第46話 後日談

 後日。

 ヤカタイタン騒動から数週間後のある日。

 玉藻先生ご自慢のBMWと、お母さんの軽バン、二台別れてやってきたのは、S町某所の山奥。


「なんでお母さんが……」

 私たちの目の前にはお城があった。

 日本式の城ではない。西洋風のお城だ。

 こうして外から見る限り、窓はすっかすか。ガラスが一切嵌められていない。

 塀も柵も周囲にはない。こういうお城にしては珍しいことだろう。

 左右の塔は建築途中で工事が終わってる感すらあった。足場そのままで絶賛放置中って感じ。その証拠に、足場に木の枝が複雑怪奇に絡まりまくっている。けっこうな年数掛けなきゃ、ああはならんでしょ。

「これが、大貧民の城……」

 こんな田舎の山奥にお城があったとは……。

 私たちの住む街からちょっと行った山ん中だ。

 夏場なのに、標高のせいなのか、雰囲気がそうさせるのか、うっすら肌寒くも感じる。あっちの、人の出入りがなくなって、年月が経過した結果、荒れていた館の方がまだマシだった。

 こっちの荒れようは、人工的にそうさせているだけなようで、どこか嘘臭い。怖いというよりも、薄ら寒い。

 私、恵美寿、空穂、姫、玉藻先生、

 そして、私の隣にはお母さんが同じように城を見上げている。

 大変恥ずかしいことに私とお手々を繋いで。

「むう……」

 振りほどこうとしても、がっしとその手を離してくれない。

「千真は無茶……するから……」

「だからって。付いてこなくたっていいのに」

「じゃあ、これにはもう一切付き合わせない」

「……わかったよう」


 こういうことがあった。

 あの後、玉藻先生に今後どうするのか訊くと、一人で中津先生の原稿探しに掛かると言う。車も手に入ったし、時間は空いたしちょうどいいと。

 私はそれに付いて行く、今後も付き合うと言った。当然!

 一応理由もあった。

 あの屋敷はどう見ても、一人で攻略出来るようには出来ていなかった。今後もそういったことが考えられる。こんなことに付き合う人が他にいるとは思えないし、第一、玉藻先生友だちいなさそうだし、まず私たちを付き合わせている時点で、玉藻先生の家族もここまでのことはやってくれないんでしょ、と。たしかそんなようなことは言っていたと思う。

 私がそう指摘すると玉藻先生は言葉に詰まった。しかし、

「だめ」

 一言。

 予想はできていた。お母さんが横から口出ししてきた。

「でも」

「だめ」

 こりゃだめか。なんか知らないけど、玉藻先生の出入りが許されてるとこ見るに、ワンチャン許されるんじゃないかと思っていた私の考えはどうやら甘かったらしい。

 私がどうにかならないかと頭をこねくり回しているとお母さんが続けて言った。

「お母さんも一緒ならいいよ……」

「マジで!? ――いやなんで!?」


 聞けば残る『Master of Puppets』の謎を解いたのはお母さんらしかった。

 なるほど。通りで、やけに得意げな顔してたわけだ。こういうの好きだもんね、お母さん。余談だけど、私のミステリ好きは全部お母さんの影響である。

 私が病室で起床した少し前、それこそ、その日の午前中に玉藻先生と恵美寿たち、プラス、お母さんは館に集まって最後の謎を解きに掛かったのだとか。

 なんだってそんなことしたのかと言えば、そこは私のお母さん。

 事情を聞いて思ったわけだ。

 私のことだし、ダメと言っても、またいつ館に行ってしまうとも限らない――。

 だったら、お母さんが先に行って、残る館の謎を全て解いて、探していたお宝=原稿を先に見つけ出して、私に直接渡してやればいい。

 そうすれば、もう行かないでしょ?

 え? なんでって?

 だって、全部終わってるんだもの。

 ……すごい。

 私の考えてること、私の嫌がること、全てを的確に突いてくる。

 さすが私の母親だ。すごい嫌な母親だ。

 母親の後塵を拝する娘。それが今の私という存在である。

 ぢぐしょう……私が起きる前にそんなことしてたんかい。

 悔しかった。泣きそうなくらい。

 嘘だ。その話を聞いて、ちょっとだけ泣いた。

 いや、泣きたいのはお母さんかもしれない。熱中症。倒れただけだったからまだ良かったけれど、もし万が一のことあったらと思うとね。

「はあ」

 ――だから、妙に恵美寿がお母さんに懐いてたのか。

 今までも隣人同士絡みはあったけど、そんな風にはなっていなかったもの。

 もう一度、深い深い溜息をついた。




「それでは行きますか」

「れっつらどーん!」

「どーん……」

「あれ? 千真ちゃん元気ないねえ。まだ入院しとく?」

「するか!」

「あの、その……」

「姫ちゃんはまたおしっこ? 飲み終わったペットボトルあるよ?」

「そんなので出来るわけないでしょう!」

 玉藻先生は今でも玉藻先生だ。今更変えられそうにない。玉藻。玉藻さん。玉藻ちゃん。どれもしっくりこない。やっぱり先生は先生だ。例え、職業が教師じゃなくっても。

 玉藻先生が我先にとずんずん城へ歩いて行く。

 その玉藻先生を空穂が走って追い越して行く。一番乗りをかましたいんだろう。恵美寿は今日もどこかずれた発言をしていて、姫はいつもの如く、何をそんなに気にしているのか、気にしいで。私は――。

「お母さん」

「ん……」

 歩き出した私の速度に合わせるように、ぼんやりと進み出すお母さん。お母さんは、お城を見上げているようでいて、どこか上の空といった雰囲気。

 たぶん、待ってくれている。私の次の言葉を。

 言おう。病室でも、家に帰ってからも。ずっと言えなかったこと。

「……ごめんなさい。元はと言えば、今回の件って、全部、最初に秘密基地作りたいとか言い出した、私のせいで」

 言葉を紡ぐ。

 最初の一言だけで済ますつもりだったのに。言葉はどうしてだか、自然に溢れてきた。

「調子に乗っちゃって、みんなを巻き込んで、それから倒れちゃって……自分のことでも掛けたのに、玉藻先生にも迷惑掛けちゃって……先生が先生じゃなくしちゃって……それなのに、こうして、こうしていることを許してくれて、なんていうか、その――」

 俯いて言った。

「ごめんなさい」

 みんなが行ってしまったから言えた。みんなが見えなくなったから。

 そうだ。武勇伝とかなんとか言いつつ、自分の欲に巻き込んで、みんなだけじゃない、お母さんにも玉藻先生にも迷惑を掛けた。

 玉藻先生なんかは、玉藻先生のこれからの人生を、私が今回のことでどうにかこうにかしちゃったかもしれない。悪い方向へと。本人は平気そうにしてるけど。

 ずっと、心の内にわだかまってた。

 病室からみんながいなくなってから。退院してから、帰宅してから、今日、これまでの間、寝る前、授業中、休み時間、休日、本を読んでいるときも、さっきまでの車内でみんなと話しているときだって。

 涙が一筋頬を伝った。慌てて目元を擦った。

 二筋、三筋流れたところで、なんとか我慢――しようとしてできなかった。

「ふっ……ふっ……」

 まるで空穂みたいに。涙が溢れて止められない。

「先生には――先生に直接言いなさい……お母さんに逃げないで」

 ゆっくりとお母さんは喋り始めた。俯き、頷くことしかできない。

「みんなにも――みんなに直接言いなさい……お母さんに逃げないで。千真、あれからみんなに一言でも謝ったりお礼を言ったりしてないでしょう?」

「してない」

 指摘されてみて気付いた。私はお母さんに謝ることによって全てから逃げていたのかもしれない。それで済ませられるようにしていた? 

 そうかもしれない。

「だったら、ちゃんとしないと」

「うん」

「もう、高学年なんだから」

「はい」

 お母さんはそれ以上、何も言わなくなった。

 お母さんの手を、私はぎゅっと握った。

 お母さんは握り返してはくれなかった。


  





                了

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こどものあそび 水乃戸あみ @yumies

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