第3話 凡人アキラ、異世界転生す(3)
――2日後。〈
「まさか地下鉄を丸2日乗り継ぐことになるとは思わなかった……」
「言ったじゃないですか、最低3日分の着替えを持ってきてくださいと」
マコの村から汽車で半日。それで俺たちが辿り着いたのは首都の東端だったらしい。
そこから地下鉄に乗って車中泊しながら移動、移動、また移動。(ちなみに地下鉄と言いつつ車中泊が前提になってるのか寝台や風呂はちゃんとあった)〈覚醒者〉検定所というのは首都パルティトゥーラのほぼ中央に位置しているらしいが、そもそも移動に丸2日かかる首都、でかすぎないか?
「このレベルだったら新幹線があってもいいんじゃないかな……それか飛行機……」
「シンカンセン?ヒコーキ?」
「あ、やっぱないんだ……長距離を地下鉄の数倍のスピードで移動できるすごい乗り物だよ」
「作れますか?作れるのでしたら〈覚醒者〉として一生高待遇を受けられますよ」
「無理だよ!?俺ただの高校生だからね!?」
――そう。俺にあるのは日本人としての一般常識プラスアルファ程度。身体能力だって何もない。転生時に神様とかと出会った記憶もないから何かの能力がカンストしてることもない。
「ここから先は、あなた1人で。良い二つ名に恵まれることを祈っていますよ」
だから、この検定所というところで俺の何かが開花することを祈るしかなかった。
「剣術、バツ。槍術、バツ。弓術、バツ。その他身体系統の術、バツ」
「算術、バツ。医術、バツ。暦術、バツ。その他知識系統の術、バツ」
「火術、バツ。忍術、バツ。巫術、バツ。その他特殊系統の術、バツ」
数時間後。俺の前には無慈悲にバツが並んだ検定結果が表示されていた。
「〈覚醒者〉の基礎的な記憶はあるようですが……」
「ただ、ニホンからの〈覚醒者〉はそれほど珍しくない……彼が持っている知識はその多くが既に我々の元に揃っている……」
「となると残るは……」
白衣の科学者……もとい療法士が俺のバツだらけの結果を見てひそひそ話し合っている。聞こえそうで聞こえないのが一番そわそわするから嫌なんだよなー!
「アキラさん」
「は、はいっ!」
「……芸術の心得はありますか?」
芸術。っていうと、アレだよな。絵を描いたり、小説を書いたり、曲を作ったり。
……マンガやアニメは人並みに好きだけど。創作なんて、学校の授業以外でやったことない!
「…………ないです」
「そうですか……」
はっきりとは見えなかったけど、ペンの頭の動きで「×」を書いたのはなんとなくわかった。
「二つ名、どうしましょう」
「〈覚醒者〉であることがわかった以上は帰すわけにはいかないが……」
「どうしましょう、勇士ハルト様にご相談を……」
「しかしこんなことでハルト様をお呼び立てするわけにも……」
ハルト。どこかで聞いた名前だ。……確かこっちの母さんが「ハルト様」って呼んでた奴だっけ。ハルトってなんだか日本人の名前みたいにも聞こえるけどもしかして……。
「何を揉めているのかしら?」
そのとき。やたらと愛らしい声が俺の背後から聞こえてきた。
これだ、と一縷の望みをかけて俺は振り返る。そう。主人公がダメダメでも成立するジャンルが一つだけある。――それは美少女ハーレムもの!
「これが俺のヒロイン……!」
「……ん?」
俺を見上げていたのは、他と同じような白衣を着た銀髪ロングで切れ長の目をした美少女だった。
「あ、所長!すみません、ちょっとこちらに。実は……」
所長と呼ばれた彼女はツカツカと歩いて白衣集団の中に混じっていった。混じったからこそわかる。彼女が頭一つ飛び抜けた美少女であるということは。ただ、どう見ても、その、子供だ。妹の宵と大差ない……中学生くらいに見える。今の俺と並んでも、親子とまではいかないが歳の離れた兄妹みたいになってしまうだろう。
(いや、年下が絶対ダメってわけじゃない、ないんだけど……)
俺アキラは18歳の少年……青年……どっちだ、まあいいか。とにかく18歳だが、このスケルツァンドの身体は21歳の青年だ。見た目13歳に手を出すのは見た目的にも法律的にも倫理的にもアウトではなかろうか。俺まだこの世界の法律知らないけど、さすがに妹と同レベルの子供を性的には見れない。無理。あと俺どっちかっていうと年上の方が好き。
こんなことならピエにも一応彼氏いるかくらい聞いておけばよかった。いや、非モテ童貞の俺にそんなの無理なんだけど。
「ふうん、なるほど。何の取り柄もない〈覚醒者〉だからつける二つ名に悩んでいると」
「君子供なのにはっきり言うね!?」
「失礼な〈覚醒者〉ですわね。私にはアマービレという名があります。アマービレ、もしくは所長と呼びなさい」
「…………」
「あの、それで……」
「いいわ。こんなことで時間を無駄にするのも勿体ない。私が彼の名を付けましょう」
アマービレは俺をまっすぐ指さす。人を指さしてはいけないみたいなマナーはこの世界にないのだろうか?
「――凡人」
「え?」
「あなたは今日から『凡人アキラ』と名乗りなさい」
「ぼ、凡人~~~~~!?」
ぼん‐じん【凡人】
普通の人。ただの人。
――デジタル大辞泉より引用。
「凡人かー……」
検定所の中庭で俺は1人項垂れていた。ピエは俺をここまで送り届けてから普通に帰ってしまったらしい。マジか。
今検定所の中では「凡人」の俺をこれからどうするかを白衣の連中がああだこうだと協議している。モブ白衣曰く、付けられた二つ名に応じて他の事務所(事務所とは言うが、話を聞く限りめちゃくちゃ細分化された省庁みたいなものらしい)に本人の身柄を含めて引き継がれるらしいのだが、凡人が転生してきた前例がないのか、どこに引き継ぐべきかがわからないという。凡人が転生してきたことないって逆にすごい世界だな。
いや、確かに俺が読んでた異世界転生ものもごく普通の主人公なんて言いつつなんかチート級のスキルがある奴が多かったが……。
「なんもないからな俺……」
ごく普通の家に生まれて、ごく普通に育った。変わったことと言えば父親が名古屋に転勤になって、一家揃って引っ越したくらいだ。高校は途中編入になったけど友達は普通にできたし、中の下くらいの顔だったからモテなかったけど、女の子からドン引かれるようなこともなかった。というか多分「転入生」以外の個性がないモブだった。
「…………何かになれる気がしてたんだけど」
異世界転生だってわかって、浮かれた。俺もなにかの物語の主人公になったんだって思った。でも現実はそうじゃない。俺がいないと救われない世界なんてものはなく、俺が居ても居なくても結局世界は変わらない。まがりなりにもここまで育ててくれた両親とも離れてこんな心細い思いをするくらいなら、いっそ転生者だなんて気づかないまま一生を終えていれば――……。
「……あれ?そういえば俺、転生したってことは元の世界では死――」
「ああ、ここに居たんだね」
声が聞こえて、顔を上げた。そこに居たのは白衣ではなく、黒のロングブーツに赤茶のズボン、それより少し濃い色のベストを着て、長いマントのようなコートを羽織った亜麻色の髪の男だった。――うわ、めちゃくちゃ顔が良い。
一言で言うと王子様みたいな奴だった。この国、王とか姫とか居ないんじゃなかったっけ?ていうかこんなイケメンが一体何の用?とぐるぐるしている俺の前に、白手袋に包まれた右手が差し出される。
「初めまして、僕はハルト。勇士ハルトと呼ばれている――君と同じ〈
その瞬間、俺は悟った。
あっ、この世界での俺の役目は、モブとして、こいつの引き立て役になることなんだな――と。
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