第7話 ジャンル判明(1)

「なあ、あのオジ……ジョコーソさんってどこまでついてくるんだ?」

「家が隣だから到着までは一緒かな」

「えっ、隣にあんな濃いオジサン住んでるの……?」

「聞こえてるぞ、ハハハ」

夕焼けの赤い空の下を俺とハルトが並んで歩き、その少し後ろをジョコーソがついてくる。心なしかハルトの歩調が早く、すれ違う人達も皆急いでいるように見えた。

「……本当に夜になったら外に出ちゃいけないんだな……」

「うん。あ、そうだ。理由を……」

「ゆっくり説明してる時間はねぇからまた今度な。……だが、この街で生きるために一番重要なことを先に言っておいてくれて助かったぜ、ハルト」

「ううん、当然のことをしたまでだよ」

ハルトが目を細めて笑う。そして「ここが僕の家だよ」と2階建ての小さな建物の前で止まった。一軒家なのか2階建てアパートなのかちょっとわかりづらいが、たぶん一軒家だ。出入り口らしき扉が一つしかないように見える。隣も似たような建物で、ジョコーソは「俺はあっちだ」と指さした。

「それじゃあジョコーソさん。また明日」

「おう。あ、そうだ。凡人アキラ」

「凡人は付けないでほしいんだけど……何?」

ジョコーソを振り返る。逆光で顔がよく見えなかったけれど、笑っていないことだけはわかった。

「……お前さん、この世界についてどれだけ『覚えてる』?」

「…………いや、ほとんど何も。両親のことも顔似てるし言われてみればそんな気がするってレベルで」

「そうか。じゃあ、ひとまずこれだけ。……絶対に夜に外に出るな。夜の街を窓から見ようとするな。それはこの街で生きていくための最低限の決まりだ。興味本位とか、なんとかなるだろとか、ついうっかりだとか……そういう馬鹿な理由で決まりを破った〈覚醒者リズベリオ〉は誰一人帰ってこなかった。お前もそうなりたくなければ絶対に守れ。いいな?」

「わ、わかったよ」

「よし!なに、昼のこの街は笑っちまうくらい安全だ、遊びたいなら昼にしとけ!ハハハ、じゃあな!」

ジョコーソはまた急に笑い出しながら俺の背中をバンバンと叩いて、そのまま自分の家に入っていった。……夜外に出た〈覚醒者〉は誰一人帰ってこなかった……?

「アキラ、僕らもそろそろ中に入ろう。日が沈む前に全部の窓のシャッターを閉めて、施錠しないといけないから」

「……わかった」

なんだろう。夜にしか出没しないモンスターがいるとか?それとも夜の街を支配する悪党がいるとか?そういうものの解決こそ異世界転生した勇者とかがやるべきなんじゃないか……とは思ったものの、今この時点の俺にできることがないのは確かだ。大人しくハルトについて家に入った。



家の構造は現代日本とあまり変わらないようだった。靴を脱ぐだけの小さな玄関、少し広めのリビング兼キッチン。二階に上がる階段もリビングの中にあった。二階はトイレと洗面所とお風呂と寝室。強いて違いを挙げるなら「廊下」というものがないようだった。ワンルームのマンションの部屋を階段でくっつけたような感じだ。

それぞれの設備の説明を受けながらリビングと寝室にある窓のシャッターを下ろしていく。室内を照らす明かりはどこか薄暗かった。

「暗くないか?電球交換したほうがいいんじゃ」

「ううん、パルティトゥーラでは夕の刻にはあまり電気が来ないんだ。地球ほど電力が安定してないから……」

「もしかして夜の刻になったら真っ暗になったりとか?」

「そのもしかして、だよ。真っ暗になるから皆寝るしかない。僕らもそうなる前に食事とお風呂を済ませないとね。食事は僕が用意しておくから先にお風呂に入っておいでよ。何か食べられないものはある?」

「……ない、と思う。大丈夫」

「うん、わかった。タオルは洗面所に洗ったものが置いてあるからそれを使って。またあとでアキラ用のタオルを注文しておくよ。パジャマとか、コップとかもいるよね。それも揃えておくから」

「あ、……ありがとう」

礼を言って洗面所に向かう。ハルトの言葉通り、真っ白なタオルが畳んでかごの中に入っていた。隣の空のかごが脱衣かごだろうなというアタリをつけて服を脱いでいく。……このユ○クロで売ってそうなシンプルすぎる村人Aみたいな服も、早めに買い換えたほうがよさそうだ。客観的に見るとハルトの隣を歩くのにこの服はめちゃくちゃ浮いている。

「あれ?そういや俺、着替えどうしたっけ……?」

……あ、ヤバい。着替え入れた鞄〈覚醒者〉検定所に忘れてきたな。まあいいか。着替え以外は特に何も入ってなかったはずだし、そのうち取りに行けば……。

…………明日何着ようか。



風呂を上がってハルトに事情を説明すると、快く着替えを貸してくれた。この王子様、気前が良すぎる……。

ただちょっとサイズ差があるのか、着てみると袖が少し余っている。女ならここは彼シャツ萌えシチュだろうが、男同士だと自分の小ささを自覚してしまって正直ちょっとばつが悪い。幸いハルトは「アキラの分の服も買わないとね」だけで流してくれたので、俺も自分から話題にしないことにした。

「晩ごはんはトーゾ豆のスープと燻製肉のサンドイッチ。ごめんね、あまりたくさん作れる材料がなくて……」

「いや、いきなり来たのに食わせてもらえるだけでありがたいって。いただきます!」

「……うん、いただきます」

……ちょっと間があってから、ハルトも俺と同じように両手をあわせた。あれ?ハルトってやっぱり……名前からしてそんな気はしていたけど……日本人……だよな?

海外の文化とか俺全然詳しくないけど、確かこうやって両手合わせてイタダキマスってやるのは日本人だけだったはずだ。なんかのバラエティ番組で見た気がする。

「……あ、美味しい」

まあそんな指摘は置いといて、先に目の前の食事に口をつける。トーゾ豆っていうのはちょっと青みがかったそら豆みたいな感じで、要するに豆がいっぱい入ったコンソメスープだった。素朴な味で、なんだか身体によさそうな気がする。

燻製肉のサンドイッチは、……何の肉だろう?わかんないけど美味い。キャベツやきゅうりっぽい野菜も挟まっていて、これも栄養バランスみたいなのが考えられている気がする。

腹が減ってたのもあってあっという間に食べきってしまった。

「ごちそうさま!」

「ごちそうさまでした。うん。君の口にあったようでよかった」

「ハルトはいつも自炊してるのか?」

「そうだよ」

「えらいなー……俺料理なんてやったことないや」

「あはは、僕も半年前まではそうだったよ。でも『この街で生きていくなら自分で食うものくらい自分で作れなきゃ話にならん』ってジョコーソさんが色々教えてくれてね。とりあえず鍋一つで煮たり焼いたりする程度ならできるようになったんだ」

「あのオッサン料理もできるのか……」

「ジョコーソさんは警備隊の隊長だからね。僕みたいな〈覚醒者〉を引き取ることもたまにあるみたいだし、基本的になんでもできる人だよ」

「へー……」

「……と、ゆっくりする前に片付けてお風呂に入ってこないと」

「あ、じゃあ皿の片付けは俺がやっておくよ」

「いいの?」

「食わしてもらったんだしこれくらいはやるよ。料理はできないけど皿くらいなら洗えるから」

「……ありがとう」

ふわ、と柔らかい、とろけるような微笑みで礼を言われた。その瞬間、時間が止まる。皿を持ち上げようとしていた指が滑って、ガチャン!と大きな音が鳴って我に返った。

うわ、うわうわ、なんだ今の顔。なんだ今の笑顔!?い……いくらなんでもそれは反則だろ!?いや反則ってなんだ、何を言ってるんだ俺は!?言ってないけど!!

「アキラ?」

「――や、あ、皿洗うから!」

「?うん……じゃあ僕はお風呂に入ってくるね」

ハルトが階段を登って俺の視界から消えていく。それを確認してから俺はその場で声にならない声を漏らしながら蹲った。なんだ、これ。顔が熱い。心臓がうるさい。

「うー……あー……、マジ……?マジかよ……」

……この世界のジャンルが、わかってしまったかもしれない。



――ここは、ボーイズラブの世界だ。

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