第30話 イス取りゲーム
「あー車のナンバーだったんだね」
先生が四桁のナンバーをディスプレイに直接番号を入力すると、あっさりと蓋が開いた。鉄箱の中から出てきたのは、車の鍵みたいに見えた。
今わたしたちの目の前には柵の外からも見えていた車庫がある。そこには埃と落ち葉にまみれた細長い車が停められていて、前後に白いナンバープレートが掛かっていた。
『7676』
車のナンバー。
「おかしいと思ったんですよ。基本的に車のナンバープレートは、自動車が必要なくなった際、廃車手続きをして返却する必要があるんですね」
「? よく意味が分からないのですが……」
「つまり、ナンバープレートがこうして残ってるってことは、税を払い続けてるというわけで。祖父はその辺りちゃんとやってる人ですし」
「無駄にお金払ってるってこと?」
恵美寿ちゃんからの素朴な疑問。
「そういうことです。おまけに車検も切れてないとなると、これは祖父から、私へのプレゼントだと解釈することが出来ますね。ちなみに私の誕生日は先月です。おめでとう私。そして、ありがとう天国にいる祖父」
「拡大解釈し過ぎでは……?」
姫ちゃんがツッコむ。けど、思い直したのか言い添えた。
「まあ、他人の家族の所有物に、私たちがとやかく言えることではないのですが」
「車持ってなかったのでちょうどいいですね」
何がちょうどいいのかよくわかんなかったけど、一人納得した様子の先生は、車のドアを開けた。
「古そうな車ですねえ。BMWって。何故わざわざこんな高い物を……さて中身は……」
「流石に本物を用意することはできなかったようですけど、それっぽい物を見つけてきたといった感じでしょうか」
姫ちゃんが独り言みたいに言ってる間に、先生はがそごそと、あちこち開けたり閉じたり。わたしたちは手持ち無沙汰に後ろから眺めるしかない。
「玉藻せんせー、なんか後ろに脚立乗ってるよ?」
「はあ……脚立? それだけですか?」
「ですよ?」
恵美寿ちゃんが一人離れて勝手に後ろのドアを開けていた。五段ぐらいの高さの脚立が横たわっていた。何に使うんだろう。
「屋根の上にでも何かあるんでしょうか。しかし、この大きさだとのぼれませんね」
先生は少しの間、考えていたみたいだけど、それもすぐにやめて車から降りた。そうして脚立を肩に担いで扉を閉める。
「まあ、いいでしょう。とりあえず持っていきましょう」
「で? 千真大佐は何かある?」
「千真大佐的には、手当たり次第探すしかないねえ、今のところ。悔しいことに。私、アンディなんとやらさん知らんからさっぱり検討付かんし」
「虫刺されスプレー持ってくればよかったねー」
さっきから体が痒い。わたしも姫ちゃんみたいに厚着してくればよかった。
でもこの草、何かを隠すにはいいかもしれないね? 隠した後は整えたりしてるのかな。だったら、それっぽい場所を探せばいいのかな。
そろそろお昼。陽ものぼってだいぶ暑くなってきた。ぼんやりしちゃう。
横から姫ちゃんの呟きが聞こえた。
「メッセージと箱の位置からすると、この車をちゃんと示していたんでしょうね……恐らく、玉藻先生の答えから類推するような当て方が特殊だったと考えると、やはりアンディ・ウォーホルに関連する物……。②&Ⅰという書き方も回答が二つあること示していた。となると、後は……」
「じゃあ、わたしのも答えから当てようとしてたからよくないねえ」
「どういうことですか?」
きょとんとした顔で訊き返された。
「一度隠したんだったら、整えてるかなって思って。お外だったら」
「――あ! わかりました! フラワーです! そうですよ、外といったらそれくらいしかありません」
「お花がどうかしたの?」
「花壇ですよ、花壇!」
姫ちゃんは先生の方を向いた。突然騒ぎ出した姫ちゃんをみんなが見る。
「玉藻先生! このお屋敷に当時、花壇はありませんでしたか!?」
「花壇、ですか? 大分昔なんであまり記憶に残ってないですが……けれど、花壇ならそれこそ庭中にありましたよ? 花ばっかり植えられていましたからね。なんせこんな家ですし」
わたしは庭園みたいなお庭を想像する。お嬢様が紅茶飲んでうふふって言ってそうなお庭。
「ハイビスカスです。アンディ・ウォーホルの代表作にハイビスカスが描かれた作品があるんです」
ハイビスカス? ってー、あの沖縄とかにある? こんな場所にそんな花咲かないんじゃないかなー。南国のお花ってイメージだよ? けど、先生は思い至ったのか、
「ああ」
と、声を漏らした。
「あそこかもしれません」
「ここに昔、かぼちゃ植えてたんですよ」
先生が指差した先には、でっかい石がいくつか転がっていた。
そこはお屋敷の裏側にあった。ちょうど、わたしたちが入ってきた場所のすぐ横。
石に囲まれた内側には、山から落ちてきたっぽい落ち葉にまみれていた。わたしはいそいそと落ち葉を手で払い除ける。すぐに茶色く湿った土が顔を出す。それもさっと払い退けると、出てきたのは、鉄板で塞がれた井戸……井戸?
井戸と違って、周囲を鉄で囲ってる感じ。井戸っていうかドカン?
穴の縁にはよくよく見ると、赤と緑のLEDランプが付いていた。電子機器って感じ。
「かぼちゃって……私、ハイビスカスって言ったんですけど」
「パッと見、花は似てるじゃないですか。本家の絵も塗りたくられてますから、あの絵がかぼちゃって言われれば、私はわからない自信ありますよ」
「あなたも大概ですけど、お爺さんも大概です……美を冒涜してます」
「しかし、こんな場所に井戸なんてありましたかねえ。ああ、井戸じゃなさそうですね。ランプの色からすると、この蓋と屋根裏のスイッチが連動してるわけですか。祖父も面倒な真似をしますね、全く。ウォーホルとホールで掛けてでもいたんですかね。しょうのない」
「しっかしこれは」
「はい。想像以上に厄介ですね」
千真ちゃんと先生が顔を見合わせていた。
「どういうこと?」
よくわかんない。恵美寿ちゃんもそう思ったのか訊いた。
「要するにですね。正面玄関のボタンと、屋根裏のボタンを同時に押さなければ、この穴を探ることができない。さらに、もしもこの下にもボタンがあった場合、当然、そのボタンも押し続けなければならない。そういう仕組なんです。屋敷のお宝、もしくは次の仕掛けを探る人数は、その度に減っていきますよね。ま、ボタンとは限りませんか」
「え? でも、」
わたしが口を挟もうと思ったら、先生が待ったのポーズ。
「言いたいことは分かります。正面玄関のボタンからは一旦離れていても大丈夫じゃないか。階段が上がってしまうだけなら、その間、別の場所に行ける――と、そう言いたいんですよね?」
「うん」
わたしはこくりと頷いた。
「その場合、問題となるのが、屋根裏のボタンですね。何せ――」
先生は脚立を担ぎ直して、手のひらを太陽に翳す。
「この気温ですから」
階段だけだったらまだよかったかも。けど、あそこには扉が付いていた。この暑い中、あの密閉された空間にいたら確かに危険……かも? お外に向かって大声出せばいいんじゃって思うけど、大声も出せないくらい弱ってたらって思うと大変だよねえ。
「……もう一時半ですね。一旦、お昼にしましょうか」
「はーい」
みんなの声もどこか疲れていた。
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