第7話 秘密基地

 ダダダダ!!


 物凄い振動が足を伝って体全体にやってきた。

 びっくうっ! と、体が強ばり、顔を見合わせ固まるあたしたち。

 続けて、

「あはははははははははははははは!!」

 と、どっかで聞いたことのある笑い声が聞こえてきた。

 姫ちゃん、もう今のでどうにかなっちゃったのか、片方の手を自分のお股に当てて、きゅっと内股になっている。

 ドタドタドタと駆ける幾つもの足音に、徐々に大きくなる荒い息遣い。

 恐る恐ると二人で振り向いた。視線の先にあるのは、たった今通ってきた正面玄関ホール。その向こうには、反対側の廊下があるけれど、薄暗い為に全体が見通せなくなっている。

 暗闇の中から、とんでもない速度でやって来るそれは――……。

 あの写真の、白いワンピーズを着た、髪の長い女の人で――……。

「ひゃああああああああああ!!」

「ひゃああああああああああ!!」

 それを脳が認識した瞬間、二人一斉に駆け出した。

 後ろから金切り声がしたけれど、そんなもの聞こえない振りして走った。

 蹴躓きそうになる。今度は姫ちゃんが手をぐいっと引っ張ってくれる。

 そうして気付く。このまま行っても、ぐるっと一周回るだけで何の意味もないことに。

「姫ちゃん!」

 階段を指差し、半周回ったところで一階へ。階段を一気に駈け下りる。振り向く。追ってくる気配はない。上をドタドタ走ってる音は聞こえるけど、あの二人ならなんとかなる。屋敷に入るのに通った物置部屋へと入る。扉を閉めようかと思ったけれど、残る二人を考えて止めておく。

「先に」

 姫ちゃんに先を促した。こくりと頷き、足を窓に掛けるも、なんだか動きが入って来たよりぎこちない。もたもたもたもた。焦っているのか。しょうがない。

 後ろを気にしながら待っていると、やっと窓の外へ出てくれた。律儀にあたしを待ってくれてるようだ。

「先行ってて……すぐ行くよ。大丈夫」

 一人、ちょっとだけ千真ちゃんたちを待ってみようかとも思ったけど。不安そうな表情を見てやめた。ジャンプしてパッと外へ出る。ずいぶん暗い。もう夜? って思ったけど、山を背にしているから暗いみたいだ。

 姫ちゃんが急いで塀を越えようとしている。そんな這い上がるみたいにしないで、どっかその辺にある適当な石、足場に使っちゃえばいいのに。横見れば普通に落ちてるし。

「支えててあげる」

「えっ、やっ、待ってくださっ」

「?」

 わかんないけど、お尻を持ってあげたら、ぺちゃっと手のひらが濡れた。

 ……あー。あのときおしっこ漏らしちゃったのか。

「大丈夫だよ。ほら。あたしもちょっと漏らしたから。おあいこおあいこ」

「ふっ、ぐっ」

 嘘だけどさ。

 その呻き声は、果たして柵を越えようと踏ん張っているからなのか、泣いているからなのか、あたしにはよくわからなかった。手がべちゃあっとなって、ちょっとだけ気になったけど、そのままぐっとお尻を持ち上げた。

 手なんて洗えばいいしね。

 地面にめり込んでいたでっかい石を二つばかり拾って重ねる。なんかいっぱい転がってた。花壇用にでも使っていたのかもしれない。

 柵に手を掛けたとき、おしっこで手が濡れててけっこうな勢いで滑った。両手でしっかりと握り、勢い付けて向こう側へと降り立つ。

「えいさっと」

「ふ……え……ひんっ……ぐす……」

 あーあ、泣いちゃった。

 姫ちゃんが泣く姿を見るのは意外とこれが初めてだ。

 うーん。どうしようかな。

 後ろを振り返る。

 夕闇に沈んでいく洋館。戻ってこない二人の友達に、目の前でおしっこ漏らして泣き出してしまった友だち――そして、白い女の幽霊。

 今思うと、あの幽霊は、追い掛けていたのか、追い掛けられていたのか……。

 遠くの方から、『よい子のみなさん、五時半になりました。早くお家に帰りましょう。気をつけて帰りましょう』という、公民館で、子供たちが持ち回りでやっている地域放送が聞こえてきた。今度のあたしの番はいつだっけな。


 これからどうしよう。あたしは時間的にまだ大丈夫だけど。姫ちゃんは。

 黒揚羽が洋館の中へと入って行くのが見えた。

 途方に暮れるあたしが夕日に暮れる。

 たった今、あたしの中で生まれたちょっとしたジョークにくすっと笑う。


 ふふふ。



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