第4話 先輩転生者(1)
「――もしもし?」
ハッとして俺は慌てて立ち上がり、目の前の白手袋を握った。
「よ、よろしく。勇士ハルト」
……わかってたけど向こうのほうが背ぇ高ぇー……俺より10センチくらい上だな多分。
「ハルトでいいよ。君の名前は?」
――凡人って名乗るの嫌だなあ。反射的にそう思った。
いやでも、嫌だろ誰だって。こんなキラキラ王子様オーラ纏った奴にアイアム凡人って名乗るの!だからちょっと誤魔化した。
「あ、ええと、俺はアキラだ。水上暁。水の上に、暁って書いてアキラって読むんだ。よろしく」
「アキラ。うん、よろしくね。……元の名前まで名乗ってもらったからには名乗り返すのが礼儀なのだけど……」
「?」
握手の手がそっと解けていく。ハルトはほんの少し困ったように目を伏せた。
「実は僕、前の人生のことをあまり覚えていないんだ。自分が地球から来たこと、だいたいどんな時代に生きていたのかは覚えているのだけど……肝心の自分自身についてが曖昧で。覚えているのは『ハルト』って名前だけ」
「そう……なのか」
そういう例もあるのか。元の記憶がほぼないってそれもう異世界転生の前提から覆ってるというか、別ジャンルというか、よく自分が転生者ってわかったな……。
「僕も〈覚醒者〉として認められたのは半年くらい前だから君と立場はあまり変わらないけど、異世界転生の先輩として何か困ったことがあったら力を貸すよ」
「あ、……ありがとう」
「それで、君の二つ名を聞いてもいいかな?」
「うぐ」
フルネームを名乗って誤魔化したつもりが誤魔化しきれてなかった。い、言わないとダメなのか?本当に?
「あれ、もしかしてまだ決まってないのかな。ここで休んでるってことはもう検定は終わったのだと思ってたのだけど……」
「え、えーと、実は……俺はその……」
「凡人アキラ!」
可愛らしい大声が中庭中に響き渡った。ハルトが「えっ?」という顔で目を丸くしている。うわー穴があったら入りたい消えたい。そんな俺のささやかな願いと一緒に芝生をザクザク踏み潰しながら美少女所長……アマービレが近づいてきた。
「悪い知らせとより悪い知らせがあるのだけどどちらから聞きたいかしら?」
「どっち選んでも一緒だろそれ」
「なら悪い知らせからですわね。あなたの行き先が決まりません。……あなた本当に他に取り柄ないの?ニホンで生きてたときは何が得意で何に興味を持って生きていたの?今なら特別に検定をやり直してあげてもいいわ」
「平凡な学生にそんなことを言われても……。あとさっきみたいに剣持ってイノシシと戦わされたりホワイトボードで計算と答えの説明させられるのはもう嫌なんでパスで」
「情けない……。それでより悪い知らせなのだけれど」
本当に悪い知らせなのか、アマービレの表情が曇った。これから嫌なことを言うが、自分だって嫌だと思っているんだぞと顔に書いてあるレベルだ。
「……〈覚醒者〉の行き先が決まらないのは前代未聞の事態。かといって〈覚醒者〉であるあなたを田舎に帰すわけにもいかない。関係各所に打診した結果、〈覚醒者〉検定所の姉妹機関……〈覚醒者〉研究所からは引き取ってもよいという回答がありました。このままだと、あなたはそこに行くしかありませんわ」
「〈覚醒者〉……研究所?検定所と何が違うんだ?」
「すごく平たく言えば、〈覚醒者〉で実験する機関です」
「実験?……俺で?」
「他に誰が?」
「いやいやいや、それは嫌だ!だってせっかく異世界転生できたのに行き先が人体実験!?モルモット!?そんなの絶対に嫌だ!!」
俺が好きな異世界転生は、異世界で無敵!チート!最強!次点でスローライフものもまあ好き!役目ほっぽって現地の美少女とラブラブしてるのも好き!ざまぁ系はあんまり読まないけどアニメ化したやつならあらすじくらいは知ってる!……って感じなのだ。いきなりモルモット扱いされるやつはちょっと読んだことがないし、読んだことがあったとしてもやりたくない。
「……そう言うと思いました。でも引き取り手のいない〈覚醒者〉は……」
「……アマービレ所長、よろしいですか」
話に割り込んできたのはハルトだった。アマービレが恭しく姿勢を正す。……俺とだいぶ態度違わない?異世界もやっぱり「※ただしイケメンに限る」って感じ?
「何でしょう、勇士ハルト」
「アキラの身柄を僕が預かることはできないかな?」
えっ。
「……具体的には」
「しばらく僕の仕事を手伝ってもらおうと思うんだ。その間に何か得意なことが見つかって配属先が決まればそれでいいし、そうでなくても僕の仕事は人手があったほうがいいからね。真面目に働いてもらえるなら、僕のポケットマネーからちゃんと給料も払うよ」
「……まあ、あなたと常に行動を共にするというのであれば検定所所長として特に不満はありませんが……」
アマービレが俺を見た。ハルトも俺を見ている。つまり、俺が決めろということだ。
「……ちょっと話を整理させてくれ」
「どうぞ」
「俺は役立たずの凡人転生者だから、モルモットにされるか、ハルトの子分になるかの二択、でいい?」
「子分だなんてそんな。ちゃんと対等な仲間として扱うことを約束するよ」
「ちなみに、仕事って何……?」
「街のパトロール。君の生まれ……日本風に言うと『おまわりさん』みたいなことをしているよ。危険なことがあればもちろん戦わなければいけないけれど、そもそも滅多に危険なことなんて起こらないから安心して」
……「警察官」ではなく「おまわりさん」。そう言われると迷子を送り届けるとか、交差点で交通整理とか、怪しい奴がいないか見回るとか……そういうイメージが浮かんでくる。それなら確かに人手はあったほうがいいし、……俺にもできそう……か?
「……わかった。ハルトと一緒に働くよ」
異世界転生者が二人。片方は勇士と呼ばれる文句なしの王子様系イケメンで、もう片方は何の取り柄もない普通の塩顔ニート。
つまりどう考えても俺はモブ!世界観が世界観なら3話くらいで敵の奇襲にやられて死んでるポジ!自分からこのポジションに甘んじるのは物語的には終わったも同然!……だけどモルモットにされるよりは、マシ!!
「では、そのように手配しておきますわ。研究所には私からお断りの連絡をしておきます」
「改めてよろしくね、アキラ」
再び差し出された白手袋を今度は諦観と共に握り返す。
こうして俺は、正式にモブ1号となったのであった――……。
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