第39話 あたりまえのこと(3)

「どう?」

「うん、ぐっすり寝てる。やっぱり疲れてたんじゃないかな」

ご飯とかぜ薬とシャワーと、あとジョコーソに少しだけ電話をして、今ハルトは寝台で眠っている。ジョコーソと話したら本当に気が抜けてしまったみたいで、寝台の個室に辿り着いたとほぼ同時に寝落ちてしまった。その様子をカンタービレと見て、ちょっとほっとする。

「わたしもちょっと疲れちゃったわね……。アキラくんは大丈夫?」

「俺はもう少しハルトの傍にいるよ。荷物番も必要だろうからさ。カンタービレは休んでてよ」

「そう?じゃあそうさせてもらうわね。何かあったらすぐに呼んで……」

あくびをしながらカンタービレがシャワー室のほうに消えていく。……荷物持って移動したり、カンタービレも朝から何かと働いていたから大変だったんだろう。

「…………」

寝台の端に腰掛けて、改めてハルトを見る。寝息が穏やかでほっとする。……生きていてくれてよかったと、心から思う。

(……扉、閉めたほうがいいかな)

地下鉄の寝台と一言で言っても、ネカフェのフラットシートみたいな扉を閉めることができる個室式のAタイプ、カーテン付きの二段ベッドのBタイプ、カプセルホテルみたいに小分けの壁で仕切られてるCタイプと実はいろいろあったりする。他よりスペースが広くて周囲の音を遮れるAタイプはやっぱり人気があってこれまでの移動では使うことができなかったのだけど、今は昼の12時くらいだから運良く空いていたというわけだ。

荷物を寝台の下に押し込んで、俺ももう少し深く腰掛けて、中から扉を閉める。小さなフットライトが微かに光るだけで中はほとんど真っ暗になった。ハルトの顔も見えなくなる。

(…………前にもあったな、こういうこと)

ハルトがベッドの横で寝落ちて、それでどうにか暗闇の中着替えさせようとしたことを思い出す。今思えばかなり無茶なことをしたなと思う。

さすがに今は着替えもないしそんなことはしないけど。

(そういえばハルト、この服どこで手に入れたんだろう。ハルトがもともと持ってた服じゃないし……警備隊の服持ってなかったし……。……まあ、後から聞けばいいか)

ゴトン、ゴトン……と電車の揺れを感じる。あー、なんか電車の揺れって眠くなるよな……と思ってたら、ガタンッ!と大きく揺れた。咄嗟に寝台の上に手をついて身体を支える。

指先が、ハルトの手に微かに触れた。

(あ……)

「…………」

ハルトが目覚めた様子はない。……それをいいことに、もう少しだけ触れる。さっき両手で握ったときよりあたたかい。

(…………あー……。……なんだろ、この気持ち)

青褪めたハルトが心配で手を握っていたときと違う。今こうしているのは、特に必要のない行為だ。それでもまだ離すのが名残惜しい。存在を確かめるために、もっと触れていたいと思ってしまう。

(……いままで、特定の誰かのためにこんなに必死になったこと、なかったよな……)

仮にただの友達でも無事を真剣に祈るくらいはしたと思う。近所を探し回るくらいのこともしたと思う。だけどすぐに追いつけない遠くに行ったことがわかって、他の人達も探してくれてるって状況で、たいした手がかりもないのにそれでもここまで来たのは……。

…………俺が、本当にハルトを失いたくないって思ったからだ。

(……ハルトと一緒にいたい。それは友達として?それとも……)



「……アキラ」

手を握り返す感覚があった。それと同時に声を掛けられて「わっ」と声が出る。

「お、……起きてたんだ」

「うん、さっき揺れたからそれで……。それよりアキラ、僕今はだいぶ楽になってるから、こんな狭いところでつきっきりで見てもらわなくても大丈夫だよ……?」

……ハルトの指摘はもっともだ。この個室はそもそも大人1人が寝るためのもので、隣に付き添いがいることを想定した広さにはなっていない。

「あ、……ええとこれは……」

「…………ああ、僕がまた自殺しようとしないか心配してる?大丈夫だよ。もうそんなことしないから安心して。……それにここじゃ何もできないからね」

「……あー、いや、見張ってたとかそういうわけじゃなくって……」

ちょっとだけ気まずい。でも正直に言わないとかえって不自然だ。だから言う。

「俺が、……その、ハルトのそばから離れたくなかった、……っていうか……」

「…………」

「も、もし邪魔なら出ていくけど……!」

「……ううん。僕も、アキラがそばにいてくれると嬉しい」

「…………」

「……明かり、つけてくれる?……アキラの顔が見たい」

空いているほうの手を伸ばして壁のスイッチを押す。天井の豆電球が灯って、ハルトの顔を照らした。

「…………」

「……ふふ、ありがとう」

「ど、どういたしまして」

…………ヤバい。

ハルトが目を細めて、俺に甘えるように微笑んでいた。

たったそれだけのことで、心臓が、ドキドキする。

「……どうしたの、アキラ。……緊張してる……?」

「……き、緊張っていうか。……その、照れてるっていうか」

「照れてる……どうして?」

「ふ、二人きりだから……?」

俺がそう言うとハルトはくすくすと笑った。

「今までずっと二人で暮らしてきたのに……?」

「そ、そうだよな……!?い、今更だよなそんなの……」

「…………」

ハルトが目を細める。もうほとんど目を閉じていた。俺の手をぎゅっと握り返して、握ったまま、頬に寄せる。

「……僕は嬉しいよ」

「…………」

「アキラとこんなに近くにいられて、僕は嬉しい。……大好き」

「え、…………」

すり、と俺の手の甲に頬をすり寄せてそのままハルトはまた寝入ってしまった。

……それより、今。

大好き、って…………。



(え、ええ…………!?ど、どどど、どっちの意味!?)


友達や同居人としてなのか。

それとももっと深い意味でなのか。

すうすうと安らかな寝息を立てるハルトとは対極に、俺は心臓を暴走させたまま落ち着かない思考であれこれとこれから起こることのパターンを考え続けたのだった。

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