第12話 ケイドロ

 一通り回ってみても、先ほどの女は見当たらなかった。

「もう帰っちゃたのかな?」

「どうかな……」

 先ほどから二十分は経過していた。

「どうするの? それ?」

「ここに置く。後は反対側の廊下と一応入ってきた窓にもね」

 部屋から拝借した日本人形を、廊下のド真ん中に通せんぼするように置いた。

 場所は二階廊下、正面玄関のすぐ横、階段から上がったすぐ先。

 さらにもう一体を反対側へ同じように置いた。

 一階の入ってきた部屋の窓のすぐ下には、ちょっと雰囲気が姫に似た西洋人形をチョイスする。

 相手が私たちにびびってるとしたら有効かもしれない手。ほんの気休め程度の手。正直、意味があるとも思えないけど。やってること事態に満足してるから私はいいのだ。

「二階の左端の部屋は、車庫の屋根と接していたからね。飛び降りられたら逃げられちゃうじゃん? あの泥棒ならそんくらいしてもおかしくないと思って」

 現に、私ならそうする。

「できれば、二階の右側の廊下に追い詰めたいね。あそこなら窓からも逃げられないし」

「じゃあ、わたしと千真ちゃんで挟んじゃえばいいんだね。さんどいっち伯爵」

「そういうこと」

 作戦としてはこうだ。

 一階からなんとか見つけだし、二階へと誘導。途中、私と千真が二手に別れる。左廊下へ行こうとした泥棒が人形にびっくりして、反対側へ逃げる。そこを私と空穂でサンドイッチ伯爵して捕らえてチェックアウトって流れに持っていきたい。

 ただ、それも相手がいなければどうにもならないんだけど……。

「あっこじゃない?」

 私が頭を悩ませていると、空穂はピンと指を立てて言った。考え過ぎちゃう私と違い、たまに出る空穂の閃きにはいつも驚かされるし、助けられる。

「どこ?」

 期待を込めて訊いた。

「真っ暗だったとこ。きっちん」




 ばんっ!

 がしゃんっ!

 わかりやす……。


 キッチンには扉がなかった。昔はここでお料理をしたら、その香りが屋敷中に伝わったことだろう。

 室内に音を立てないように入って行って、適当にその辺のシンク(だと思われる。暗くてわからない)を、思いっきり引っ叩いてみたのだ。したら、即座に反応が返ってくるもんだから張り合いってもんがないよ、全く。

 ……音の発生源からして奥の方か。

 ちょちょい、と。外から漏れる僅かな明かりを頼りに、空穂に合図を飛ばした。私あっち、空穂そっちね。サッと敬礼を返してくれる空穂。了承の合図。はじまりの合図。

 そろり、そろり、と歩み寄る。抜き足差し足忍び足。

 ――いた。

 調理台(?)の影に体を丸めて肩を抱き、蹲る女の姿。その女を見下ろす形で左右から挟み込む私たち。私が正面だ。女の瞳に映っているのはやはり恐怖だろうか。暗がりで瞳と瞳が合った瞬間、後ろにいる空穂が飛びかかった。しかしそのとき、

 女の目がカッと見開かれた――気がした。

 気がしただけ。なにせ、

「うおっ」

「ふわあ」

 目の前から消えた。

 じゃない! 飛んだんだ!

 蹲った姿勢から体勢を変化させ、片手で調理台を突くと、付いた左手を起点にして華麗な片手側転をしてみせた。

「すっごぉっ!?」

 って、感心してる場合じゃない!

「追っ――」

 って、と言う間もなく空穂は追いかけていた。今ので火が付いた。

 薄暗闇の中でもすいすい調理台やら流し台やらすり抜けすり抜け外へと出て行く。私は追いつくので精一杯だ。どっかにぶつけて腕と脚が痛い。時々思う。あいつは野生動物か何かの生まれ変わりなんじゃないか。

 正面玄関へ出ると、二人とも階段をのぼっていた。だったら、私は逆側へと行かねばならないだろう。息を切らせて必死に走る。階段が辛い。汗はだらだら出る。私は汗っかきなのだ。

「ひゃあっ!」

 どこかで悲鳴が聞こえてきた。

 姫――は今いないから、犯人だ。犯人……じゃないな。泥棒か。

 偶然か知らないけど、やっぱり先にそっちの廊下へと向かったようだ。人形に驚いてくれたのか。だったら嬉しい。仕掛けが上手いことハマる。こんなに嬉しいことはない。このまま廊下を突っ切れば、ちょうどいいタイミングのはずだ。

 いた。

「ひ、ひいっ。な、なんなんですか、あなたたちは」

「はっ、はっ……」

 女が仰向けになって転がっていた。

 両手でなんとか体を支えて逃れようとしている、さっきと同じ体勢だが、さっきと違うのは真後ろに私が立っていること。もちろん、正面には空穂が立っている。

 激しく息をしながらも、尚微笑みを浮かべて詰め寄っていく空穂はたしかにちょっと怖いかも。姫ならちびってもおかしくない。

 さて。


 こっからどうしよう……。


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