第29話 イス取りゲーム

「どうだったー? って大丈夫? 汗すっごいよ」

「玉藻先生を呼んできます」

 姫ちゃんが駈けていくのを見ながら、いくらか温度が低くなった箱を恵美寿ちゃんに渡す。

「うへー。あっつ」

 箱をひっくり返したり、何にも訊かずに、とりあえず数字を入力してみたりしてる。

 やがて、『カコココ……』という音と一緒に、先生と姫ちゃんが走ってきた。

「これ飲んでください。一応、用意してきてよかったです」

「わーい……」

「サンクスー……」

 千真ちゃんと一緒に手渡されたペットボトル飲料をがぶ飲みする。中身は麦茶だった。

 ふう。死んじゃうかと思った。

「で? なにこの箱? これにお宝が入ってるの?」

「いやあ、違うんじゃないかなあ……たぶんまだまだ先があるよ」

 千真ちゃんからあったことを説明してもらった。




「――そのボタンは押してみたのですか? それで箱が開いたりはしなかったのですか?」

 全部を聞き終えて、姫ちゃんが口を開いた。

「押してみたけど箱には何も。音も聞こえなかったね。ね?」

「うん」

「空穂さんが言うなら間違いありませんね」

「空穂ちゃん耳良いからねー」

「②&Ⅰっていうのはどういう意味なんですか? Ⅰってローマ数字ですよね?」

「さあね。②は第二問って意味の②だと思うけど、Ⅰの方はわかんないかな。Ⅰ(ワン)じゃなくてI(アイ)かもしれないし。ちなみにボタンはやっぱり固いし、すぐ戻る。ガチッとは嵌まらないから、誰かが抑えてなくちゃいけないだろうね。玉藻先生みたく」

 しーん。

 汗びっしょりなわたしたち。おまけに今度は長時間、力を入れてボタンを押し続けなきゃならないって想像しちゃうといくらなんでも……。

「まあでも、大丈夫じゃない? ねえ、空穂?」

 千真ちゃんが額の汗を拭って訊いてきた。わたしは特に考えもせずに答える。

「うん。わたしは大丈夫ー」

「実際見てきた二人がそう言うのなら……しかし、アンディ・ウォーホルですか」

「姫様、ご存知なんですか!?」

 空気を紛らす感じで叫ぶ千真ちゃん。わざとらしかった。

「誰が姫様ですか――アメリカの芸術家ですね。えっと、ビビットカラーのマリリンモンローや、バナナのジャケットとか、キャンベルスープ缶とか見たことありますでしょ?」

「んにゃ、知らない。私そっち方面はさっぱり」

「じゃあ、あの壁に掛かってた絵のことじゃないの? ねえ?」

「あれはアンディ・ウォーホルの画風とは真逆のような……玉藻先生は正面玄関にいたでしょう? 何か絵に変化はありましたか?」

「いえ、全く。当たり前ですけど、あの絵はアンディ・ウォーホルの作品ではありませんよ。隠された彼の習作、なんて物でもないですね。普通に、祖父の知り合いの画家が祖母を描いたものです」

「お爺さんは好きだったんですか? 彼の作品を」

 先生が顎に手を当てて考えている。

「祖父は――建築物への造形は仕事上、多少あったように思いますが……。しかし、芸術方面は仕事の関係で資料集めをする程度でした。実際に作品を所有するといったことはなかったようにも記憶しています。鳥山石燕くらいだったと思いますよ、好きだったのは」

 ドラゴンボール?

「鳥山石燕とアンディ・ウォーホルじゃ似ても似つかないですね……彼の代表作と言えば、毛沢東、キャンベルスープ缶にフラワー……」

「外なんじゃない?」

 千真ちゃんが言った。

「どうして?」

 恵美寿ちゃんが訊き返す。

「姫と恵美寿は二階にいたんでしょ? それで玉藻先生は一階にいた。一階でも二階でも何も聞こえなかった。階段と同じ――かどうかはわからんけどさ――似たような仕掛けだったら、けっこう大きな音が鳴るはずだし、天井裏にいたとはいえ、私たちにも振動くらいは伝わってくると思うんだよね。空穂にだって聞こえなかったとなれば、答えは一つ。外。正確には庭」

「おー」

 パチパチパチと恵美寿ちゃんが拍手。

「いやはあ、それほどでもあるよお。よせやい」

 言いながらテレテレしてる千真ちゃんがかわいいから、わたしも一緒にパチパチパチ。

 空気が和らいだ気がした。

 そんなことしてたら、すぐ後ろでからんころん。鬼太郎じゃなくて。先生が箱を振ってむずかしい顔して唸ってた。中の物が何かを探ってるみたいだった。

「なにか分かったの~?」

 わたしの言葉を無視して、ずっと箱を振り続ける先生。

 みんなで顔を見合わせた。先生があまりにも真剣だから、わたしたちも黙って見ているしかない。二三分待ってようやく目が開かれた。血走りまなこ。

「行きましょう」

「どこへ?」

 みんなの声が揃った。先生は何を分かりきったことをっていう表情で応えた。

「外に決まってるじゃないですか」

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