第25話 勇士ハルトを追って(1)

「最終の目撃地点は昨日の16時頃。トファD2区の駅だ。……地下鉄に乗っていたらそのまま保護するように頼んだんだが、ハルトが先に気づいて逃げたらしい」

翌朝。ほとんど眠っていない様子のジョコーソが俺とピエに状況を説明してくれた。

地下鉄でパルティトゥーラを脱出されたらまず見つけられなくなるので警備隊権限で全地下鉄にハルトの保護を要請したらしい。それでどうにか居場所がわかり保護できそうだったのだが……というところだったようだ。……なんだか、俺が想像していたより大事になっている。

「地下鉄に乗れなければ移動範囲はかなり限られます。D2区を警備隊総出で探せば見つかるのでは?」

「それは今朝からやってる。幸いハルトは警備隊の服を着ていることがわかっているからな。見慣れない警備隊の奴がいたらとにかく所属と名前を聞いて確認しろと言ってある。さすがにハルトもトファ地区の隊と隊長までは一致しないだろうからな。日中どこかに姿を現せば見つかるはずだ」

「……あのさ、逃げたってことはハルトもジョコーソに探されてるってことは気づいてるんだよな?」

「気づいてるだろうな。地下鉄に保護命令を出せるのは各所の地区長、事務所の所長、警備隊隊長だけだ。俺の命令だってことはすぐわかっただろうよ」

「だったら当然警備隊の制服着てる奴が探されてるってことはわかってるはずじゃん。俺がハルトだったらまず着替えるよ。着替えて変装すればまた地下鉄に乗れるかもしれないだろ?」

「む……」

ジョコーソが唸った。

「着替えると言っても着替えは持ってないんでしょう?一体どうやって?」

「考えたくはないけど……そのへんの通行人から剥ぎ取ったり……?」

「もしくは労働時間で留守になる家に侵入する、とかだな」

「…………」

「罪が重なってしまいますね……」

少しの沈黙。ジョコーソが溜息を吐いた。

「D2区で見つかれば話は早いんだが……。俺達は見つからなかったときのことを考えるべき、か。せめてどこに向かってるかわかれば先回りできるんだが……。アキラ、心当たりはあるか?」

「ないよ。ハルトからは過去の話なんて全然……、あ、実家とかは?迷惑かけたって言ってたけど、戻るんだったらやっぱり実家じゃ……」

「それがな、ハルトの実家はハド区……パルティトゥーラの北西端なんだ。南に行ったんじゃ完全に逆方向だ」

「そっか……」

「でも勇士ハルトの過去を探ってみるのは意味があるのでは?〈覚醒者〉になる前に行ったことのある街とか……成人しているなら家族旅行で一度は遠出したことくらいあるでしょうし」

ピエの言葉にジョコーソは首を横に振った。

「それが、ハルトの実家はちょっと面倒なところでな……。ハルトはおそらく〈覚醒者〉として認められるまでハド区を出たことがない。認められてからはずっと中央だ。この半年に遠出をしたことがないのは俺が保証する」

「……でも、ハルトの性格的に衝動的に南に行ったってのはちょっと考えにくいと思う。やっぱり目的地がある気がする。……トファ区には何があるんだ?」

「何、何……。何かあったかあそこ」

「あの辺りに目立った施設はなかった気がしますね。途中下車は想定外だったでしょうし、もっと南に行くつもりだったのでは」

「もっと南となると範囲が広すぎるな……。こんなことになるならもっと面談を増やしておくんだったぜ」

ジョコーソが頭をかいて考えこむ。ピエも困った顔をしていた。

俺は……この一ヶ月一緒にいた、俺は……。

「…………俺も、ハルトのこと全然知らないや……」

食べ物の好みは知ってる。どんな服をよく着るのかも知ってる。

だけど、過去については何も知らない。覚えていないという言葉を信じていた。

……いや、何か必ず手がかりがあったはずだ。思い出せ俺、思い出せ……!


『……検定所で君に声をかけたのは、ただの興味だった。僕と同じ日本からの転生者は一体どんな人なんだろう、って』


『……ごめん。君に真実を伝えるべきかどうかずっと迷っていた。だけど、僕がカンタービレに呼び出されたということは、彼女から君の耳に入るのも時間の問題だと思ったんだ』


『……高校生だと聞いたときから、もしかしてと思ってはいたんだ。確信を持ったのはあの『夜』のあと、〈覚醒者リズベリオ〉検定所で君の資料を閲覧したときだ。……検定所には、すべての〈覚醒者〉の元の世界での経歴と死因の記録がある。僕の死因と君の死因を照合して、間違いないと確信したんだ』


――そうだ。

「――検定所」

「……どうした、アキラ」

「〈覚醒者〉検定所に行こう!あそこには〈覚醒者〉の元の世界の経歴が記録されてるって言ってた、俺もそれを見ればハルトのことが何かわかるかも……!」

「無理だと思います」

ピエがばっさりと否定した。

「どうして」

「アキラさんは勇士ハルトの後見人ではないからです。〈覚醒者〉の魂の記録は後見人であるジョコーソさんと、検定所の職員、そして姉妹機関である〈覚醒者〉研究所の所長にしか閲覧権限がありません。本人も閲覧できないんですよ」

「でもハルトは見たって言ってた!」

「本当ですか?」

「……アマービレが許可を出したんだろうな。あいつの許可があれば誰でも閲覧は可能だ。クソ、やっぱり何か知ってたんじゃないかあいつ……」

「そういえば昨日アマービレさんには会えたんですか?」

「出張中だと言われた。……が、普通に居留守だったのかもしれん。この緊急時に何考えてるんだあいつは……」

「もう一度行ってみよう!俺からも頼み込んでみる」

「……わかった。俺も一緒に行こう。ピエトーゾ、留守番を頼めるか。可能性は低いと思うがハルトがここに戻ってきたら連絡をくれ」

「わかりました」



地下鉄で一時間半と少し。〈覚醒者〉検定所に乗り込んだ俺達は受付の職員にアマービレに会わせてほしいと頼み込んだ。

「ですから、所長は出張中だと言っているじゃないですか」

「いつ戻ってくるんだよ」

「現地の仕事が終わり次第ですからわかりません」

「じゃあ資料の閲覧だけでも……」

「所長がいないのにそんな話できるわけないじゃないですか、事情はお察ししますけどダメなものはダメです」

くっ……お役所仕事め……。とは思ったけど、確かに個人情報を頼み込まれただけで閲覧させるような役所はそれはそれで問題がある。どうしようかとジョコーソと顔を見合わせていると。

「ハロハロ~!あらっ、ぐうぜーん!」

「……!?カンタービレ!」

場に全然そぐわない陽気な挨拶をしながらカンタービレがやってきた。

「なんでここに?」

「んー、勘?」

「勘って」

「もちろん冗談よ冗談。アマービレと連絡が取れないからこうして直接出向いたんだけど、どうやら本当にいないのかしらね?」

「ええそうです、いないんです。だからお引取りを……」

「それじゃしょうがないわね。アキラくん、それからそっちのオジサマも。研究所ウチにいらっしゃいな。全員分の資料はないけどうちの職員とその関係者の写しくらいはあるから。……君の用事ならそれで済むんじゃないかしら?」

パチッ、とキラキラした顔でカンタービレは俺にウィンクしてきた。

確かに写しがそっちにあるのなら俺の用はそれで済むけれど……写しあるの!?

「ちょ、ちょっと……!写しはあくまで必要だから取らせているだけであって、いくら研究所の所長とはいえそんな簡単に魂の情報を閲覧させるなんて……」

「何か問題でも?こっちのオジサマは勇士ハルトの後見人だからもともと閲覧権限がある。そしてアキラくんの今の後見人はわたしよ。わたしが閲覧してアキラくんに伝えるのと、アキラくんが直接中身を見るの、どれだけの差があるのかしら?」

「……ぐっ……」

「ちなみに、研究所所長権限で直接奥に乗り込んでもいいんだけど。……それはあなたが叱られてしまうのではないかしら?大方アマービレから絶対に資料室には入れるなと命令されているのでしょう?」

「…………」

「ここは黙ってわたし達を見送るのが、あなたにとっても正解ではなくって?」

受付の職員が黙った。深い深い溜息を吐いて、面倒そうな顔で俺達3人を眺める。

「わかりましたよ、ここにあなた達は来なかった。私は何も聞いていない。それでいいですか」

「グッド。アマービレの教育が行き届いているようで何よりだわ。それじゃ行きましょ、2人とも」

カンタービレが俺とジョコーソの背中を押して入口に強制Uターンさせる。

俺もジョコーソもカンタービレの勢いに呆気にとられつつ、まあ……うまくいきそうでよかった……と苦笑を浮かべたのだった。

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