第38話 伝言ゲーム ●万田恵美寿
「ねえ」
ふむふむ。おトイレでもないとするとなんだろう。あたしはさっぱり分からない。みんなを置いて一人で帰るような子でもないし、帰れる子でもない。第一姫ちゃんがボタンから離れたら千真ちゃんが出れなくなっちゃう――って、ああ。べつに誰かが押せばいいんだ。じゃあ帰ったのかなってそうじゃないよね。ボタンから離れなきゃいけない何かがあった? 何が? ……そう訊かれましても。何にも出てこんでござい。
「よくわかんないね。玉藻せんせーのとこ行こっか」
「そうだねー」
てきとーな提案。だけど、文句も言わず、速歩きで進む空穂ちゃん。その後ろを歩く。
付いて行きながら考える。一人で残されて怖くなった。ありそう。
「姫ちゃん怖がりだもんね」
「? うん」
後ろ向きながら首を傾げてみせた。危ないよ。前向いて歩かなきゃ。話しかけたのあたしだけどさ。おっとっとっと。見えてきた。井戸っぽいなにかが。
どうせ姫ちゃんは玉藻せんせーと一緒にいるとかじゃないかな。「ちょっと、その、しばらく居させてください……」「はあ。どうしたんですか。一体」「なんでもないです」とか言いながら実は怖かったり。ありそうありそうありあ理想。姫ちゃんがいるならそれが理想。
「あれ?」
「あれ?」
あたしと空穂ちゃんが声を上げたのは同時だった。ってこのやり取りはさっきやったよ。天丼は何回やっても面白いけど、この場合面白くもなんともないよ。っていうより、起こってることの意味がよくわかってないあたし。意味が分からないものは面白くない。お笑いってのは意味がわかんなくても面白いものは面白いけど、この場合はその場合には含まれない。
井戸っぽいなにかの蓋が閉じていた。
ぴったりと。
「そして誰もいなくなった」
唐突に千真ちゃんから無理やり読んでって貸されて冒頭二行だけ読んで半年間放置してる小説のタイトルが浮かんで消えた。
帰ったら読んでみようかな。いや、やっぱりやめよう。めんどくさいし。
「わたしはここにいるよー?」
「そうだね」
空穂ちゃんがぎゅっと手を握ってきたから笑顔で返した。手はぺたぺたしてて暑いからすぐに離した。不思議そうに首を傾げる空穂ちゃん。
「どういうことだろうね」
「わかんない。千真ちゃんが体勢代えたとか休んでるとかじゃない? 一旦戻ろっか?」
「そうだねえ」
そうする他ないと思った。
いつまでこうなってるのかもわかんないし。第一ずっとここでこうして待ってるのは嫌だ。暑いもん。
「戻ったら姫ちゃんいるかなあ?」
「さあねー。いたらいいよね」
そんな都合の良いことあればいいんだけど。
問題文が読めない上、今までの問題の流れをもう一度考え直す必要が出てきてしまった。そうなってくると、大人の玉藻せんせー、ハイパー小学生の千真ちゃん、あたしたちが興味のないのことに色々詳しいっぽい姫ちゃん――この誰かがいないと次の取っ掛かりさえ掴めない。閃きシスターズのあたしと空穂ちゃん二人じゃあここから先進めないのだ。
「ひらめき平目」
「? 平目好きなの?」
「目くじら鯨」
「?? 鯨の動画、見る?」
ぷくすーっと口元を抑えて笑う。空穂ちゃんが不思議そうにあたしを見てくる。こんな感じで、中身のない会話をしながら、二人でえっさほいさ草を掻き分け歩いてお屋敷まで戻って玄関扉を開けた。
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