第40話 消えゆくように(1)

薄暗い個室の中で、ふっと意識が浮き上がった。時計を確認すると、午後7時を少し過ぎたところだった。

「…………」

手を握ったり開いたりする。……アキラと手を繋いでいたような気がするけれど、夢だったのかな。

(……うん、たぶん夢だろうな。……なんだかすごく、僕に都合のいいことを聞いたような気がするし……)

外の様子を確認するために扉を開けて寝台の個室を出る。2号車まで戻ると、カンタービレ所長がボックス席の窓際に座っているのが見えた。その向かいにアキラも座っている。

「あら、起きたのね?おはよう」

「……!」

アキラの隣に座ろうとすると、アキラが一瞬動揺したように僕を見た。……あれ、……ええと。

「どうしたの?座らないの?」

「……アキラ、座っていい?」

「も……もちろん!」

「?」

カンタービレ所長が首を傾げたが、僕もよくわからない。昼はむしろアキラのほうから僕の隣に座ってきていた……はずだったよね……?

……なんだか昼のことも僕に都合よく記憶してるような気がしてきて不安になった。

何はともあれとりあえず座る。近づいたことで、アキラが緊張しているのが伝わってきた。……忘れかけていた不安がまたざわざわと背中を撫でていく。

「勇士ハルト――もうハルトくんって呼んでいい?いいわよね?晩ごはん食べながらでいいんだけど、そろそろ今回の旅の経緯というか、さっきちらっと言ってた死体を運んだとかどうとかっていう話を聞かせてほしいのだけどいいかしら?」

「あ、それは俺も聞きたかった!その服どうしたのとか……」

「それは……うん、呼び方は好きに呼んでもらって構わないし……。……今日までのことも、覚えている範囲で話すよ」

そこから僕は旅の経緯――僕が真実を知ってからのことを可能な限り詳しく話した。

魂の記録の閲覧をアマービレ所長から特に止められなかったこと。

処分場のことは実家にいたときに聞いたことがあって、アキラに迷惑をかけずに消えるにはそこに行くしか無いと思ったこと。

「……ということは、1人で行っても処分されないってことは知らなかったのね?」

「うん。業者とかの他人が死体を運ぶときには家族の委任状が要るっていうのは知ってたけど、自分自身の処分にも付き添いの家族の同意が要るのは知らなかった。……ハド区の僕の家族に、僕の処分を反対する人なんてきっといなかっただろうし」

「…………」

「……ちなみに、知ってたらどうしてた?」

「知ってたら……?お金を貯めて、遺書を書いて、家からちょっと離れたところで首を吊ったと思う」

「…………」

アキラが俯いてしまった。……正直に答えたほうがいいと思ってそうしたけど、それでアキラを傷つけるのは不本意だ。次の質問はもう少しうまく返そう。

「……知らなかったから自力で処分場に行くって選択肢が出てきたのね。こればかりはハルトくんの知識が中途半端だったことに感謝しないといけないわね……そのおかげでどうにか間に合ったんだから」

「よくはないよ。夜外にいるってだけで危険なんだし……。それでその後は?」

「その後は……」

その後は記憶が曖昧だ。曖昧な中から覚えている出来事を拾って探す。トファD2区の同僚をうまく丸め込んでパンをもらったこと、気づいたら民家の軒下にいてパンを食べたのか食べてないのかも思い出せなくなっていたこと、翌日は朝から隠れては逃げ隠れては逃げを繰り返したこと、その翌日に人の家の庭で朝を迎えて――老女の死体を預かったこと。

「盗みに入ったとかでなくて安心したわ」

「……いくらこれから死ぬつもりだったとしても、そこまで思いきれないよ、僕は」

「会って数分の人間に身内の死体預けるとかマジで……?」

「そこは僕も驚いたけど……。業者を呼ぶお金もないって感じだったから」

「それはそれで変ねその家。業者を呼ぶお金もないなら尚更、もっと早く処分場に連れていくべきだったんじゃないの?って思うわ」

「あ、そうだ。警備隊の制服ってどうしたんだ?その……コモドって人の家に置いてきちゃったとか?」

「……あ」

……忘れていた。でもコモドの家に置きっぱなしにしてはいない。ちゃんと持ってきたのだ。持ってきて、車いすの背面に荷物入れがあったのでそこに入れて、……入れたまま、一度も取り出していない……から、つまり。

「…………処分場に、あるかも……」

「ああ……処分場に『これもういりません』って預けた車いすだったら中身確認無しで処分されてる可能性が高いわ……死体を乗せていたなら尚更、再利用もできない状態だったでしょうし」

「………………仕事、どうしよう」

「ジョコーソと相談だけど……始末書書いた上でもう一度支給してもらうしかないんじゃない?」

「…………」

失敗が明らかになっていく。だめなところが積み重なっていく。アキラが心配そうな顔で僕を見ていた。……ああ、気にしすぎないほうがいい。服一枚だ。

アキラにそんな顔をさせてしまうほどの価値はない。


そこからパンを食べつつカンタービレ所長とアキラの話も聞いた。

まとめると、どうやらアキラ達のほうが8時間ほど早く処分場最寄り駅に到着していたらしい。いくら僕が足止めされていたからといって、先回りされていたのには正直驚いた。……アマービレ所長もそうだったけど、僕の考えることはわかりやすいんだろうか。

「確かに処分場じゃない?って言ったのはわたしだけど、アキラくんからこういう場所ない?って聞かれてようやく思い至ったくらいだからわたし1人じゃとても間に合わなかったわね。間違いなく今回の功労者はアキラくんよ」

「僕が処分場に辿り着いても何もできないってわかってたのに、追いかけてくれたんだね」

「それは……アマービレと合流する可能性があったのと、……あと、処分場で断られたあとハルトがどこに向かうか予想できなかったから」

「…………」

それは確かに僕でもわからない。処分場で断られたあの後、僕はどこに向かおうとしていたんだろう?アマービレ所長には帰れって言われてたけど、そもそも彼女と会わなければ?…………わからない。自分のことだけど、あそこでアキラが僕を追いかけてくれなければ、自分がどうなっていたのかもわからなかった。

ただわかることは、その状態の僕はきっと――……。


――結局あんたは満足に生きられない。そんななまえで生まれてきた時点でおしまい。そういう運命なのよ。


「…………運命……」


アキラの後ろ、一面の黒を写す窓を見ながらつぶやく。顔だけはよく似ていた4歳上の姉を思い出す。

魂を示す名前は〈覚醒者リズベリオ〉となってもこうして僕を呪った。

……いや、逆かもしれない。僕がこういう人間だからこそ、そう名付けられたのだ。


「……ハルト?」

「あ、ううん。なんでも……、……いや、こうやってごまかすのもよくないね」

「そうだよ。言えることなら話してよ。聞くからさ」

「……そんなにたいした話じゃないよ。アキラが僕の運命を変えてくれたのかなって、思っただけ」

「えっ、……あの、それって」


アキラが赤くなって俯いてしまった。

あれ、と思っていると、カンタービレがパンをかじったままの半端な状態で目を丸くしていることにも気づく。

…………何か誤解を与えている気がする。ちょっと苦笑いして、首を振った。


「家についたら話すよ。……ジョコーソさんからもう聞いてるかもしれないけどさ。僕の、最後の秘密。僕の名前について」



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