第6話 先輩転生者(3)

「ちょ、痛っ、わ、うわわわわ!?」

踏ん張ってみても押し寄せる人の勢いのほうが強い。というか一斉にこんなに人が、同じ方向に向かうって、一体、何!?

うまく同じ方向に歩くこともできなくて、たたらを踏みながら後ろに下がり続ける。途中でガクン、と足首が曲がった。しまった、転ぶ……!

「アキラ!」

「ッ!」

そのまま派手に尻餅をつく寸前、手首を掴まれ、前に強く引っ張られた。顔面が何か柔らかいものにぶつかる。

「わぶ」

「人の流れに逆らわずに少し歩こう。大丈夫、すぐ終わるから」

声が真上から降ってきて、それがハルトの胸だと気づいた。そのままハルトの腕に守られながら、誘導されるがままに進む。不意に周囲から人の気配が消えていった。

「もう大丈夫、顔を上げて」

その声で慌ててハルトの胸から離れる。大量の人が地下に降りる階段……地下鉄へと脇目もふらずに吸い込まれていくのが見えた。

「……これは」

「帰宅ラッシュ。ごめん、もう少し早く伝えておけばよかったね」

「こんなに一斉に帰るのか!?」

「うん。昼の刻は労働時間なのだけど、夕の刻は皆なるべく早く帰って家の中で過ごすようにしてるみたい。……僕らはパトロールの仕事を貰ってるからもう少し外にいるけれど、それでも太陽が沈む前には帰らないと」

「夜のパトロールとか無いんだ?」

「夜はそもそも外に出ることが禁止されてるから」

「……なんで?」

マコの村についてはあまり覚えていないけれど、そこまで厳しい感じはなかったと思う。というか夜に出歩くことすら禁止って、コンビニがないどころか夜勤の人すらいないってこと……?

「危ないからとは聞いたけど、そういえば具体的に何が危ないのかまでは聞いてなかったな……。今度ジョコーソさんに聞いてみるよ」

「ジョコーソさん?」

「僕の上司というか、世話役というか。……そうだね、ジョコーソさんにも挨拶しておかないと。今日から君も一緒に暮らすんだから」

「へ?」

「ん?」

二人して首を傾げる変な間ができてしまった。気を取り直して俺から話を続ける。

「一緒に暮らすって、……俺が、ハルトと?」

「うん。……あれ、検定所でそう言わなかったっけ……?」

「いや聞いて、な……」

――アキラの身柄を僕が預かることはできないかな?

――あなたと常に行動を共にするというのであれば検定所所長として特に不満はありませんが。

「…………」

身柄を預かる。常に行動を共にする。

「あれってそういう意味だったのか?」

「……ごめん。確かに一緒に暮らすとまでは言ってなかったね。ただ、この世界で〈覚醒者リズベリオ〉が誰の監督下にも置かれず自由に暮らすことはできないんだ」

「どうして?」

「前の世界のルールで行動して知らない間にこの世界の法を破ってしまったり、逆にこの世界に無知であることにつけ込まれて悪い奴らに利用されたりしないように……ということらしいよ」

つまり「またオレ何かやっちゃいました?」みたいなことをしないようにってことなのか?やっぱり絶対に無双チート系の世界観じゃないな……。

「〈覚醒者〉はまず検定所で自分の適性を検定してもらって、その適性を活かせる事務所に所属するんだ。その所属先の所長やリーダーが〈覚醒者〉の後見人になる。〈覚醒者〉は後見人に生活のことをいろいろ教えてもらいながら、この世界に慣れつつ働いていく……みたいな流れになってるんだけど……」

「…………?」

「……この説明って検定所に行った最初にされてない?」

「……あ!そういえばピエが何か白衣の人と話してた気がする!」

難しい手続きの後に話してたから任せていいかなって思ってあまりちゃんと聞いてなかったんだった。というか、検定が終わったらピエから説明してもらえると思ってたし……。

「…………一応言っておくと、この世界では21歳は成人だからね」

「日本でも18歳成人になってるから……わかってるから……」

思い出した。今年の4月から法律が変わって、あんたも誕生日になったら成人なんだからねと親に散々言われた気がする。……あれ、そういえば俺ずっと18歳を名乗ってるけど、結局誕生日は迎えられたんだっけ……どうだっけ……。いや、今悩んでも仕方ない。そのうち思い出すだろう。多分。

「それよりパトロールの続き!それか帰ろうぜ!腹も減ってるし!」

「ああ、そうだね。じゃあ、次の駅まで見回ったら帰ろうか」

陽が傾き始めた空の下を二人並んで歩く。本当に先程の一瞬で皆帰ってしまったらしく、街は昼間と同じかそれ以上に静かになっていた。極端な街だ。

「……誰もいないな」

「うん。平和な証拠だよ」

「……なあ、なんでハルトはこんな……パトロールなんて仕事に回されたんだ?勇士ってつくからにはもっと凄い仕事だってできるんじゃないか?」

「そうでもないよ。僕が勇士って呼ばれてるのは、体術の検定で出てきた熊を体当たりで倒しちゃって『体力と度胸がある』って思われただけだから……」

「え、あれ倒せるの!?近づいた時点で死ぬと思って即ギブったんだけど」

「あとで聞いたけど、あの熊は人を食べないようにちゃんと訓練されてるんだって」

……それもそうか。検定で食われましたとかシャレにならないしな。

「だから……うん、この仕事は向いていると思う。そこまで難しいことは考えなくてもいいし、僕がこうして周りを見ながら歩いているだけでも悪さをする人がためらってくれるのなら、それはいいことだと思うから」

「……活躍したいとか思わないの?」

「人の役に立てたらいいとは思うけど、そのために事件が起きてほしいとは思わないかな」

立派だ。当たり前だが、立派だ。……なんか異世界チートとか言ってた自分が恥ずかしくなるな……。



だいたい30分くらい歩いた頃に、ハルトが「ここまでにしよう」と言った。すぐ近くの階段から地下に降りて、地下鉄の駅に向かう。ハルト曰く、パルティトゥーラの住人であれば地下鉄は乗り放題なのだそうだ。俺も〈覚醒者〉として認められたから顔パスで乗ることができた。

地下鉄には、地上の静けさが嘘のようにたくさんの人が乗っていた。夜の街……ほどではないけど、昼間のマック程度には騒がしい。

「夜は外に出ちゃいけないって言ったけど、地下鉄は例外なんだ。ここは始発も終発もなくて、一日中ずっと列車が走り続けてる」

「そういや俺もここに来るまで丸2日地下鉄に乗りっぱなしだったな……。そりゃ24時間走ってる地下鉄があるなら車はいらないか。でもなんで地下鉄だけこんなに栄えてるんだ?」

「それはな、この世界の地盤がすごく安定してて、いくら地下を掘っても平気だからさ」

急に知らない声が割って入ってきた。振り返ると、顎が長い、丸グラサンに灰色スーツの変なオジサンが立っていた。

「えっ、あんた誰……」

「ジョコーソさん」

「え!?この変なオジサンが!?」

「おいおい初対面で言ってくれるじゃないか、ハハハ。一体どうしたハルト、友達か?」

「彼はアキラ。〈覚醒者〉なんだ。ちょっと事情があって、僕と一緒に来てもらうことになって。事後承諾になるけれど、僕の家に彼を住ませたいんだ。構わないかな?」

「〈覚醒者〉じゃ断れるわけないだろ。いいぞ、お前の家だ。好きにしな」

「ありがとう。もし枠が空いていたら彼を雇ってもらえると更にありがたいんだけど……」

「……そいつはさすがに即決できねぇな。とりあえず1か月お前の仕事を手伝わせて、見込みがありそうなら改めて推薦してくれ。うちのナ19隊じゃ無理かもしれんが、実績があれば他の隊にも紹介できるかもしれんしな」

「わかったよ。ありがとう、ジョコーソさん」

ジョコーソがちらりと俺を見た。……あ、そうか。俺も礼を言わなきゃいけないところだ、ここは。

「あ、ありがとうございます」

「ハハハ、最低限の礼儀はあるようで何よりだ。そんで二つ名は?」

「…………ぼ」

「ぼ?」

「凡人……です……」

そう名乗ったら、何かすごく可哀想なものを見るような目で見られてしまった。やめろ、せめて笑えよ!そうしたらこっちだって「失礼なオッサンだな!!」って啖呵切れたのに!同情されるのが一番、つらい!





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