第28話 独りでは死ねない街(1)

「…………」

「………………」

カンタービレとジョコーソが数秒、顔を見合わせた。

「……ど、どうして……?〈覚醒者リズベリオ〉の感覚ってどうなってるの……?なんで……?なんで何にも困ってない状態から『よし、死のう!』ってなるの……!?」

「すまん、俺からも説明を頼む。お前に対して気まずく感じて家を出ていくのは理解できる。『他人』になろうという意思表示だ。だが、それでどうして死ぬ必要がある?」

「思いつく理由はいろいろあるんだけどさ……」

伝わるように言葉を選びながら説明していく。

まずは、罪の意識。ハルトの性格からして『アキラの死はもう何をどうしたって償えないのだからしょうがないよね』では終われないのだ。何をどうしたって償えないのだから、死んで詫びるという概念が出てくる。

それから、ハルトの中の死にたい気持ちが転生したあともずっと残っていた可能性。この場合、これまで俺を世話してくれていたのは一種の義務感からで、俺にちゃんとした後見人が見つかった以上もう役目は終わったと思ったから……こっちのほうがありえそうだな。

「む、難しいな……〈覚醒者〉……」

「研究所所長として扱いは一通り心得ていたつもりだったけれど……」

「……転生してまでオタクやりたいってくらい元気な人間しか研究所には来ないんじゃ?」

「…………それはありえるわねー」

「問題はどこに行ったか、なんだけど。……南のほうに自殺の名所とかってある?」

ジョコーソとカンタービレが再び顔を見合わせてしまった。

「あー……。ええと、そうか。俺達がアキラの話をちゃんと理解できてないように、俺達は俺達の前提を説明しなきゃならんな。……この世界に『自殺』って概念はないんだ」

「……なんで?」

今度はこっちが聞き返す番だった。人がこれだけ大勢住んでて自殺の概念がない?

「そりゃ、できるできないで言ったらできるわよ。包丁でもロープでも、自分を傷つける手段さえあれば自殺はできる。でも、それでは魂が解放されないの」

「?」

「つまりだな、肉体が死んでいるにもかかわらず魂がずっとそこに残り続けるんだ。わかるか?肉体と魂は死ぬだけでは切り離されないんだ」

「この世界では魂を二人分の遺伝子で縫合して人間が生まれるってのは知ってるわよね?遺伝子の縫合っていうのはつまり、肉体で魂を包み込むことを意味しているの。だから肉体が完全に朽ちてなくならないと本当の意味では魂は解放されず、死ぬことができない。……そしてそれは通常何ヶ月もかかる。合理性を重んじるパルティトゥーラ人にとっては『ただ苦しいだけの意味のない行為』なの」

「夜に外に出ないのと同じだ。ただ何もできないまま、何ヶ月もその場で肉体が朽ち果てるのを待つしかない状態に自分からなろうなんて奴はいない。……そんなもんになるくらいなら病院に通いながらでも生きていたほうがマシだからな」

……確かに、死にたい人って『この場からいなくなりたい』とか『楽になりたい』って思ってるものだよな。何ヶ月も動けないままじっとしていたくはないだろうな……。

「あっ」

急にカンタービレが大きな声を出した。

「どうした」

「……そういう意味でなら一つ、思い当たる場所があるわ」

「どこ!?」

「イファ区の中央にある『処分場』よ。方角的にも合致するし、もし勇士ハルトが『この世界のやり方で死にたい』と思っているなら、きっとそこに向かうはずだわ」

「……冗談だろ、処分場の存在なんてあいつに教えてないぞ。俺ですら今まで忘れてたくらいなのに……」

「処分場って何……?」

そう聞くとカンタービレが眉を下げた。「〈覚醒者〉には難しい概念だと思うけど」と前置いてから続ける。

「すごく簡単に言ってしまうと、魂を肉体から回収してリサイクルする施設のことよ。死体やもうすぐ死ぬことがわかっている人間を預かって、肉体と魂を分ける。魂は『洗浄』して再び新しい命の核として使えるようにして、肉体の残りカスは肥料にする。……基本的に『家族』が死なないと用のない施設よ」

「……つまり、自殺したい奴が行ったら殺してもらえる……ってこと?」

「いいえ。さすがにそれはないわ。生きている人間を処分するには原則『家族』のサインが要る。だから勇士ハルトが単独でそこに行っても追い返されるだけよ」

「そ、そっか……よかった……」

「だが『家族』がいない場合は付き添いの友人のような第三者のサインでも良いとされている。無論、その第三者が信用に足る人物かどうかというのは別途審査されるがな」

「まあ、そんな即信用されるような社会的立場があって勇士ハルトとも顔見知りで彼の自殺を後押しするような第三者がそう都合よく現れるわけが……」

カンタービレが黙った。

「どうした?」

「……いたわ、一人。該当者が。……なぜか勇士ハルトと同時に行方をくらませている、あの子が……」

「……アマービレか!」

「……っ、アマービレとハルトが合流したらまずいってことだよな!?」

「2人とも本当に処分場に向かっていたらという前提だけど、まずいわね。〈覚醒者〉検定所所長の肩書はかなりの信用になる」

「今から追いかけて間に合うか!?」

「ハルトがもう一度地下鉄に乗っていなければ間に合うはずだが……」

「なら俺、行ってみようと思う」

「本当に?まだ勇士ハルトがそこに向かってるって確定したわけじゃないのよ?」

「わかってる……けど、可能性があるのにじっとしてられないっていうか……」

昨日一日家にいて思い知ったのだ。待つのは本当に性に合わない。とにかく喋るし、とにかく動く。……全然年齢相応の落ち着きがないとも思うけど、それが俺だなって感じるから。

「……わかった。ここからは二手に別れよう。俺はここに残って引き続き地下鉄や警備隊からの連絡を待つ。もし別の地域から目撃情報が上がったら連絡する」

「連絡する……のは助かるけど、どうやって?この世界ってスマホ……えーと、持ち運びできる連絡手段はないんだろ?」

「地下鉄の車内に電話があるわ。地下鉄に乗ったら車両番号をジョコーソに電話で伝えておけば、ジョコーソからもその車両番号宛に電話をかけられるわ」

「あ、そうか固定電話はあるんだっけ。……ん?そうじゃん、固定電話があるならその処分場に電話すれば状況はわかるんじゃ……あとハルトが来たら止めてもらうこともできるんじゃないか?」

「……処分場は人間の『死』を扱うデリケートな施設だ。基本電話連絡は受け付けていない。例えばだが、寝たきりになった老人の処分場行きを家族の半分が賛成、半分が反対しているときにお互いが処分場に電話して自分たちに有利になるように動けって言い出したりしたらきりがないだろ?処分場の仕事はすべて対面、書類申請が原則だ」

「警備隊隊長とか研究所所長の肩書でもなんともならない?」

「こればっかりはなんともならないわね……」

もし、ハルトが本当に処分場で『処分』されることを望んでいるなら、直接そこに行ってハルトを止めるしかないということだ。

すれ違いになる可能性はある。全く見当違いの可能性もある。……だけど、最悪の事態を想定するなら行ってみるしかない。

「アキラくん、支度して。すぐ向かいましょう」

「支度……そうか、着替えとかがいるのか」

「着替えを取りに行く時間はないからペザンテに頼んで貸してもらいましょう。他に家から持っていくものはある?」

「何もない……と思う。お金はごめん、貸して!」

「給料天引きでいいわよ!ペザンテに話してくるから少し待ってて」

カンタービレが慌ただしく部屋を出ていく。「アキラ」とジョコーソに呼ばれた。

「俺は先に家に戻ってる。ピエトーゾにずっと留守番してもらうわけにもいかないからな。……それから、これを」

ジョコーソが鞄から小さな……500円玉くらいの大きさの箱を取り出して俺に差し出した。受け取ってみるとほとんど重さを感じなかった。プラスチックのケースだろうか。

「これは?」

Ansioliticoだ。もしハルトが混乱していて手に負えないような状態だったら一錠だけ飲ませろ。いいか、一錠だけだぞ。一日一錠、緊急時は頓服で一錠。それ以上は過剰摂取だ。副作用が出やすく、薬が抜けたときの影響も大きくなる」

「…………わかった」

ということはこれはピルケースか。振るとわずかに音がした。2錠か3錠くらいしか入ってなさそうだ。なくさないように上着のポケットにしまう。

「各地の細かい地図は地下鉄で配ってるからそいつを見てくれ。食い物も車内にあるから良くて……あとは何だ、まあ困ったらカンタービレに聞け」

「うん、ありがとう」

「他に何か俺に聞いておきたいことはあるか?」

「……参考までに、俺が出会う前のハルトのことを聞いておきたい。一ヶ月しか一緒にいなかった俺よりジョコーソのほうが知ってると思うからさ」

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