第27話 勇士ハルトを追って(3)
1998年3月12日、名古屋市S区にて誕生。
『かわいいわねえ。孫って素敵ねえ』
『この子の将来はあなたにかかってるわよ、頑張ってね、■■さん』
2004年4月、私立S小学校入学。
『今日からお母さんと2人で一緒に頑張ろうね、大翔』
『ぼくのしょうらいのゆめは、おとうさんやおじいさんみたいなりっぱなおいしゃさまになることです』
2010年3月、同小学校卒業。
『大丈夫……大丈夫。第一志望は落ちたけど、これならまだT大学にもK大学にも行けるから……』
『やっぱり■■さんに任せていたらダメなんじゃないかしら』
『でもねえ、名古屋に居たままでは良い学校には行けないし。あの年齢の子を東京で一人暮らしさせるわけにもいかないでしょう?保護者は必要なのよ』
2010年4月、私立N中学入学。
『また順位が下がってる!どうして、どうしてなの!あんたはお父さんの子供なのよ!できるはずでしょう!どうして!!』
『■■さん、最近どうしてるって?』
『それが荒れてるみたいで……。この前も電話したけど、ずっと子供の成績の話ばかりで、終いにはキレてガチャ切りでさ……』
2013年3月、同中学校卒業。
『――ああ、ああ、だめ、こんな……こんな成績じゃ……これじゃ私も大翔もあの家にいられなくなる……』
2013年4月、D大学付属高校入学。
『だから反対だったんですよ。山崎の家に、あんなただの短大卒の女を入れるのは』
『D大学など認めませんからね。必ずT大学かK大学どちらかに大翔を入学させなさい』
2016年3月、同高校卒業。
『……………………』
『…………期待に応えられなくて、ごめんなさい』
2018年4月、国立E大学入学。
『どうして……どうして……私はずっと頑張ってきた、20年、20年よ!その間ずっと人生を山崎の家と、あんたに、あんたに捧げてきた!!なのにどうして!どうして!!』
『E大学の、しかも医学部を諦めて社会学だって?』
『そうらしい。ま、さすがに3浪は許されなかったんだろうな』
『じゃあ山崎の病院は誰が継ぐんだ?』
『従兄にT大医学部出のやつがいるからそいつになるんじゃないかって』
『はー……結局分家の奴らに乗っ取られるのか。気の毒だな。まあ跡取りいなくて潰れるよりはマシか』
2022年3月、同大学卒業。
『出ていきなさい。出ていって、好きに暮らしなさい』
2022年4月、W株式会社名古屋支社に入社。
『あいつさー、全然話続かないし飲み会でも隅っこでじっとしてるし、なんかつまんないやつだよな。そのくせ顔はいいからモテるっていう……』
『納得いかないよなー結局世の中顔ってことかよ』
2022年6月1日19時13分、W株式会社名古屋支社(名古屋市N区M番地)ビル屋上より飛び降り自殺。その際通行人が一名巻き込まれ、意識不明の重体。
「……………………」
俺より長く生きているはずなのに、俺よりも少ない魂の記録。
こんなに、……こんなに楽しいことがない人生があっていいのか。
期待があったのは小学校の途中まで。私立のハイレベルな授業についていけなくなって、成績が下がって、中学受験も失敗して、高校受験も失敗して、そして大学も、2浪しても希望の大学に行けなかった。
そしてあるときは自分を責め、あるときはハルトを責めた母親。父親の影が驚くほどに薄い。離婚ではなくハルトを関東の名門校に進ませるために長期別居していたらしいが、こんな状態では夫婦仲もよくはなかったのだろう。
ファイルをそっと閉じる。気が重い。だが、顔を上げた先にいたジョコーソとカンタービレは案外平然としていた。
「アキラ、何かわかったか?」
「……えっ、いやむしろ、2人は何もわからないのか?」
「うーん、アキラくんの人生と比べるとページがうっすいな……とは思うけど。でも、思い出の多さって人それぞれだからねえ。特に彼はずーっと勉学一筋だったみたいだし仕方ないんじゃないかなって」
「読み返してもやっぱり自殺した理由がわからんな。医者になるという夢は確かにダメになっちまったが、地球ってのは医者になれなかった奴が皆死ぬわけじゃないんだろ?学校でいじめにあったわけでもなし、最愛の恋人と別れたわけでもなし。実家には戻れなかったが、もともとガキの頃にしか住んでなかった実家なんて大した愛着もないだろうに……」
「……違う。違うんだよ」
俺は首を横に振る。やっぱりこの世界の人達と俺達では感覚が違う。
「ハルトはきっと、自分が生まれてきた意味がわからなくなったんだ」
ここで生きる人は皆、与えられた環境の中で規則正しく生きることそれ自体に意味を感じている。だから『失敗』はあっても『挫折』はない。最善がなくても次善がある。どんな不幸に見舞われても『生きる』という選択肢が残っている限り、きっとできる範囲で生きようとするのだろう。
だけど、地球に生きていた俺達は呆れるくらいに繊細だから。
自分にしかできないこと、自分が持っている目標、そういうのを見失うと簡単に絶望する。……大抵は、そういうときに誰かが支えてくれて、また立ち上がれるのだけど。
ハルトにはそれがなかった。周りにいたのはハルトが『失敗』したから立ち上がれなくなった母親と、何も知らない会社の同僚だけ。ひとりぼっちで立っていて、立ったまま、どこにも行けなくなって。
『――生きてても何にもいいことないな』
そして、たぶん。ハルトは唯一自分の意思で、それを選んだのだ。
沈みそうになる心を、両頬を張って奮い立たせる。
ハルトの過去はわかった。次に考えるべきは、ハルトの未来だ。
今、この世界のどこかにいるハルトはどこで何をしようとしているのか。
『人を殺してしまった』という罪を抱えた人間が、行き着く先――……。
「なあ、この世界って教会とかあるのか?懺悔とかできる場所」
「懺悔?……ああ、聞いたことあるある。神様に罪を許してくださいって言うやつだっけ……?神様って実はいまだによくわかってないんだけど」
「そもそもこの世界に宗教って概念がねぇんだ。目の前にないものを一体どうやって信じればいいのか俺にはわからんし、他のやつもわからんだろうよ」
「ああ……そうか、教会ってそうだよな、宗教施設だよな……。えーとじゃあ、前世の罪って裁かれることがあるのか?ピエは罪を犯したなら裁かれるべきだって言ってたけど」
「前世の罪を裁く法律は……ないな」
「ないわね。立証しようがないし、この国の罰って原則『現状回復にかかる費用の弁済』だもの。回復すべき現状というのがこの世界にない以上、どうしようもないわ」
「だとすると……。……正直これは一番考えたくなかったんだけど……」
その可能性を考えることすら気が重い。でも、たぶん。こうなってくるともう、これが一番可能性が高い。
人がひとりで悔み、悩み、耐えきれなくなったときに辿り着く結末。
「……ハルトはきっと、もう一度自殺しようとしてる」
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