第5話 秘密基地

 とは言っても、いきなり二階を攻めるのはちょっと怖いからまずは一階からということになった。どの部屋も鍵は掛かっておらず、あたしたちは片っ端から扉を開けて周った。

 その結果わかったことと言えば、どうやらこのお屋敷は『口』みたいな形をしていて、真ん中にでっかい中庭があるということ。中庭には枯れた花壇、枯れた池があった。

 一階の部屋はどこもカーテン以外には空っぽの棚くらいしか置いてない。キッチンは立地が悪いのかなんなのか、窓があっても、暗くて全然わからなかった。

「お~」

 空穂ちゃんが感心したような声をあげた。あたしも思わず「ふあ~」とか言っちゃう。

 それだけ玄関ホールはすごかった。

 玄関扉の正面には大きな階段があって、階段を登りきった先に、誰だかわかんないけど女の人の絵が飾られている。あんまり詳しくないけど、殺人事件とか起きそう。

「すげーミステリっぽーい。殺人事件とか起きてそう。犯人はあなたですね。白幸姫さん」

「ちょっと。やめて下さい」

 千真ちゃんもあたしが思ったことを言っていた。姫ちゃんが嫌そうに眉を寄せている。

 一階の、階段右横には、正に、大きなノッポの古時計がこちこちと時を刻んでいた。

「……時計合ってるね」

「ほんとだねえ」

 空穂ちゃんのタブレットを横から覗いて、時計と見比べる。こういう時計はいつまでも壊れないのかな? わかんないけど、これ一つで最近まで人が出入りしてましたー、とはならない気がする――けど、ちょっと不気味。

「行くよん」

 頭上を見上げれば、千真ちゃんが階段の手摺りから身を乗り出していた。後ろには、ここに来てからずっと千真ちゃんの服を摘んでいる姫ちゃんがいる。

 あたしたちも先を急ぐことにしよう。

 階段をのぼる。

 ホラーとかだったら、絵の中の女の人と目が合って、きゃあ怖いとかってなるんだろうけど、子供のあたしたちからすると、窓とほとんど同じ高さくらいにあるこのでっかい絵は、位置が高過ぎて見上げるだけになる。額縁から頭に一つ分出るくらい。視線も何も合わないからいまいち顔がわからない。

 振り向いてみる。高い天井に豪華な照明。照明もすごい高い位置にあった。団地住まいからすると、電球の変え方が気になって仕方ない。どうやって変えるんだろ、あれ。

 巨人?

 そうして二階の廊下のすぐ進んだ先。一つの扉があった。律儀に待ってくれてる二人。追いつき、せーので一気に扉を開けてみる。すると――。

「ひゃあああっ!」

「っ」

 目の前の光景にもひくんってなった。けれど、同時に真横で発せられた姫ちゃんの甲高い声の方にびっくりした。心臓がばくばくゆってる。

「……すごいね、これ」

「こえー」

 流石の千真ちゃんも少しびびってる。

 人形、人形、人形、人形。

 日本人形に西洋人形。

 あたしの家の部屋全部を合わせても足りないくらいの広さの部屋に、たくさんじゃ利かないくらいの人形が並んでいた。ケースには入っていない。むき出しの、綺麗な――だけど、そのどれもが埃を被っている人形たち。並び方には法則性とか順番が無いみたいで、それがまた怖かった。とにかくバラバラに。そこかしこにびっしりと人形が飾られている。

「うへえ」

 流石にこれは目が合っちゃう。一体、じゃなくて二体三体それ以上。

 日本人形の方は、おかっぱ、ざんばら、ひな人形みたいなのから、髪が伸び切ってよくわかんなくなってるのまで。西洋人形の方は、金髪、銀髪、ピンク髪から青髪。ストレートヘアにウェーブヘアにカールヘア。パッと見、姫ちゃんに似てるのとか。

 大きさもバラバラだ。

「ひいっ!」

 悲鳴の方に視線をやれば、理科室にあるやつが突っ立っていた。人体模型に骨。骨格標本だっけ。大人サイズの気持ち悪いやつ。姫ちゃんがビビるのも無理ない。

 けど。

「あーキューピーちゃんだー」

 空穂ちゃんが自分の指にハメて遊んでいる、お昼タイムに見る三分クッキングのアレ。踊ってるアレ。キューピーちゃんの指人形。

 よくよく見れば、日本人形とか西洋人形以外に隠れてウルトラマンとかテケテケとかゴジラとかキキララとか色々あった。あのぐねぐね曲がるソフビ。男子が好きそうなやつも。

 ……なにこの部屋。

「うわっ! 中津探偵フィギュアだー! あー! 私これ欲しかったんだよねー! 持ってっちゃダメかなー?」

「ダメに決まってるでしょう。ほらっ。早く行きましょう」

 千真ちゃんが手にしていたのは、この部屋で唯一の、日本人形でも西洋人形でもソフビでもない人間モデルのフィギュア。ハットを被って、茶色いコートを着けていた。あとヒゲ。どっかで見たことある。千真ちゃんの部屋で見たような気がする。

 大人子供の千真ちゃんの瞳がきらきら輝いていた。珍しい。ふざけていても、いつもどっか一歩引いてるような千真ちゃんだから。手のひらサイズの人形を矯めつ眇めつしている。

「ま、でも、この部屋は無いかな」

 その温度が急速に下がる。冷静になったみたい。

 秘密基地にするにも、ってことだろう。

 ていうか、この屋敷事態、秘密基地にしたとして、もう姫ちゃんが来てくれるのかどうか怪しくなってきたけど。……姫ちゃんならなんだかんだ言いながら来てくれるかな。

 扉をそっと閉めた。

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