第2話 秘密基地

「かと言って、はじめっから見つかりに行くあほはいません。やるなら徹底的に見つかりにくい場所でやるべきです。けれどそうは言っても、万全を期すには難しいでしょう。ならば逃走経路を確保しておくのが良いかと思われます。今鼻で笑いましたね恵美寿さん。考えてもごらんなさい。もし見つかったのが千真さんの言ったような理解のある大人だったらまだしもめちゃくちゃに怖いおじさんとかだったらどうするのですか。やれ通報だやれ警察だなんて相手が小学生であろうと誰であろうと騒ぐ人は世の中にいっぱいいるのです。吐いて捨てるほどです。私には分かります。そう考えてみると空穂さんの仰った山というのはなかなか良い目の付け所ですね。どこへなりとも逃げられます。それに長野には山がたくさんあります。が基地に行くのにいちいち登山をしていては面倒ですしすぐに行かなくなってしまうのは目に見えています。廃れるのも早いでしょう。それこそ一過性の遊びと一緒です。想い出にもなりません。だったら? 難しい質問ですね。近場で、且つ、見つかりにくく、見るからに長年放置されていて、人の出入りがない、なんて場所は見つけるにも困難を極めるでしょう。しかし最初から諦めていたら何にもなりません。ほら。みんな何か意見はないのですか? 私は転校生ですよ? みんなの方がこの街のことは詳しいのでしょう? 何か仰ってください。ほら。ほら」

 よく口が回るなあ。

 どうやって息継ぎしてるんだろう。

 よくあるよね。一番乗り気じゃなさそうだった人が、いざ始めてみると、一番はしゃいじゃってるとかそういうの。こういうのなんて言うんだろう? ミイラ取りがミイラ?

 場所変えして、小学校までやってきた。

 あたしたちの団地は、小学校の割りかし近くにあるから、自転車で五分も掛からずに行けてしまう。

 今はグラウンドを囲むようにして設置されてる石階段に、それぞれ座っているところ。運動会のときなどは、ここでよく親たちがブルーシートを広げて観戦している。

 普段は鬼ごっこするときぐらいしか使わない場所。

「川は?」

 空穂ちゃんは膝を抱えて体育座りしていた。あんまり短いの履いてるものだから普通にパンツ見えてる。みんな気付いてるけど、何も言わなかった。

「危険です」

「増水とか怖いもんねー」

 川で秘密基地ってどんなのだろう。ホームレスみたいに木とブルーシートで? 流されちゃいそう。

「恵美寿さんは? どこか思い当たります?」

「北角(きたかど)にある廃病院は? 後は上小街(かみこまち)にある神社とか。両方とも鍵開いてるから入れるよ? かなり前だけど、かくれんぼで使ったんだ」

 廃病院は若干遠いけど、行けない距離じゃない。神社はすぐ近くだ。

「いやー、あっこは両方ともダメだねー。子供たちが中に入って遊ぶもんだから、どっちも最近鍵がっちりになったんさ。鍵開いてる場所は皆無」

「そうなんだ。知らなかったー」

 昔、千真ちゃんと空穂ちゃんとも遊んだ場所だ。最近は行ってなかったけど。千真ちゃんは男子たちともよく話してるから、その辺の事情には詳しいんだろう。

「けっこう危ないことしてますね、あなたたち」

 危ない……かなあ? 田舎の小学生なんてこんなもんだよ? それでも、最近はあんまり見ないのかなあ? あたしたちみたいのって。田舎の度合いによるのかなあ?

 そういえば、姫ちゃんって都会から越してきたんだっけ。都会はこういう事しないのかな? 何して遊ぶんだろう?

「千真さんは? 言い出しっぺでしょう? どうせあなたのことだから、最初から目星は付いているのではなくて?」

「てぃひひっ。いや、姉さん姉さん、ネタバレネタバレ! もう、困りますって!」

 千真ちゃんが片手で頭をかきながら、もう片方の手でバシバシと姫ちゃんの胸の辺りを叩く。姫ちゃんは鬱陶しそうにしてるけど、特に手を払いのけるでもない。

「でさ。そこの坂道登ってった先、右に曲がってさらに坂道を登った先にある赤い屋根の屋敷知ってる?」

「ぷくく」

 いきなり普通に喋り出した。

 千真ちゃんはよくこれをする。たまにギャップで笑ってしまう。今もあたしはぷくくく。

「えっと。教室からでも見えるよね。あのでっかいお城みたいなお家でしょ?」

 見覚えがあった。

 あたしたち、四年三組の教室はグラウンド側に面している。あたしは窓際の席だし、そうじゃなくても、教室からその家はよく見えるのだ。黒、紺、茶、の瓦屋根が多い中、ぽつんと周りから離れて建つでっかい赤屋根のお屋敷はけっこう目立つ。

 同級生と話題にしたことはない。派手で目立つけど、古そうだし、外壁はなんか薄汚れてるし、教室の窓から見える景色の一部って感じで、とりとめて気にしたことはなかった。

 振り返る。ここからじゃ見えない。

「そうそう。あそこさ。近く行ってみると、ずーっと門閉まってて、昼夜関係なくずーっと家中カーテン引かれてんだよね。明かりも全然付かないの。一週間ずーっと。んで、中入ってみると、実際、庭は荒れ放題。でも、車庫には車とか停まっててさ。それはけっこう新しいっぽいのね? 埃被ってるけど。んでこの前、開いてるとこ見つけてさ」

「ちょっと待ってなんでそんなこと知ってるの?」

 千真ちゃんの見てきたような解説を慌てて止めた。だって、あんなとこ通学路からも離れてるし、まして夜なんて通る機会もなさそうなのに。

「日中は休み時間に空穂引き連れて学校抜け出して探検してた。夜は、私塾通ってるから、そんときにわざと遠回りしてこっち来てって具合さね。塾は火水だけど、用事あるとか言ってズラして、一ヶ月くらい観察してたんだ。あ、安心して。土日も人の出入りがないのは確認済みだから」

「一ヶ月……」

「ようやりますね」

 呆れた。学校抜け出してそんなことしてたのも驚きだけど、そんなどうでもいいことに一ヶ月も時間を割いていた、そっちの方にまず驚いてしまった。この分だと、他にも候補をいくつか考えていたんじゃないかな。

 千真ちゃんが塾に通ってるのは本当。これ以上頭がよくなっても、逆におかしくなっていきそうだって思ってたけど、まあ、もともと紙一重なとこがあるし。

「楽しかった~。あのね? 幽霊屋敷みたいなの。なろう系のアニメに出てきそうなね?」

「そうそう。中世ヨーロッパみたいなね?」

「幽霊……」

 空穂ちゃんのピンと来ない例えを千真ちゃんが補足する。

 姫ちゃんはあからさまにびびっていた。ぎゅっと体を抱いて身を縮こませる。

「てなわけで。行くべ行くべ。れっつらどーん!」

「どんどーん!」

 千真ちゃんが石階段からぴょんぴょん飛び降りる。そうして下に停めてあった自転車にジャンプして跨ると、さっさと行ってしまった。それを追いかける空穂ちゃん。

 なんだかもう行くしかない雰囲気。

 姫ちゃんと顔を見合わせる。

 お互い同時に溜息を吐き、のそのそと自転車に跨り、後を追いかけるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る