第1話 凡人アキラ、異世界転生す(1)

「――生きてても何にもいいことないな」



――――……。

――……、ド……。

「ツァンド!!」

「うお!?」

「ひゃっ!?い、いきなり飛び起きないで!」

理不尽。目が覚めた瞬間、最初に思ったのがそれだった。そんな至近距離で大声出されたらびっくりして飛び起きもするだろ、普通!

「い、……ったたた、なんか……頭痛い……?」

一瞬遅れてやってきた強烈な頭痛に顔をしかめながら周りを見回す。ぱっと見、誰かの部屋だ。でも俺の部屋じゃない。じゃあ誰の?

「ツァンド、何があったか覚えてる?」

疑問に思っていると、さっき理不尽なことを言ってきた女が今俺が一番知りたいことを問いかけてきた。女……というか、おばさんだ。白髪交じりの茶髪で四十代くらいの……あれ?なんか服装が変じゃないか?今どきそんな牧歌的な服やらエプロンやらどこに売ってるんだ?

「……え、そのツァンドって俺のこと?」

「そうよ、スケルツァンド。あんたの名前でしょ」

「え?いや、俺の名前は水上暁(みなかみあきら)って言うんだけど……」

「え?」

芸人のコントか?ってくらい一瞬すごい勢いで会話がすれ違った。あれ?でもツァンド、スケルツァンド、どこかで聞いたことがあるような……?

「あれ?スケルツァンドって俺の名前?」

「だからそう言ってるじゃない。何?母さんをおどかすのはやめなさいよね」

「いや、あんたが俺の母さんじゃないことだけは断言できる」

「ツァンド!!!」

うるせえ!俺は咄嗟に耳を塞いでやり過ごした。あ。というか頭痛いだけで手足は普通に動くな。

「おいおいどうしたんだ大声出して」

「ああアンタ、聞いてよ!やっと目を覚ましたと思ったらいきなり『オレノナマエハミナカミアキラ』だとか『アンタハオレノカアサンジャナイ』とか言ってくるんだよ!やっぱり一度ちゃんと療法士さんに診てもらったほうが……」

俺が耳を塞いでいる間に部屋にもう一人髭のおっさんが入ってきた。話の流れから察するにこのおばさんの旦那らしい。というかなんで急にカタコトなんだ。

あれ?でもこの髭のおっさんも見たことある気がするぞ……?

突然目が覚めたら知らない場所で知らない名前で呼ばれ……でもなんだか見る物話す人に覚えがあるような気がして……。

「……おい、それってもしかして……」

「あ、これってひょっとして……」

おっさんと俺が呟いたのはほぼ同時だった。

「な、なあ、鏡あるか!?」

「おい、手鏡持ってこい」

俺が鏡を要求したのとおっさんがおばさんに声をかけたのもほぼ同時だった。

おばさんが慌てて部屋を出て行って、俺とおっさんだけが残される。暫くおっさんの澄んだ紫の瞳と無言で見つめ合った。何の時間だこれ?

「て、手鏡持ってきたよ!」

「よし、ツァンド。顔を見てみろ」

渡された手鏡ですぐに顔を見た。おばさんと同じ茶色の髪に、おっさんと同じ濃い紫の瞳。――うん、どう見ても俺の顔じゃない!!というか、日本人の顔じゃない!!!

これは――ひょっとして、ひょっとしなくても、そうだ。これは!

「――異世界転生だ!!」



改めて自己紹介しよう。俺の名前は水上暁。平成生まれのどこにでもいる18歳、高校3年生……だった。

「――それで、電球の交換中に足を滑らせて落下。頭を強く打ってそのまま3日眠り続け、目が覚めたら言動がおかしくなっていた……と」

「はあ……その通りで……」

今はスケルツァンドという名前の21歳の青年に転生して、片田舎でごく普通の両親と三人で暮らしている……らしい。さっきはああ言ったけど、ちょっとずつ記憶が戻ってきているのかこのおばさんも「言われてみれば母親だったような気がする……」程度にはなった。そう伝えたら半泣きでビンタされたが。

「スケルツァンド……ええと、アキラさんでしたっけ」

それでさっきから俺たち三人に事情を聞いている金髪ポニーテール黒縁眼鏡の美女。おっさん(父親)曰く療法士……つまり現代日本で言う医者で、俺に何が起きたのかを調べてくれているらしい。ただ、おっさんには何が起きたのかだいたいわかっているようだ。異世界転生の知識がある現地人のおっさんすごいな。

「アキラさん?」

「あ、はい」

「アキラさんとして覚えている限りのことを教えてもらえますか?」

「えーと、水上暁18歳。生まれは埼玉で、今は親の仕事の都合で名古屋で暮らしてる……暮らしてた。誕生日は2004年6月1日。あとは……えーっと、5歳下の妹が居る。名前は宵(よい)。……学校名とか携帯の番号とかも必要?」

「いえ、アキラさんとしての記憶はかなりはっきりしているということがわかったのでもう十分です。では次にスケルツァンドさんとして覚えていることを教えてください」

「…………、……そこの二人が親だったような気がする……」

「……わかりました」

露骨に溜息を吐かれた。俺だって忘れたくて忘れてるわけじゃないんだっての。

「お母様」

「はい……」

「お父様」

「はい」

「それからアキラさん」

「うん」

「私の見解を述べさせていただきます。彼は〈覚醒者リズベリオ〉で間違いないかと」

――〈覚醒者〉!異世界転生っぽくてわくわくする響きだ。ところでリズベリオって何語なんだろう。

「〈覚醒者〉……?」

「お母様はご存知ないのですね。簡単に説明しますと、前の魂の記憶が蘇った者……ということになります。最近ですと勇士ハルトのような……」

「ええっ!?勇士ハルト様!?」

急に知らん名前出てきた。ハルト?というかおばさん、さっきまであんなに沈んでたのに急に目の色輝かせてどうしたんだ。

「……コホン。ですので、今の記憶の混乱は一時的なものと思われます。いずれご両親のことも思い出しますので心配はありませんよ。それよりも〈覚醒者〉であることが判明した以上は首都パルティトゥーラに赴き、二つ名を貰わなければいけないのですが……」

「まあ!パルティトゥーラに!?」

「あー……、……お前、わかってるか?国から正式に〈覚醒者〉だと認められたらツァンドはここにはもう帰って来られないんだぞ」

「いいじゃないの!こんな田舎で働きもせず日がな一日ブラブラ生きてるよりは首都でお国の役に立ったほうがよっぽどいいわよ!別に会いたくなったらあたしらがパルティトゥーラまで行けばいいんだし!」

「それはそうだが……」

異世界であっても夫ってやつは妻に勝てないらしい。おっさんはおばさんを冷静にするのを諦めたようだった。諦めるの早いよ。

というか俺、ニートだったの?ひょっとして勇者パーティーとかに入るのも全部これからやらないといけない感じ?

「ちょっとめんどくさいな……」

「義務ですので」

声に出てたらしい。金髪美女に窘められてしまった。

「首都パルティトゥーラまでは私が責任を持って護送します。明朝迎えに来ますので、今夜中に旅立ちの支度を済ませておいてください。最低3日分の着替えと、簡易食料、それから……何かあなたの得意な物を」

「得意な物?」

「パルティトゥーラではあなたの能力を計測することになります。剣でも槍でも彫刻でも楽器でも、何か準備しておいてください」

「わかったよ。あとひとつ聞いていいか?」

「何でしょう?」

「明日から一緒に旅するんだろ?だったら名前を教えてくれないか?」

金髪美女は溜息を吐いた。「訪問時にもう名乗ったのですが」と前置きして。

「…………療法士ピエトーゾ。ピエとお呼びください」

淡々と、俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。








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