第15話 宝探し
「「昨日のドロボー!!」」
たった今、担任の芳来(よしらい)先生から、教育実習生として紹介された卯元崎玉藻(うがんざきたまも)先生に向かって、教室の後方からとんでもない大声で叫んだ二人がいました。廊下まで、いいえ、もしかしたら隣の教室まで聞こえたかもしれません。
振り返って見るまでもなかったですけど、どんな顔をしてるのかは気になったので、振り向いてみます。
千真さんと空穂さんのお二人です。片方は驚愕、片方は心底嬉しそうに。どちらがどちらなのかは言うまでもなく、誰でも分かると思いますので敢えて言いません。
教室がざわざわとし始めました。
「泥棒?」
お二人には手を焼いている様子の芳来先生ですけど、流石にその言葉を聞き過ごせなかったのか、眉毛をぴくりと動かしました。
件の卯元崎先生――言い辛いですね……。玉藻先生は、手を体の前でぎゅっと握りしめたままでしたが、それでも、あからさまに焦っているのが伝わってきました。
玉藻先生はワインレッドのジーンズに、灰色のシャツを合わせた落ち着いた色合いの服装をしていましたが、そのシャツの腋に汗が滲んでいました。こっちまでその不安な胸中が伝わってくるようです。見ていてハラハラします。私、共感性羞恥の気があるのでこういうのはちょっと。
さて。なんて言い訳をするのでしょうか。
「あ、あはは。あははは。あ~、あなたたち、ここの学校の、じゃなかった、このクラスの生徒だったんですねー。いやあ、芳来先生聞いて下さいよ。実は私、あのすぐ後、そこの二人と仲良くなったんですよ。二人とも校庭で遊んでてですね。挨拶したんですね。明日からよろしくお願いしますーって。
で。その後意気投合して、三人でケイドロなんかやったりして。あはは。も~。まーだドロボーなんて言ってくるんだから。あはははははは」
「へえ。ケイドロですか……三人で?」
「え、ええ。三人で。鬼ばっかりで大変でしたね。ええ。もう足くたくたで。あはあは」
「はあ……」
芳来先生はメガネを掛けた今年三十九歳になる先生です。知的な印象で、子供たちよりも、子供たちのお母さんに人気がありました。
厳しく、あまり冗談の通じない先生です。
「足くたくたって。よく言うよ」
「先生だったんだあー。はあ~」
と、後方からまるで庇うつもりのない声が聞こえてきました。そこで芳来先生の目が若干細められましたが、続く、
「ケイドロってか、かくれんぼ鬼ごっこだったじゃんね。……はあ、でも先生だったんだあ、あーよかったー」
という、千真さんの呟きで一応の納得を見せたようです。後半は声が小さくて、芳来先生には聞こえなかったでしょうけど。昨日、千真さんはそのことを随分気にしている様子だったのでよかったですね。あの後ずっと「危なかったかも」と、言っていましたし。
「それではみなさん、これから約一ヶ月の間、玉藻先生と仲良くやっていきましょう。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いしまぁす!」」
先生に続いて、クラスメイトたちからの元気の良い挨拶が響きます。
こうして、玉藻先生はクラスのみんなから温かく迎え入れられました。
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