第33話 イス取りゲーム

「まだ見つからないんですか?」

 姫ちゃんがボタンを足で踏みつけながら言ってきた。最初は手で押してたけど、だんだん疲れてきたみたいで、今見たら踏んづけていた。

 ①と書いてあったからには、たぶん、正面玄関の近くじゃないかなって話し合ったわたしたちは、最終的にこの辺りを重点的に探そうってことになった。

 姫ちゃんは、格好が前かがみでちょっとだけ苦しそうにも見えた。

「どうしたの? 大丈夫? 代わる?」

「い、いえ……なんでもありません。それより」

 姿勢を正して、ボタンは踏んづけたまま言う。

「実際の文字はなんて書いてあったんです?」

 そういえば姫ちゃんには言ってなかったっけ。ベルを探しているとしか言っていない。

 わたしはかばんからタブレットを取り出して、写真を姫ちゃんに見せてみる。

「対」

 ぽかん、として言った。

「……つい?」

 でへへ。つい、やっちゃいました――、の『つい』かと思ったけど、アク、アクセ……なんだっけ。言葉の強弱が違った。

「対ですよ、これ。どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか。そりゃあベルなんて探していても見当たらないはずですよ。ははあ。なるほど。ここまでの傾向からして、なんとなく察してはいましたが……、やはり元ネタは芸術や音楽ですね。私の得意分野です。ようやく汚名返上するときが来たようですね」

 姫ちゃんはえへんと胸を張った。

「どういうこと?」

 恵美寿ちゃんと顔を見合わせる。二人とも目ん玉には『??』が浮かんでると思う。

「ピンク・フロイドという外国の有名バンドのアルバムに、『The Division bell』という作品があるんですよ。94年、つい最近出した作品ですね。邦題――日本語で付けられたタイトルが『対』」

「よく知ってるね。外国の音楽なんて」

 そういえば、姫ちゃんは芸術とか音楽に詳しいみたいだった。

 94年がつい最近?

 対って……。

「反対とか逆、みたいな?」

「悪魔でも邦題で、日本人が付けたイメージタイトルですが……どちらかというと対峙とか相対の方が近いかもしれませんね。まあ、でもつまりはそういうことです」

 恵美寿ちゃんの質問に姫ちゃんがボタンを踏んづけながら応えた。

 ? つまりはどういうこと?

 どうして分けるためのベルがそんな意味になるのか、わたしにはいまいち理解できなかったけど、どうやらそういうことらしかった。

「わざわざ番号が振ってあることからすると――①の対……①が天井裏へ続く階段だとすれば、その逆――地下室への階段ではないでしょうか」

「そんなのあったっけ? これだけ探してないのに。また玉藻せんせーのとこ行く?」

 恵美寿ちゃんからのその質問にわたしは応えない。

 わたしは耳がどうやら良いらしい。

 そのわたしに聞こえなかったってことは外庭じゃない。けど、お屋敷に中はもうかなり探してあった。だとするとってかもしかすると。

「わっ。また!? どこ行くの!?」

 走る。目の前の階段をのぼり二階へとズザッと到着。

 朝から開け放っていた窓からグッと身を乗り出す。視野いっぱいに、中庭を収めるように見渡してみる。

 池の中には……ない。右にも……ない。草がボウボウだ。けど、ほんの少しだけだけど草の隙間から地面も見える。こっからだとなんにもない。ように見える。左も同じ。上の方にもない。

 ――下は。下は。

「んっ、んっ」

「どしたの?」

「あ、恵美寿ちゃん、真下ってここから見れる?」

 わたしの身長だと下はよく見えない。身長は恵美寿ちゃんがわたしたちの中だと一番高い。これだけ草が生えてるなら、行って探すより一旦上から確認した方が絶対いい。千真ちゃんならそうする。だからわたしもそうしよう。

「んー? あっ! 右下の方になんかある!」

「ありがとう!」

 そうして再び正面玄関まで下りて、中庭へ続く扉を開ける。

 玄関ホールを通るとき、姫ちゃんが「あの、ちょっと、もし――」と言っていたような気がしたけれど、夢中になっているわたしは通り過ぎてしまった。

 こういうときのわたしは何にも聞こえてない。

 恵美寿ちゃんを追い越した。

 草をかき分け現れたのは、落とし穴みたいな丸い穴だった。先生がいるとこみたいな穴。けれど、裏と違って、盛り上がってるわけじゃないから、気をつけないと落っこちちゃいそうな穴。

 穴の中に階段があった。角度が急だ。一段一段が壁とは言わないけれど。

 暗い。電気なんて付いていない。

 二段先、三段先、四段先、五段先。そこから先は暗くてここからだとなんにも見えない。たぶんだけど、道がまっすぐじゃなくて、ちょっとカーブしてるからだ。

 ごくり、と恵美寿ちゃんが喉を鳴らす音が横から聞こえた。恵美寿ちゃんが緊張するなんて珍しい。いつもいつでもなんでもなさそうな顔して変なこと言ってるのに。

 恵美寿ちゃんがパッとライトを灯す。細い光をぐるっと回す。人一人がやっと通れるくらいの空間。壁はつるつるりん。やっぱり鉄だ。

 一列になってそろりそろりと降りてみた。一段一段ゆっくりと。わたしも緊張していた。なんとなくここが最後じゃないかという予感はあったから。

 二十段くらいは降りたところ。そこに。

 目の前に扉があった。

 銀色の、やっぱり鉄で出来ていそうな重たそうな扉があった。庭みたいなLEDランプは付いていなかった。

 左側の扉に、同じデザインのボタンがあった。

 予想が外れた。まだ先があるんだと知ってちょっとがっかり。

 そしてそれだけじゃなかった。反対の、右側の扉に鍵穴があった。

 ――鍵?

 ボタンと鍵穴は、ちょうどわたしたちの肩くらいの、同じ高さにそれぞれあって、そしてそれぞれの扉に違った文言が書かれていた。

 左側の扉には

『④』

『Hello,』

『DANGER!!』

 と。

 右側の扉には

『Ⅳ』

『Goodbye』

『DANGER!!』

 と。

 そう――書かれてあった。

 わたしと恵美寿ちゃんが同時にこてんと首を傾げた。


「Ⅳ(フォー)?」


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