第6話 秘密基地
そこで気付いた。
廊下がけっこう明るいことに。カーテン越しでも伝わる。たぶん、上の方にあった陽が傾いて、山の向こうに沈んでいくところ。
夕方――廊下がオレンジに染まっていた。
「そういえばさ、カーテン開ければいいんじゃないの?」
そっちの方が怖くないだろうしって意味を込めて訊いた。
「万一、近所の人にバレたら大変だからねえ――って、思ってたけど、内側の窓だったら見られる心配もないか。わーい。開けちゃえー」
この建物はここまで見た感じ、『口』の内側が廊下で、外側が部屋という作りになっている。
外側の部屋に引いてあるカーテンならともかく、廊下の窓に引いたカーテンなら、例え開けても外から見られることもない。そうと分かれば早い。シャッシャッシャッシャ、とカーテンを開け――ようと思ったら、姫ちゃんが率先してカーテンを開けに掛かっていた。今の部屋がよっぽど怖かったんだろうなー。
外から夕陽が差し込んで、舞う埃が目に映る。
「あれー?」
どこか不思議そうな間の抜けた声が聞こえた。続けてパシャリ――、と、タブレットのシャッター音が一番後ろから。一人だけ、指人形をハメていたものだから、部屋から出てくるのが遅かったのだ。みんなが手を止めて空穂ちゃんを振り返った。
オレンジボブが、夕陽にきらきらと輝きを放っている。神秘的だ。
姫ちゃんなんかは、廊下の奥の方まで行っていた。半開きのカーテンを手に取って固まっている。
代表するように千真ちゃんが訊く。
「どしたの空穂」
「女の人の幽霊」
「え」「ば」「ひ」
三人の声が重なる。ひ、と発したのはたぶん姫ちゃん。
みんなが空穂ちゃんの元にどたどた集まった。空穂ちゃんがタブレットをみんなに見せるように水平にした。
差し込む陽光とボケボケの写真のせいで、最初それが何だか分からなかった。けれど。
「本当だ」
あたしたちがいる場所とはちょうど正反対に当たる廊下の窓。カーテンの隙間からこちらを覗くようにして映っている女の人がいた。ウェーブ掛かった長い黒髪。その間から覗く片方の瞳。カーテンを握り締めるような細い手。
「ひいっ」
姫ちゃんが驚愕に目を見開いて、その場にぺたんと座り込む。その姿をちらりと一瞥して千真ちゃんが言った。
「これ、そう見えるだけじゃない? ちと空穂タブレット貸してみ」
「でもね。動いた気がしたんだ。こっち、見てた感じ」
タブレットを手に取って、今しがた撮影した写真と実際の景色を見比べてみる。
今はいない。影も形も。う~ん。どっちとも取れる写真。ただ、髪はなんか作り物みたいに感じる。
「んっ、しょっと」
なんとなく窓を開けてみようと思った。開けてどうなるってものでもないけれど。位置も高いし、すっごい固い。長いこと開けてないんだろうなってのが伝わる窓。ものすごい音がしてやっとこさ窓が開いた。横で姫ちゃんがびくっと肩を強張らせた。
「行って確認してみよっか?」
「そだねえ」
「な、なに言ってるんですか!? 私は嫌です!! 絶対やっ!!」
まるで幽霊など恐れていない空穂ちゃんの呑気な提案に千真ちゃんが同意を示す。しかし、姫ちゃんは駄々っ子みたいに座り込んだまま、千真ちゃんのスカートの端を掴んだまま離そうとしない。
泣く寸前だ。もう見てて可哀想なくらい。
「……あたし残るよ。二人で行ってくれば?」
姫ちゃんの隣に座った。膝の上に置かれたその左手に、上から手を重ねた。千真ちゃんの服の裾をパッと離してくれる。ぷるぷるぷるぷる震えてる。私は学校で飼育している兎を思い出す。だけど、こうしてペタンとへたり込んだ黒のドレス姿は、お人形さんみたいにも見える。視線を感じて顔を向けたら、ぷいっと逸らされた。
「じゃ、行こっかどーん!」
「そだねどーん!」
恐る恐る行くのかと思いきや、ドタドタ駈けまわって行く二人。すぐに右に逸れて見えなくなった。
「だいじょぶ?」
心配になって訊いた。
「……」
答えてくれない。顔を横から覗き込んでみる。なにやら羞恥に頬を真っ赤に染めている。姫ちゃん、今日は赤面しっぱなし。そんなに怖かった?
「おしっこ」
「……今?」
こくりと頷く。
だから、ぷるぷるしてたのか。恐怖もあるんだろうけど、単純にもよおしていたんだ。
困ったなあ、と視線を上げれば姫ちゃんの肩越しにトイレが目についた。扉に〈Toilet〉というホムセンで売ってそうな札が掛けっぱなしになっている。
「そこにあるから行ってくれば? お水は流れないだろうけど」
なんとかなるでしょ。
「一緒に付いてきて……くれませんか」
重ねた手のひらをきゅーっと握られた。いいよ、と頷く。こんな姫ちゃん一人で行かせられないし。
とっつきにくくて、転校当初はみんなから遠目にされてた姫ちゃんだけど、あたしたちと仲良くなってからは、みんなの妹みたいな扱いになっている。ちっちゃくてお人形さんみたいで。少し高飛車なところのある性格も、みんなはもの珍しいんだか面白いんだか知らないけど、今は普通に受け入れている。
ぐいっと引っ張ってあげる。
若干足元がおぼつかない。そのまま漏らさないといいけど。
「ありがとう」
ぼそっと言って歩き出した。
二人一緒に手を繋いで、トコトコ歩を進めて、姫ちゃんがトイレの扉に手を掛けたその瞬間――、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます