第32話 暗闇の車窓(2)

「アマービレ所長……!?」

「大きな声を出さないでくれます?周りの方にご迷惑です。それとも今すぐ捕まりたいのかしら」

ハルトが沈黙すると、アマービレはハルトの隣の席に座った。正面に固定された車いすの老女を見、ハルトを見る。

「……ッ、……どうして、ここに」

「処分場で待っていたんです。あなたを。でもなかなか来ないから読みが外れたのかと思って帰ろうとしました。そうしたらあなたに似た人がこの車両に乗っていると連絡がありましたの」

「…………」

「まさか本当に死体を用意して処分場に向かう口実を作っていたとは思いませんでしたわ。一体どうしたんですの、

「……預かったんだ。人から。委任状もある」

ハルトが出した委任状をアマービレは一読する。「本物ですわね」とハルトに返した。

「……あの、僕を待っていたって、どうして」

「凡人アキラに真実を告げて去ったと聞いたからです。あなたが可能な限り『他人に迷惑をかけずにこの世界を去ろう』としているなら、処分場そこしかありませんもの」

「…………」

「アキラにこのことは伝えてあるんですの?」

「……伝えてないよ」

「でしょうね」

「……アマービレ所長……?何か、いつもと雰囲気が……」

ハルトは何度かアマービレと茶会という名の面談をしたことがある。だからある程度の人となりは知っていたのだが、これだけ棘のあるアマービレを見るのは初めてだった。

「ハッキリ言いましょう。私、あなたのことが嫌いです」

「――――」

「なぜかわかりますか?罪も償わない無責任な〈覚醒者リズベリオ〉だからです」

「…………ッ」

「あなたが前の人生を終えた際、第三者を巻き込んだというのは魂の記録から知っていました。あなたもそれを死ぬ寸前に悟ったのでしょう?なのにあなたは罰を受けていない」

「…………」

「だからあなたをジョコーソに預け、間接的に私の監視下に置きました。アキラの魂の記録を見てからすぐにあなたを検定所に呼び出して、あなたが自分からアキラを引き取るように場を整えました。あなたが魂の記録を閲覧したいとジョコーソの許可も得ずに単身でやってきたときも止めませんでした」

「…………どうして、そこまで」

「アキラ自身にあなたを罰してほしかったから」

アマービレは冷ややかな目でハルトを見た。そして続ける。

「……私の兄は……〈覚醒者〉検定所前所長は……5年前、〈覚醒者〉に殺されました」

「な……!」

「客観的には事故です。暴れる〈覚醒者〉の男を止めようとして揉み合いになり、突き飛ばされた拍子に兄は頭を強く打ちました。そのときすぐに病院に運び込めば助かったかもしれないのに、人を殺したとパニックになったその男は兄の安否も確かめずに地下鉄の線路に飛び込んで死にました。兄が発見されたのは男の自殺から丸一日経ってから。……私のたった1人の兄は、そんなつまらない理由でいなくなってしまいました」

「…………それは……気の毒に」

「気の毒?そんな言葉で済むと思っているんですの?あなた、アキラの妹の気持ちを考えたことがあって?」

ハルトは息を呑み、沈黙した。アマービレが畳み掛けるように続ける。

「兄を殺した犯人はもう死んでしまってどこにもいない、誰にも罪を償わせることができない、復讐すらできない!……その行き場のない苦しみが、あなたに分かるんですの!?」

「……………………」

「……その後、私は兄の後を継いで検定所の所長になりました。能力や性質だけで判断されていた〈覚醒者〉に精神鑑定も導入して、この世界に害をなす可能性のある〈覚醒者〉を早期発見できるように努めました。……そして、前世での罪を裁かれぬままにこちらにやってきた〈覚醒者〉には私自ら罰を与えようとしたのです。たとえ異なる世界であろうと罪が償われるのであれば、それはきっと元の世界の者にとっても救いになるだろうと……」

「…………」

「でも、あなたが殺したアキラもこの世界にやってきた。ならば、私ではなくアキラ自身があなたに復讐するべきだと思いました。……あちらの世界に遺されたアキラの妹にはもう成すすべがない。でもアキラ本人があなたを罰するのならば、彼女も間接的に復讐を果たしたことになる……」

「………………」

「……だというのにあなたは、反省していると言いながら罪から逃げて、アキラからも逃げて!ふざけているとしか言いようがありませんわ。アキラから命を奪っておいて、更にあなたを責める権利すら奪おうと言うんですの?私から言わせればあなたには誠意の欠片もありません。最低です」

「………………」

「何か反論があれば聞きますが」

「……君の言う通りです」

長く黙っていたハルトがようやく口を開いた。

「…………本当に、その通りです」

「…………」

「嫌われたくないとか……消えてしまいたいとか……そんなのは、僕のわがままで…………」

「…………」

「どんな、……言葉でも、結果でも、……受け入れないと、罰には、……ならない……」

「理解できたようで何よりです」

アマービレは立ち上がった。ほんの10分程度の相席だった。

「このお婆さまを処分場に届けたらあなたはそのまま家に帰りなさい。私はあなたを、あなたのような身勝手な〈覚醒者〉を一人たりとも許しません。死にたいのならアキラに殺してもらいなさい」

「…………はい」

「……あなたがアキラから正しく復讐された後なら、私はあなたの処分を認めてもいいわ」

「………………はい」



俯いたままのハルトを置いて、アマービレは次の駅で降りた。

『◆お客様にお知らせ◆イファE3区1835番駅付近にて信号故障発生――E3-F3区間運転見合わせ――』

事故を伝える電光掲示板を一瞥し、ホームにある公衆電話から電話をかける。

「労働時間終了後にごめんなさいね。私の『出張』は終わりました。今イファC2区にいますので、明後日には通常勤務に戻りますと所員たちに伝えてください。ええ、ええ。よろしく」

一度切り、再び受話器を上げ、……どこにも掛けずにそれを下ろした。

「……ジョコーソやカンタービレに連絡する義務はありませんわね」

あの死体と委任状が本物である以上、ハルトは処分場に行かなければいけない。今捕まえては誰にとってもいいことはない。それにどうせハルトが死にたいと願ったところで、付き添いの家族や後見人がいない生者は追い返されるだけだ。ハルトが本気ならば処分場の正面で自殺して強引に死体になるなどやりようはいくらでもあるが……。

「あれだけ言っておけば、これ以上『社会やアキラに迷惑をかける』方法は選ばないでしょう。……せいぜい苦しんで、アキラからも嫌われて、もがいて生きるといいのよ」

そこまで呟いて、アマービレは自嘲した。――狂っている。〈覚醒者〉の将来を支援する検定所所長とあろうものがこれでは失格だ。〈覚醒者〉と関わりすぎたのか、それとも、兄を殺された日から全てが壊れてしまったのか。

「…………」

自分と同じように、ある日突然兄を奪われた異世界の少女に思いを馳せる。

生きていればもう四十近くか。彼女は折り合いをつけられたのか、それとも。

「……私にはまだ、割り切れませんわ……何もかも……」

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