第33話 暗闇の車窓(3)

列車の中。車内放送で呼び出されたカンタービレは駅員から受話器を受け取った。

「おはよう、ジョコーソ。こっちはトファG3区にようやく入ったところよ。地下鉄にずっと乗ってると朝も夜もわからなくて困っちゃうわね。……アキラくん?空の眼フィーネの後遺症がまた出ちゃったみたいで、夜中に吐いちゃったのよね。今は落ち着いて寝てるけど……」

時刻は朝5時。アキラとカンタービレが中央を出発してから約18時間が過ぎていた。

「これだけ移動してもまだ半分を過ぎたところってのがなかなかね……。アキラくんも最初は元気だったんだけど。そういえばアマービレは……そう、まだ連絡が取れないの……え!?勇士ハルトに似た人の目撃情報があった!?それを最初に言ってちょうだい!どこ?どこで?」

カンタービレが少し大きな声を出したことで近くの車両で眠っていた数人が目覚めた。アキラも薄ぼんやりと目を開ける。

(…………ハルト……?)

見慣れないベッド真横の壁。近すぎる天井。……ああ、ここは地下鉄の中だとまどろむ。ハルトを追いかけて中央を出て……まだちっとも追いついていない。

「……それは確かに別人……。服装が違う……車いす押して……。……うん、アキラくんには伝えない……わ。変に期待させても悪い……」

聞こえてくる声をアキラは拾おうとするが、カンタービレが声量を落としたのか眠気のせいなのかはっきりとは聞こえなかった。諦めて再び目を閉じる。




(そういえば……ハルトに会えたら、……何を話そう…………)

もし死のうとしているならそれを止めることが第一で。

一緒に中央いえまで帰ってきてもらうのがその次。

……そこまではカンタービレの協力もあればできるかもしれない。でも、その後は?

どうやって、また元のような関係に戻ればいいのだろう?

(考えてなかった……よくないよな、そういう考えなしでとりあえず進んじゃうの、悪い癖…………宵にもよく言われたっけ……)

寝返りを打つ。だんだんはっきりしてきた意識で考えを巡らせる。何を話すか決めておかないと、またこの前のように逃げられて終わりになるか、言葉に詰まって何も言えなくなるかのどちらかになってしまう。……まだ時間はある。考えないと。

(……まずとにかく、ハルトの口から何があったのかを聞く。前世のことはあの記述からなんとなく想像はついたけど、あそこに書かれていないだけで死にたくなった理由は別にあったのかもしれないし……それと一応、俺を殺したのはわざとじゃないんだよなってところも)

そこまで話してもらえれば、これからの話もできるはずだ。

かつてのハルトが俺にしたことを「気にしてない」と言ってしまうと嘘になってしまうけれど、少なくとも俺は今のハルトを責めるつもりはない。……責めたって俺が生き返るわけでもなければ、誰かの気が晴れるわけでもないからだ。

それより俺は、今のハルトがいなくなってしまうことのほうが嫌だ。

あとはハルトとこれからも変わらず暮らしていきたいという俺の気持ちを、ハルトが受け入れてくれるかだけど…………。

(一緒に暮らすのは、最悪、無理になっても仕方がないのかな)

俺がいることでハルトの傷を日々抉り続けてしまうのなら、ハルトが俺を見て辛くなるのなら、……もしそうなら、俺のわがままは通せない。

それなら俺があの家を出て寮に入って、たまに様子をジョコーソに聞くくらいにしたほうがいいのかもしれない。寂しいけれど、ハルトが苦しみ続けるよりはずっといい。

「……………………」

目を開けて、寝台のカーテンを開ける。電車に乗ってから何度目かわからない溜息を吐いたころ、カンタービレが戻ってきた。


「あら、起きてたの?おはよう」

「おはよう……さっき電話してたみたいだけど、ジョコーソと?」

「そう。まあ状況報告ってやつね。向こうでも相変わらず見つけられてないみたい。かなり徹底的に探したから少なくともトファD2区で行き倒れている可能性だけは消えたから安心しろって」

「はは……」

「そうなってくると可能性としては誰かに匿われているか、服装を変えてまた別の地下鉄に乗って移動しているか……。まあいずれにせよ、屋根のあるところには居るんじゃないかしら」

「そっか……それならいいんだけど……」

会話が途切れる。俺は少し考えてから、口を開く。

「……参考までに聞いておきたいんだけどさ、処分場以外で死んだらどうなるんだ?」

「誰にも発見されないままその場で骨になるまで放置されるか、誰かに発見されて専門の業者が処分場に運んでいくか、どちらかね」

「発見されれば絶対に処分場には行くんだな」

「そうね。人の死体は絶対に最後は処分場に行く。なんだっけ……ああ、そう、お墓。お墓って概念がこの世界にはないのよ。肉体も魂もリサイクルして使うものだから埋めておくものはないし、死んだ直後は悲しいけれど1年もすれば割とどうでもよくなっちゃうからね。作ったところで誰も手入れのしない無駄な施設ができるだけっていうか……」

「…………本当に他人に対してドライだよなこの世界……」

「わたしからすれば、死んだ人間のことを何年も何十年も思い続けるほうが大変だと思うけどね。だって思ったところでその人と会えるわけでもないし、生活の中にその人はもういないわけだし。故郷の親や友達のことをたまに思い出すのとも違うわけでしょう?……死んだ人間にいつまでも入れ込み続けるのは、相当な変わり者か、〈覚醒者リズベリオ〉だけよ」

「…………」

「……これはあくまで一般論であって、その、知識として把握しておいてねってだけなんだけど。パルティトゥーラ内で死体が見つかった場合、白骨化して魂が完全に消失してしまう前であれば肉体の中の魂からその人の身元は割り出されるわ。そして、パルティトゥーラの住人であれば関係者にそのことが通知されるようになってる」

……つまり、「どこか」でハルトが自殺していた場合も、パルティトゥーラの中で死体が発見されれば、ジョコーソのところに知らせが来る。

………………本当に最悪の場合は、そうなるのだろう。

「あ、あー、ごめんね、嫌な話をしちゃったわね。でも、彼なら人の迷惑になるところで……なんて、しないんじゃないかしら」

「どうして……?」

「死体輸送業者って、すごく高いのよ。請求は家族や関係者に行くしね」

「……死ぬのをためらう理由になるくらい高いのか?」

「まあ、ジョコーソの給料なら払えるでしょうけど。でもアキラくんのお給料だったら3ヶ月ぶんくらいは吹っ飛ぶわね」

「そんなに!?なんで!?」

「……人の死体って、腐りやすいのよ」

「…………あー……」

……なんか聞いたことある。マンションのある部屋がすごい悪臭を放ってて、中を確認したら孤独死した人がすごい凄惨な姿になって、床に染み込んでるみたいな話……。

「だから輸送のためには常に冷却し続ける装置が必要だし、発見の状態によっては周辺の消毒と清掃もいる。処分場はパルティトゥーラの東西南北4箇所にあって一番近いところに運ばれるけれど、それでもほとんどの人は自分が近々死ぬってわかったら死ぬ前に処分場に行って予約を入れて、死ぬまでの間は近くの病院や施設で過ごしてるわね。そのほうが安上がりだから」

「…………死ぬときすら合理的なんだな……。……というか、各地区に処分場作ったらいいのに。日本の火葬場みたいにさ」

「死体をただ捨てるだけならそれでいいんだけどね。魂のリサイクルをしようと思うと高度な設備が必要なのよ。あと単純に、処分場に勤めたがる人がいないから施設だけ増やしても意味がないのよね。あそこで働けるほど生命工学の知識があるなら中央の事務所のどこででもやっていけるもの」

「…………身も蓋もないな……」

「輸送業者は儲かる上に専門知識もそんなにいらないから希望する人がそこそこいるんだけどね」

気分のいい話ではないけど、聞いておいてよかった。誰かの迷惑になるところでは死なないだろうというのがわかったのは大きい。……そもそもハルトの性格からして、人を巻き込む可能性のあるやり方は二度としないと思ってたけど。

「……参考になった。ありがとう」

「どういたしまして。あ、起きられそうなら朝ごはん食べる?持ってくるけど」

「一緒に行くよ。ちょっとは歩かないとダメになりそう……」

「それはダメよ。どっちかは残って荷物見てないと」

一瞬「えっ?」ってなった。……俺もだいぶこの世界に適応してきたらしい。

「……この世界で泥棒とか気にする必要ある?みんな他人の荷物なんて気にしてないんじゃないか?」

「持ち主不在の荷物は忘れ物として近くの駅で降ろされちゃうのよ」

「き、厳しい……」

「他のお客さんが他人の荷物に興味ないのはそうだけどね。地下鉄の乗務員さんは別。お仕事だから。……まあでも確かにアキラくんもちょっとは歩いたほうがいいわね。わたしには揚げパン買ってきて。中の具はなんでもいいわ」

……電車の中でパン揚げてるの?

というツッコミを我慢して、寝台を降りる。

地下鉄車内は主に普通の乗客が乗る一両目と二両目、バリアフリーだったり車いす用の席だったりが整備されている三両目、寝台とシャワーがある四両目と五両目、そしてセルフサービスの食事や飲み物が用意されている六両目で構成されている。

食事と飲み物はお金を払って買うものと無料で配っているものがあって、無料のものだけでも水とお茶とコーヒー、パンが4~5種類あるという充実っぷりだ。ベッドの寝心地にさえこだわらないのであれば働かなくてもずっとここに住めるのでは……とすら思ってしまう。

実際、働かずにずっとここに住んでいたいかと言われるとやることがなさすぎてイヤなんだが。でも緊急時の宿くらいにはなる。

(……ハルトが地下鉄に乗ったの、もしかしてそのためだったり……とか?)

だとすると処分場行きは大外れということになるけど。でも結局ハルトは地下鉄から一度降りたあとはまだ地下鉄に戻ってないみたいだし……。

「…………ハルトが処分場にいなかったときのことも、考えておかないとだな……」

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