第9話 ジャンル判明(3)

翌朝。恥ずかしいくらいに夜の間は何も起きず、恥ずかしいくらいにがっつり寝て、恥ずかしいくらいに寝坊した。昨日「7時には起きて」と言われたのに、時計は9時を指している。慌てて一階に降りると、身支度をしているハルトがいた。

「あ、アキラおはよう!ごめん、そこにあるパン温め直して食べて、急いで着替えてもらえるかな?あと20分で家を出ないといけないんだ」

「おはよう……ってかごめん、すごい寝坊して!」

「ううん、僕こそ起こさなくてごめん。すごく気持ちよさそうに寝てたからつい……。どうしようか、間に合わなさそうなら家に居てもらってもいいんだけど」

「家にいてもやることないしついていくよ。大丈夫、早く食って身支度するのは得意だから!」

寝坊して朝が忙しいのは学生あるあるだ。パンを……温め直すのは手間だからそのまま食べて、用意してあった着替えにちゃっちゃと袖を通す。ハルトの服だからか昨日の村人Aみたいな服よりもちょっと大人っぽくなった気がする。それでも王子様風のファッションのハルトの隣に立つとまだちょっと浮くけど。

「その服って制服か何かなのか?」

「そう。警備隊っていうんだけど、警備隊はみんなこういう格好をしているんだ。アキラは警備隊の正式なメンバーではないからこの服を貸すことはできないんだけど……」

「い、いやいや、俺にその格好はさすがに服に着られてる感がすごいっていうか。俺はこういうラフな私服?のほうが助かるっていうか」

「そういう服でいい?よかった。一応さっき何着か注文しておいたんだ。今日帰ったら届いてると思うから試着してみてね」

「えっ、もう注文したのか?」

「うん。ごめんね、本当はどういう服がいいか相談したほうがいいのはわかってたんだけど、早いほうがいいと思って」

「いや、助かる!ありがとう!」

非モテ学生にどんなファッションがいいかとか聞かれてもわからん。こういうのは目が肥えてるやつに任せるのが一番だ。ばたばた駆け上がって歯磨きと洗顔とトイレを済ませて、またばたばたと駆け下りる。それでちょうど20分。

靴を履いて待っていたハルトを追って家を出た。



「――朝の刻は労働前の準備時間。純粋に準備だけする人もいるけど、この時間で好きなことをしたり、買い物をしたりする人も多いね」

今日は昨日とは別のエリアをパトロールするらしい。相変わらず人通りがほとんどない平和な道を二人並んで歩く。

「仕事の開始が10時ってのがゆっくりできていいよな~。……ん?仕事が始まるのが10時ってことは店が開くのも10時ってことだろ?どうやって買い物するんだ?」

「それを説明してなかったね。ここでの買い物は全部通販なんだ」

「通販」

「宅送っていうんだけど、いろんな商品が書かれたカタログがあるんだ。その中からほしいものを選んで注文書をFAXみたいな機械で送ると、労働時間の間に配達してもらえるっていう仕組み。家具とかは遠くから地下鉄で運ばれてくるから時間がかかるけど、日用品ならだいたい当日中には届くよ」

「べ、便利~!あ、でも外で食事したくなったときはどうするんだ?」

「お弁当屋さんみたいな昼ごはん用のお店は基本的に職場に併設されてるんだ。一般の人が入るレストランみたいなのは観光客向けのちょっとお高いところしかないよ」

なるほど、と頷く。本当に昼間は「働いている人」以外は外に出なくていい仕組みになってるんだ。

「ちなみに学生はどうしてるんだ?学生が買い食いしないとか無理だと思うんだけど」

「パルティトゥーラの学校は全寮制だから下校時の買い食いって概念自体がないんだ。外で学生に会うことも無いと思う。会ったら……脱走者だと思うよ、それは」

「脱走者……」

「ほら、例えばああいう格好の人が学生……」

「…………」

ハルトが指さした先に上下真っ黒の修道士みたいな若い男が居た。目が合う。数秒の沈黙。

「しまった!」

「脱走者だ!追いかけるよ!そこの君、止まってー!」

「えっ、あっ、わ、わかった!!ま、待てー!」

真っ黒な男が逃げる。それを二人がかりで追いかける。真っ黒だからすごく目立っていて、かなり先を走ってても全然見失わない。けど、向こうの足がそこそこ速いのかなかなか追いつかない。

「アキラ!このまま追って!僕は裏道から回り込むから!」

「わかった!」

そう言ってハルトは住宅街の細い道へと消えていった。たぶん近道があるのだろう。俺の役目はハルトが待っている場所まであいつを追い込むことだと判断して、待て待てと追いかける。

「おいあんた、いい加減止まれー!」

「言われて止まる奴がいるわけねーだろ!」

「それもそうだな!」

「……あれ、もう一人の警備隊の奴……あっ!」

「――捕まえた」

建物の陰からハルトが出てきて男の正面に立ちふさがった。方向転換して逃げようとしたところに俺が追いついて道を塞ぐ。男ははぁーと大きな溜息を吐いた。

「くっそー……!」

「その服は……リタルダンド学園の制服だね。すぐ近くだからこのまま連れていこう。アキラ、逃げないようにそっちの袖を掴んでもらえるかな」

男を間に挟む形で三人横並びに歩く。通行人が会釈してきた。たぶんハルトに向けてだ。

「なんでこんな日に限って警備隊がいるんだよ……このルートなら絶対会わないはずだったのに……」

「残念だけど絶対はないよ。この辺りの巡回が少ないのは確かだけどね」

俺より少し若い……中学生か高校生くらいの男はそばかす混じりの顔でハルトをにらみ上げていた。ハルトは慣れているのか男の恨み節を淡々と受け流す。俺は……黙って歩くのがちょっと落ち着かなくてそいつに話しかけた。

「……なあ、なんで脱走しようと思ったんだ?授業がイヤになっちまったとか?」

「は?ちげえよ。ダチ迎えに行こうと思ったんだよ!急に〈覚醒者リズベリオ〉だかなんだか知らないけど学校出て行ってそれっきりで……皆して『しょうがない』みてえな顔するから、俺が……!!」

「〈覚醒者〉……」

「アキラ。僕らの仕事は脱走した学生を学校に送り届けるところまでだ。……脱走に至った事情までは僕らが触れるべきではないよ」

「……あ、ああ……」

「ふん、警備隊も役に立たねえよな!」

「黙って歩いて」

ハルトの表情は少し硬い。仕事中だからなのか、それとも何か思うところがあったのか。今の俺にはわからなかった。



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