね、ってこと」
「…………」
「アキラ、一応聞くが本当にいいんだな?俺が代わりに見ても……」
「……ううん、俺が直接見るよ。……たぶん、俺じゃないとわからないこともあるし」
「まあでも一緒に見る分にはいいんじゃないかしら?3人よれば……えーと、なんとかの知恵?って言うのよね確か」
「文殊の知恵?」
「それ!」
誓約書を確認したカンタービレは、ちょっと待っててね~と言って部屋に入っていった。
「……あ、俺達は入れないんだ」
「まあな。全然関係のない第三者の資料を閲覧されたら困るだろ」
「確かに……」
「……。……この期に及んで聞くなという話だが、ピエトーゾがいる前では話せなかったからな。お前はハルトの死因については聞いているか」
「……聞いてない。何も覚えてないって言われてたから」
「…………なら、閲覧の前に先に伝えておく。ハルトの死因は自殺だ」
「――――ッ……」
言葉に詰まった。……あんなに優しい人が。どうして。……もしかして、俺を殺してしまった罪悪感や後悔でそうなったとか……?
「……俺が魂の記録を見ても原因まではわからんかった。だが、お前が見ればわかることもあるだろう。よく見てやってくれ」
「…………わかった。……あの、ハルトが飲んでたあの薬って……」
「……ああ。精神安定のために処方されていた。何もハルトに限ったことじゃない。前世が自殺、もしくは極めて不安定な精神状態にある場合は安定するまで薬による治療が義務付けられる。…………お前と暮らし始めてからはだいぶ安定していたように見えていたから、そろそろ薬もやめていいんじゃないかって話をしようと思ってたんだけどな……」
「……俺のせい、なのかな……」
「それは違う。お前がハルトの家に転がり込んだのはただの偶然だろう……偶然?」
「…………」
「……まさか、アマービレのやつ……」
「アマービレがどうしたんだ?」
「お前がハルトの家で暮らすことになった経緯を詳しく教えてくれ。どういう状況だった?」
「ええと……」
ひと月前のことを思い出しながらなるべく細かく語っていく。
凡人と名付けられて中庭で落ち込んでいたら、そこにハルトがやってきて、少ししてからアマービレがやってきて……。
「……それで、研究所は〈覚醒者〉で実験するところだって言われたから俺がイヤだって言って……そうしたらハルトが……」
「………………そういうことか」
「……え」
「考えてみろ、その状況でお前がハルトの立場だったらどうする?」
……目の前には右も左もわかっていない、所属先すら決まらない年下で同性で出身地も同じ〈覚醒者〉がいて。
唯一引き取ってくれそうな場所は非人道的な研究をしていて。当人も嫌がっていて。
…………自分の家には、人をひとり住まわせるくらいのスペースが、ある……。
「……俺……、いや、ハルトだったら、その状況なら引き取るって言う。ハルトはそういう状況で見てみぬふりなんてできない人だから」
「そうだ。お前たちはまんまと一緒に暮らすように誘導されたんだ。だいたい、研究所がそんな酷い施設じゃないことはアマービレなら絶対に知っているはずだ。なのに敢えてそんな嘘を吐いたのは……」
「……何か狙いがあったんでしょうね」
カンタービレが戻ってきていた。手に橙色と水色のファイルを持っている。
「その狙いがこの状況のことなのかどうかはわからないけれど、勇士ハルト失踪と同時に連絡が取れなくなるなんて怪しすぎよ。姉として申し訳なく思うわ」
「姉?……なんか名前も髪の色も似てると思ったんだよ、やっぱり姉妹だったんだ」
「アキラくんが想像しているような姉妹ではないわ。わたしの片方の親と、あの子の片方の親が、同じ親から生まれているのよ。……えーと、そちらの世界だと……従姉妹って言うのかしら」
……親が兄弟で、その子供。うん、それは確かに従姉妹だ。
「〈覚醒者〉の言葉で言うところの親戚も含めて、こっちの世界ではある程度親密な関係にある人々は全部『家族』なのよ。姉とか妹っていうのは、子どもたちを見分けるための相対的な呼び名ね。……さて、わたし達のことはこれくらいにして本題に入りましょう。どちらから見る?わたしとしては自分自身の記録から見たほうが読み方が掴めておすすめだけど」
「……じゃあ、俺のほうから見るよ。ピエと死んだ時期の計算が合わないって話をしてて、それも気になってるし」
橙色のファイルが手渡される。気軽に開けないようにか、金属のロックがかかっていた。パチン、と音を立ててそれを外す。
――2004年6月1日、埼玉県A市B町にて誕生。
――2011年4月、A市市立C小学校に入学。2017年3月、同小学校卒業。
「…………履歴書じゃんこれ!?」
思わず突っ込んでしまった。人生がどれくらい事細かく書いてあるのかと思えば、1ページ目はいわゆる履歴書の左側のページだった。
そのまま俺の認識通り中学、高校と続く。だけど。
「……2022年9月、高校中退……」
ここから、俺の知らない話だ。その後はただ一行『2025年12月5日 死亡』とある。
とにかく俺が死んだのは2022年ではなく2025年であることは間違いないらしい。ページをめくる。今度はびっしりといろんなことが書かれていた。
「4歳の頃、幼稚園で同じ組だった板垣やちよ(4歳)に初恋をする……ってこんなことまで書かれるのか!?」
「本人にとって印象深いことだと書かれちゃうのよね~。ハマったアニメとかあるとその作品名も書かれるわよ」
「うわ違う意味で精神えぐられるやつだこれ……黒歴史の部分は飛ばして……高校3年、17歳6月……」
必要ないページをどんどん飛ばす。何枚かめくったところで急にページの大部分が空欄になった。
――2022年6月1日、19時13分。名古屋市N区M番地にてビル屋上から落下した人間と直撃する事故。そのまま意識不明の重体となり、以後、意識回復せず。
――2025年12月5日、23時9分。名古屋市K区U番地の名古屋R病院にて死亡。死因は多臓器不全。
……難しいが、字面から察するにあちこちの臓器が動かなくなったってことだろう。意識不明のまま3年病院のベッドで生きた……ってことだ。そして。
「……この、屋上から落下した人間が、ハルトなんだな」
そこまでは推測できた。ハルトの死因が自殺であること、ハルトが俺より3年早い2022年に死亡していること、ハルトが俺を「殺した」という意味。ハルトの自殺に巻き込まれて重傷を負い、後々死んだというなら全部説明はつく。
「やっぱり〈覚醒者〉は想像力が豊かね。その二文だけでわかっちゃうの」
「ハルトの死因が自殺だってことはさっき教えてもらったから、それで予想はできるよ」
「……なら、勇士ハルトの分は見るのやめておく?」
「…………いや、見るよ。俺は、俺達に何があったのかだけじゃなくて、ハルトが今どこに行こうとしているのか知りたくてここに来たんだ」
橙色のファイルと交換で水色のファイルを受け取る。少し重めのロックを、音を立てて外した。
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