第11話 ケイドロ

 とかなんとか私たちがやってる内に、さっきのあの女が逃げたってことがないか確認しようってことになった。

 来るときに入ってきたあの部屋だ。足元を見てみれば、室内は埃が踏み荒らされてわからなかったけれど、窓のすぐ外は元々暗い場所というのもあって湿気っぽいのか、足跡を見てとることが可能だった。一つだけサイズの違う足跡を発見。入ってきたのが一つのみ。ここ以外から出たってんなら別だけど。そうじゃないとすると、まだ家にいそうだな。

 どうやら、以前から出入りしていたということもないらしいけど。

 恵美寿と姫は――いない。

「……ん?」

 そこで気付く。

 外壁まわりに生えていた雑草の中に隠すようにして置いてある黒のパンプスに。

 さっきの奴のだろうか。だとしたら、なんだって靴を履き替えたんだろう。いや、家に入る前に、靴を脱ぐのは当たり前か――って、結局靴履いてるんだからそうじゃない。

 動きやすい靴に履き替えた? 何故?

「どうするぅ?」

 窓の外を眺める私に空穂が訊いてきた。

 部屋を出、歩きながら、周囲を警戒しながら答える。

「まずは一階を見て回ろう。そして二階へと追い込みたい」

「どうして?」

「外側からは鍵掛かってて開かないけど、内側からだとどの窓も簡単に開いちゃうからさ。最も――」

 私は左辺にある適当な部屋へと入った行った。中は空っぽだ。そして、埃がびっしりで誰かが入って来た形跡もない。ツカツカと窓辺に歩み寄り、その観音開きの窓を開ける。窓を開けるとき、ぎしっ、ばんっ! と、盛大に音が鳴った。恵美寿が開けてた窓もそうだったけど、ここもそうみたいだ。構造の問題かな。観音開きで、はめ込むようにしているために、どうしても長い間開けてないとこうなっちゃうみたいだ。

 住んでると面倒かもしれない。けど今は逆にありがたかった。部屋を出る前に同じように窓を閉めておく。念の為。

「立て付け悪そうだから、こうして開けてくれれば居場所も分かる」

「でも、反対側にいて、窓から出られたらどうしようもないよ?」

「私たちと同じように、裏から乗り越えてきたってことは、門だって通っていないはず。来るときと同じ場所を通るしかないとなれば、追いつくのは簡単だよ。私たちも反対側の窓から出てって走れば追いつく。柵を乗り越えるのだって多少時間は掛かるだろうし」

 そんなことを話し合いながら廊下をぐるっと一周した。

「いないねえ」

「雰囲気はするんだけどね」

 誰かが潜んでいそうな雰囲気はあった。

「中庭かな?」

 そういえば、ここまで、中庭は見ていなかった。中庭へと至る道は、上辺下辺の真ん中にある、中庭へ出るための扉を開くか、もしくは窓から出るかだ。

 しかし、窓は先ほど見たように、特に開かれた様子は無い。恵美寿が開けてたけど、あそこは二階だし。流石に飛び降りはしまい。身体能力はありそうだったけど、女の人だったから、あまり無茶な真似は――泥棒に入ってる時点で結構な無茶はしてるのか。

 いやでも普通に扉から出れば――と、ドアノブに手を掛ける前に思い至る。

「どうしたの?」

「んにゃ」

 階段をのぼり、二階へと移動。廊下の窓にジャンプしてしがみつき、中庭を見渡した。

 そう、ここからなら見渡せる。

 誰かが潜んでいる様子はない。草むらに身を潜めていたって、ここから見れば全てが分かってしまう。枯れた池などの窪地も同様に見渡せた。

「あ、そういえばここって、あのお姉ちゃんが見てた場所だねえ」

 空穂が身を乗り出し、中庭を確認している。いつの間にか、お姉ちゃん呼びになっていた。全く緊張感のない――。と、そこでさらに思い至る。

「空穂反対側行ってみて。それでこっち見てみて」

「はーい」

 とてててと駈けて行く。

 やがて、ぴょこんと、反対側の窓枠、その下から顔を出した。

「ふうん」

 あの泥棒が必要以上に私たちにビビっていた理由が分かった気がした。

 今、反対側の窓は、姫が全てのカーテンを開けたために、全部が丸見えになっている。

 そんな中、こちらを見つめる空穂。瞳は沈む西日にきらりと光っている。もちろん表情は、いつも通りのへらへら……、にやにやした笑いに満ちている。

 逆だ。

 むしろ向こうが私たちのことを幽霊か、さもなくば、座敷わらしだとでも思ったんじゃないか? 屋敷に侵入した途端、一斉に開かれたカーテン。姫はダッシュでカーテンを開けていた……。窓枠からは、ぴょこんと顔を出すおかっぱ頭でにやにや笑いの空穂。

 誰もいないだろうと思っていたオンボロ屋敷。その屋敷に侵入したタイミングで、私たちみたいな、小さいのがいきなり現れれば、そりゃあびっくりもするだろう。

 日本人形と西洋人形みたいな二人。

 同じ小学生だ。姫が一番低いけれど、身長はそう変わらない。いいや、もしかしたら姫のことは、移動する生首くらいに勘違いしていたんじゃないか。

 そうじゃないと、あの驚きようは――……。

 空穂の方へと移動しながら考えた。

「後ろには大量の人形が犇めく部屋があった、か……」

 呪いの人形、とでも思ったのかな? 取り残された人形の怨念? 泥棒に入るくらいだ。下調べはしているはず。空き家に見えて、色々物が残っていることも知っていた。日本人形に西洋人形……その他諸々。売ったら幾らになるのだろう。

「この部屋にもいないねえ」

 空穂が人形の部屋を覗いていた。

「とりあえず、二階の部屋全部探してみようか」

 そう提案するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る