第14話 ケイドロ

「おーい」

 ぺちぺち。

 頬を叩いてみるが、女は起きる気配がなかった。

 私は心配になって訊く。女のことじゃない。それよりも気になることが今あった。

「今何時?」

「後十五分だねえ」

「そろそろ帰らないとマズいなあ」

 頬をかく。恵美寿たちのことも気になった。これ、このままここに放置しといていいもんかな。

「ん」

 と、そこで女の目が開いた。時間にしては一分も経ってない。

「ここは……」

 ベタだ。ぱちぱちと。瞬きを繰り返し、私たちを認識した。

 その様子を見て私は口を開く。質問しなければ始まらないだろうから。

「ねえ。お姉さんって――って、あーっ!!」

「逃げちゃった」

「マジかい……」

 凄い勢いというかなんというか……。

 お姉さんは目を見開いた途端、跳ね起きて飛んでいった。あれ、ブレイクダンスとかで見たことあるよ。ネックスプリングだっけ。見た目からは想像できないとんでもない女だ。

「追おう。空穂特派員」

「うん」

 なんかもう二人してこの遊びに飽きた感満載だったけど、私たちはそこそこ急いであのお姉さんを追い掛けた。悲鳴が聞こえてこない。置いた人形に慣れたのか気が付かなかったのか、それか目の前の空穂の方がよっぽど怖かったのかもしれない。

 心なし脚を早めた。

「あー、行っちゃう」

 部屋に到着し、窓の外を見てみれば、女が柵に手を掛けるところだった。パンプスも失くなっていた。やはり、あの女の持ち物だったのだ。ご丁寧に履き替えている。

 女が柵に手を掛けた。次の瞬間、

「あ」

「あ」

 柵からずるっと手を滑らせた。

 まるで、柵に油でもぬってあったようににお姉さんはずるずると手を滑らせていって、さらには、来たときにはそこになかった大きな石に盛大に尻を打つ。

「あいったあ!」

 タブレットのアラームが鳴り、十八時半を告げた。




「くんく……う、なんか臭いです。なんでしょう、これ」

 追い掛けていた白ワンピの女は、ふきふきとハンカチで手を拭っていた。蹲って尻を擦っている。

 お姉さんが近寄って来た私たちに視線を向けた。体がひくんとなる。まだびびっているらしい。

「お姉さんって泥棒?」

「なっ!? 誰が泥棒ですか!? 人聞きの悪い!」

「だって、どう見ても怪しいし」

「ていうか、あなたたちこそ誰……もしかして、この辺の子供だったりしますか?」

「そうでーすぅ」

 空穂が屈みひらひらと手を振った。

「う」

 呻いた。よっぽど空穂が苦手らしい。

 こうして見ると――。大学生かな? それか高校生? 落ち着いた格好をしているから割と大人びて見える。敬語のせい?

「もしかして、そこの小学校の子ですか?」

「はあ。そうですけど」

「何年何組?」

「四年一組でーす」

 見ず知らずのこんな怪しいお姉さんにあまり詳しく身分を明かすのは抵抗があったけど、止める間もなく空穂が明かしてしまう。

 お姉さんは黙る。顎に手をやり、何かを黙考しているようだ。

「なるほど。そうですか。ま、いずれにせよ今日はここまでです。事情は明日にしましょう。もう遅いことですし」

 お姉さんは、しばらくしてようやく口を開いたかと思うと、話はそれで終わりとばかりに、さっさと立ち上がった。膝を叩いて、土を払い、尻を叩いて、うっと呻き、私たちに背を向ける。今度は、先とは違うところに手を掛けた。そこでハッとした。

 あまりにも自然に立ち去ろうとするから、ぼうとしてしまった。

「話はまだ終わっ」

「明日、嫌でもわかります」

 そう遮り、柵を軽々と乗り越えて立ち去って行く。

 呆気に取られる私と空穂。なんだあのマイペース女。さっきまでのビビりようはなんだったんだ。

 逃した? まんまと? 泥棒を? いや。泥棒じゃないのか? まんまと言い包められたような気もするけど、それにしては、立ち去るときに言っていた言葉が引っ掛かる。それっぽく煙に巻かれただけか?

 ……思えば、かなり無茶をしていた。

 ああも追い詰めてしまったけど、あのお姉さんが刃物とか持ち出すガチの危険人物だったら私はどうする気だったのだろう。あの身体能力……絶対に逃れられない。

 私一人だったらまだいいけど。

 空穂やみんなまで巻き込んでしまっている。

 少し冷静になった。

 何やってんだろ、私。

「帰ろっか」

 もう、完全に陽が没んでいた。

 例え、今黒揚羽に登場されたところで、私は気が付かないに違いない。それくらいに暗くなっている。

 夕暮れから夜へと至る境界線は、もう完全に過ぎてしまっている。ならば、私たちに残された選択肢は、このもやもや感を抱えたままお家へと帰るしかないのだ。

 小学生ってのは、どうやったって、門限には逆らえない生き物。破ったが最後、めんどっちいことになるのは目に見えているのだから。

「はあ。結局なんだったんだろ、色々」

 ていうか今日、何する予定だったんだっけ……そうだ。秘密基地だ。追いかけっこに夢中になり過ぎて忘れていた。秘密基地……は、どうなんだろう、ここ。場所的に。うん。でも、ここはもう一回来てちゃんと調べたいなあ。みんなが一緒してくれればいいけど。

「お母さんに怒られるなあ」

「だねぇ♪」

「ごめんね、空穂」

「え? なにが?」

 へらへらと空穂が返す。その手にはタブレットが握られていた。写真をにまにまと眺めていたようだ。その笑顔を見て、私は安心した。




「あー! やあっと来たー! もー! 遅すぎー!」

「……」

 学校の校庭では、恵美寿と姫が律儀にも私たちの帰りを待っていた。

 恵美寿はぷりぷりと騒ぎ散らして、姫は何故か終始無言。

 帰りがてらにさっきまであったことを話した。二人とも驚いた顔を私たちに向けていたが、最後にはやっぱり狐に摘まれたような顔になった。

「なにそれ」

 私が聞きたいよ、全く。


 翌日、私は全てを知る。


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