第45話 エピローグ ハロー・グッドバイ

「ふうん。へえ。なるほど」

 私が見れなかった仕掛けの数々は聞いていてすごく面白かった。それに、

 是非、見て、体験したかった。

 で。私を発見した経緯について。

『Master of Puppets』っていうそのメッセージが、人形の部屋だって当たりをつけたところまではよかったものの、その先がどうにも分からなかったらしい。

 人形の御主人様ってなに?

 元ネタはメタリカってバンドの曲らしいってんで、バンド名にちなんで金属製の人形とか探したらしいんだけど、全然なくって。じゃあ、やっぱり人形の御主人様を探した方がいいんだよね? 

 ……でっていう。人形の御主人様って?

 恵美寿も空穂もわからない。姫もわからなくて、じゃあ玉藻先生に訊いてみようかってことになって、穴まで行ったらまた蓋が閉じていた。そこで、不審に思った空穂が天井裏まで私の様子を見に行ったら、汗だらだらになってぶっ倒れている私を発見。

 あの狭い空間でなんとか私を這いずって運び出し、自分は再度引き返して、天井裏のボタンを押し、庭の鉄穴を開け、玉藻先生に起こったことを報告し、玉藻先生も宝探しなんてやってる場合じゃないと私の元に駆けつけた。私はガチで真っ白な顔して、気を失っていたらしい。呼吸も浅かったっつーから大分ヤバいね。

 玉藻先生は、すぐに救急車を呼び、恵美寿は走って家にいるであろう私のお母さんにも起きたことを告げた。

 ……救急車乗ったんだ、私。

 起きてればよかったなあ。

 で。そこまでは良かった(よくないけど)んだけど――。


「千真。この謎わかる?」

 そこでお母さんが話に割って入ってきた。

「はあ? ……いや」

 なんでお母さんが?

 ことの顛末って言っても、玉藻先生も私が見知っていた情報は省いて話したから、謎も何もちゃんと伝わってんのかな? それとも、玉藻先生が全部話したんだろうか? そんなことまで?

 さっきからなんで得意げなんだ、この母。

 恵美寿は泣き止み、お母さんに向かって、きらきらした尊敬の眼差しを向けていた。んん? なんだその目付きは。いつも私に向けているものだぞ、それは。どゆことだ。

 んー……むぅ、ま、いいや。謎? なんとなく分かるよ。

「『ヤカタイタン』のモデルの館。当然、館の持ち主は巨人だよね。ってことは、人形の御主人様って言ったら人形じゃなくて、答えは巨人なわけだけど。まあ、巨人なんて現実にいやしないよね? 探せって言っても無理がある」

 恵美寿が「ほへー」と私に感心している。

「で。あの人形の部屋にはそりゃあ色々な人形があった……人体模型から骨格標本。日本人形に西洋人形。ソフビに指人形から何から何まで揃ってた。その中には中津探偵のフィギュアもあったじゃん? ハット被って茶色のコート羽織ったやつさ。

 どうしてだか、あれだけだったよね? ああいうキャラ物の人間モデルのフィギュアって」

 恵美寿が頷いたのを見て言う。

「『ヤカタイタン』にこんな一節があるんだよ。


 ――巨人だ。巨人がいる。

 ここがあの噂の巨人族が住むという館だったのだ。一体何メートルあるのだろう。こうして見上げているだけで首が痛くなってしまうほどだ。

 そして当然のように、そこに出入りする巨人の姿もあった。

 二倍三倍じゃきかない。優に私の十倍はありそうだ。一番大きいのがそれくらいで、あの小さいのは子供だろう。あれだって、私の身長の五六倍はありそうだ。


 ってな感じさ。

 中津探偵の身長は作中だと一七〇後半と描写されてるんだ。けど、この場合は関係ない。中津探偵のフィギュアの十倍のサイズの人形を探せばいい」

「そんな大きさの人形はありませんでした」

 玉藻先生が口を開いた。

 そりゃそうだ。中津探偵フィギュアは、ちょうど私の手のひらサイズ――だから十二、三センチぐらいのはずだ。その十倍って言ったら一メートルは平気で超えてくる。小四の私たちとたいして変わらない。そんなでっかい人形があそこにあったら、流石に私だって覚えている。

 人体模型と骨格標本はこの場合でかすぎる。

「子供サイズはなかった? 中津探偵フィギュアの五倍六倍の大きさの。ちょうど六十センチくらいの大きさのやつ。六十センチって言ったら日本人形でも西洋人形でもけっこうありそうなサイズじゃない? 割とでかめかな?」

「中津探偵フィギュアはちょうど十二センチでした。その五六倍となると、六十センチと七十二センチ。七十二センチは一体もいませんでしたが、六十センチの人形は計三体いました」

 三体。なるほど。それは完全に想定外。でも、そこまで絞り込めれば……。

「恵美寿が取ったっていう絵の目ん玉が怪しいよね」

「……ご明察です。三体を手に取り調べている内、一体の瞳が外れました。人形の瞳は球状ではなく、薄い板のようになっていましてね。それこそ隠されていた空洞に蓋するようになっていたんです。そこに、万田さんの持っていたガラスで出来た瞳を嵌めて、ぐっと押し込むと、背中がパカッと開いたんですよ。出てきたのが一つの鍵でした。鍵は持ち手の部分が、大きな取っ手のようになっていましてね。

 人形は偶然にも、あなたたちが私を脅かすために設置した西洋人形でした」

 西洋人形――ってことは、私たちが侵入した部屋に置いたやつか。

 そんな偶然ってあるんだ。

「そして、手にした鍵で、洞穴の鉄扉は見事開きました。右側の扉ですね。予想したように、左側を押して、右側を引く。それを同時に行うことで入ることの出来る空間が先にはありました。帰るときはその逆です。反対側に取っ手が最初から付いていました。潰されないように注意してそこを通るわけです。

 前置きが長くなりました。密閉された空間に乱雑に置かれていたのが、あの家、本来の鍵と――」

 ポケットから取り出した鍵を見せる。二本あった。どこにでもある家の鍵と……片方の細いのは、表の南京錠の鍵だろう。中津先生が隠したっていう鍵だ。

「そして、この原稿です」

 玉藻先生が肩に掛けていたリュックサックからごそごそと取り出した。

 ベッドに横たわる私に差し出されるそれ。望んでいたもの。読んでみたかったもの。

 ぶっちゃけ過程が楽しかったから(途中大変なことになったとはいえ)、満足なんだけど、そこはそれ! やっぱり、お宝は見つけないとすっきり終われないよね!

 ぐっと体を起こしてそれを手に取る。

 姫が慌てて背中を支えてくれた。べつにいいのに。

「紙、だったんだ」

「ええ」

 かさっとした感触。

 幾分古くなった感じのA4コピー用紙に印字された素っ気ない明朝体に心が踊る。

 タイトルは――、

「…………うん?」

 タイトルは……。

「玉藻先生……、あの、私の見間違いかな……第五章って書いてあるんだけど……」

 第五章。

 章名は記されていない。そこから文章が続いていた。「やはり、そうだったのか!」というセリフから始まっているあたり、完全に続きものだと分かる。第五章が、実は序章や第一章だった、なんていうメタっぽいことを小説家がやってない限り(そして、中津先生はそういうことはやらない作家だ)、五ってのは、一二三四あっての五なのだ。

 私たちが問題をすっ飛ばしていたように。ここから読み進めてしまったら、後で詰まるのは目に見えている。

「一章と二章と三章と四章は? 序章は? 序文は? プロローグは?」

 ぱらぱらと原稿を捲る。

 ネタバレしないように。目に入らないように。うすーく瞼を開いて、○章の文字だけ探す。

 残念ながらどこにもない。

「察するに、祖父は色んな場所に原稿を隠したみたいで……。ほら、私がタイトルを列挙したでしょう? 千真さんなら把握してると思いますが。あのタイトルのモデルとなった建物全てに原稿を隠しているのでしょうね。この感じだと」

 ……。

 そうだった!

 たしか、中津探偵シリーズ後期の建物は全部実在するとかなんとか言ってたんだった! べつにヤカタイタンだけじゃない。他にもたくさんあるってことだ!

 あのわくわくする仕掛けの数々がまだまだたくさんある!

 全てを――、全てを見つけ出せばいいんだ!

 私の期待の眼差しがどう伝わったのか、玉藻先生は盛大に溜息を吐いた。

「クビです」

「え?」

 即座に発せられたその言葉が理解できなかった。首がどうしたって?

「あ、私がクビって意味?」

 この失態だ。そうなってもおかしくはない。しかし、玉藻先生は大きく首を振った。

「違います。私が教師をクビになりました――いえ、そもそもちゃんと務めていないので、クビも何もないのですが……。親御さんに無断で生徒を連れ出し、自らの勝手な目的で付き合わせ、あまつさえその生徒を熱中症に陥りらせ病院送り――……私の教育実習は終了です。前代未聞だそうですね。芳来先生から聞くことによると」

 あっけらんかんと。

「そんな……、私たちが勝手に……」

 しかし、考えてみれば当然か。理解りたくなくても理解ってしまう。

 反論したいのに、その先の言葉が浮かんでこなかった。自らの目的? 違うよ。私たちが勝手に付いて行っただけ。

 元はと言えば、私たちが人さまの家に不法侵入したのが始まりなんだ。

 みんなを見る。

 姫はまだすがりついてすんすん言っていた。

 恵美寿はもう聞いていたんだろう。肩を落としている。

 空穂はへらへらがひくひくに変わっていた。感じやすい子なのだ。

「というわけで。私があなたたちの先生なのもお終いです。一日署長ならぬ、一日先生ってやつでしたね。お疲れ様でした」

 そう言って頭を下げた。

 いや、なにがならぬなのか、お疲れ様なのか、さっぱりわかんないけど。玉藻先生も玉藻先生でもう完全に吹っ切れてるみたいだった。


「そんな……」


 私の呟きが病室に虚しく響いた。

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