第2話 凡人アキラ、異世界転生す(2)
翌朝。両親との別れもそこそこに、俺はピエと一緒に汽車に乗っていた。
「異世界なのに汽車あるんだ」
「ここは田舎ですからね。首都に行けば地下鉄もありますよ」
「地下鉄!?……え、なんか、思ってたより都会……。魔王とかスライムとかいるの?」
「なんですかそれ?」
「…………」
俺は車窓の外に見える田園風景から視線を外し、ボックス席の向かいに座っているピエを見た。そして、今一番気になっていることを聞いた。
「……ここ、異世界だよな?」
「〈
「世界観を教えてほしいんだけど。……その、この世界ってどれくらいの文明レベルで何に困ってたり困ってなかったりするの?剣とか魔法とか超能力とかある?それとももしかして悪役令嬢モノ?」
ピエは少し困ったような顔をした。俺が何を言っているのかよくわからないという顔だ。それでもなんとか俺が聞きたいことに辿り着いたらしい。こう聞き返してきた。
「……この世界のことを大雑把に説明すればよいですか?」
「そう、頼む」
「この世界は……あの、世界と言うとすごく範囲が広いのでこの国に絞りますね。この国はパルティトゥーラ。同名の首都パルティトゥーラを中心に広がる巨大な島国です」
「島国……日本と同じか……」
「と言っても、島国であることがわかったのはほんの百五十年ほど前です。あなたみたいな〈覚醒者〉がこの国の外周をぐるっと一周して……全土の地図を作ったことから判明しました。それまではどこかに別の国に繋がる道があると信じられていたのですよ」
「伊能忠敬みたいな奴がいたんだ……」
「イノウ……?まあいいでしょう。あなたがいたのはパルティトゥーラから東にあるマコという村です。あの辺り一帯の村は綿とその加工品の生産が活発で、気候も良いことから疲れた都会人の観光地としても人気があります。私もあののどかさに惹かれてあの村で療法士をしていたんですよ」
「疲れた都会人がいるんだ……」
「え、今の話で反応するところそこなんですか?……まあいいでしょう」
ピエは軽く息を吐いて、肘掛けについているボタンを押した。すると窓の下がパタンと開いて、コップと、回転寿司屋で見るような押すとお湯が出てくる黒いボタンが現れた。ピエはそれを飲んで、口を潤す。俺も真似して自分の肘掛けのボタンを押した。うん、回転寿司屋でよく見るやつだ。出てくるのは水だけど。
「……なんか、思ったより進んでるな……文明が……」
「そうですか?これは〈覚醒者〉の発明だと聞いていますが」
「いや、汽車とか電車にこれが搭載されてる例は聞いたことがないかな……」
「移動中に喉が渇いたらどうしているんですか?」
「え、途中の駅で降りて自販機でペットボトル買うとか……?」
「わざわざ降りないといけないんですか……?不便ですね……」
なんかそう言われると不便な気がしてしまう。おかしいな、自販機が至るところにあってどこでも飲み物が買えるって結構すごいことのはずなんだけど。
「……あのさ、田舎を走ってる汽車レベルでこれってことは、首都はもっと……スゴいの?車が空飛んでたりとか……」
「クルマ?」
「あ、車はないんだ。ええと……個人で操作する乗り物なんだけど……」
「……何のために?」
「な、何のためにって言われると困るんだけど……ええと、日常生活でどこかに行きたくなったときとか……」
「移動手段は地下鉄がありますから」
「地下鉄の駅まで行くのに車使わないのか?」
「徒歩で十分ですよ。たったあれだけの距離で歩く以外の移動手段を使う方は、私は知りませんね……」
「そ、そうなんだ……大都会なんだな……、っていや、そんな細かい話を聞いていたら日が暮れちまう、もうちょっと根本的なところが知りたい!」
「根本的なところ……ですか」
「そう。ええと、さっきの反応から察するに魔王……というか、この世界を侵略しようとしている悪い奴はいないんだよな?」
「島国ですからね。外から来ようという人自体が稀です」
「内戦とか内乱とかは」
「大昔はあったらしいですが、今はありません。そんなことを企てるリーダーは選挙で落とされます」
「せ、選挙がちゃんと機能してるんだ……。ちなみに乱暴な王様とか邪悪なお姫様とか……」
「王……?姫……?」
「……えっと、首都のリーダーはどんな人!?」
「今の首相はマエストーソ様。非常に落ち着いた老紳士です。悪い噂なんてひとつもありません」
「あ、首相いるんだ……王様がいなくて首相がいるってことは……ええと、共和制っていうんだっけ……?あー現社の授業ちゃんとやっとくんだった!」
「…………」
ピエが無言になってしまった。疲れたのだろう。うん、俺もちょっと疲れてきた。
「……あの、うん、世界観はおいおい確認することにする。最後にこれだけ聞いていい?」
「何ですか?」
「〈覚醒者〉って、何すればいいの?」
「己の魂に染み付いた能力を活かして、国のために働いてもらいます」
「もうちょっと具体的に……。戦うの?何か発明するの?それとも料理とか?」
「それは個々人の能力によりますね」
「そっか……」
俺はまあ、普通の高校生だったから。マンガやアニメも人並みに好きだった。
最近はアニメで見た異世界転生チートものが面白くて、似たような作品を片っ端から読んでた。金ないから1巻試し読みみたいなやつをひたすら横断してただけだけど……。だからこそ、序盤の展開にはそれなりに自信があった。何が来てもいけそうだと。
でもなんか、思っていたのと違う。少なくとも高校生の知識で無双できるような環境ではない気がする。
無双じゃなければスローライフもの?でもこれから行くところは疲れた都会人がいるような首都らしい。むしろスローライフやるんだったらあの家を出ないほうがよかった気がする。でもあの村で俺ニートだったんだよな……。
それから敵らしい敵がいない時点で勇者パーティ追放ものでもない。ピエの話からして剣はありそうだが魔法はなさそうだ。というか、不思議パワー全般無いと思ったほうがいい。
かといってスチームパンクでもサイバーパンクでもない。列車の設備を見る限り技術は割と現代日本に近い気がする。首都に王様や姫がいない時点で悪役令嬢ものも多分違う。そもそも悪役令嬢ものに転生するなら俺も令嬢じゃなきゃおかしい。
(なんだ……あとは既存ゲームの世界に転生しました系?それ系だったらミリしらでもこの世界のことを知ってないと『攻略』できないんだけど……)
「……さん、アキラさん」
「んあ?」
「起きてください。着きましたよ。ここから地下鉄に乗り換えて〈覚醒者〉検定所に向かいます」
「…………」
汽車を降りた俺は口をぽかんと開けたまま目の前の光景を見ていた。
東京のような雑多なビル街ではない。空飛ぶ車もモンスターもいない。だけどそう、これは。
整然と並ぶ同じ形の建物に、彩りを添えるような並木道。遠くには巨大な時計塔。例えるならば、映画に出てくるような美しい海外の街。それも極めて、現代的な。
「……ここ、本当に異世界?」
「どこを見ているんですか、行きますよ」
地下に続く階段からピエが呼びかける。俺は慌ててその後を追った。
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