第20話 宝探し

「へ」

「マジでー!? どれがどこに!?」

 へえ、どちらに? とでも続けようとしましたが、隣からの爆音に中断させられました。言うまでもありません。千真さんです。

 興奮した様子で、玉藻先生の脚に縋っている姿はまるで年相応の子供のようです。無茶をしつつも、いつもどこか一線を引いているような彼女なので、その姿は微笑ましくも映ります。見れば、恵美寿さんも微笑んでいました。

「今挙げた九作ですね。初期中期は後期のように決まった舞台が用意されずに話が進んでいくこともありましたし、短編集や日常の謎なども挟んでいましたから。

 後期の作品を読んでいて、ふと気になったんですよ。小説の最初のページに作中舞台として描かれているこの建物、この間取り――どこかで見たことあるな、と。気付いたら早かったですね。

 大貧民の城、段ボールハウス、ヤカタイタンは、私たち家族と縁の深い場所でした。実際に住んでいたり、家族の仕事場だったり……他はまだ見当段階ですが」

 他はともかくとして、段ボールハウスにどうやったら深い縁が出来るのでしょうか。かなり失礼ですけど、私の想像以上にろくでなしが多そうな一家です。

 玉藻先生は山裾の、あの洋館を指差し言いました。先ほど聞いたのと同じ言葉を。

「ヤカタイタン――その作品のモデルとなった建物があの場所です。私は昔、あそこに住んでいました」

 真剣な眼差しのまま、私たちに向き直ります。

「昨日私は、教育実習の事前説明のためにこの学校に訪問していました。この屋敷のことは当然知っていたんで、近いし、ついでに入ってみようかと思い立ったんです。そこであなたたちと遭遇しました。怖かったです。びっくりしました。責任はどう取るおつもりですか」

 ……そういうことでしたか。

 こちらを睨んでいる玉藻先生の表情はさっぱり迫力がありません。

 どうもこうも。子供のやることにいちいち責任を求めないで頂きたいです。

「あ~、だから。それ、上履きだったんだね」

「これですか。中は埃まみれでしょうし、もし虫でも湧いてたら嫌でしたから。そんなわけで学校からそのまま持ってきたんです」

 千真さんが玉藻先生の靴を見て言いました。謎の一つが解決できたようです。

「それでどうして入ろうと思ったんですか? 懐かしくなって?」

「違います。祖父は息を引き取る間際にこう言ったんです。んんっ。

『儂ゃ、お前らがいつまでも自立せんで親の脛ばかり齧っとるから心配だでな。ちったぁ、自分の体で稼いで働けっと常々言っとったが、まあ、最近は毬藻(まりも)も波洲藻(ぱすも)も桃藻(ももも)も玉藻もようやくバイトなんだり学校なんだり真面目に行き始めてくれたでなあ。嬉しいこった。

 そんな儂からお前ら家族にプレゼントをやる。

 中津探偵シリーズの最終作な。もう実は書き終わってるんだわ。隠してあるから見つけたら発表してちょ。本の売上はくれてやる。まだその稼ぎだけじゃやってけんだろう。家は絶対売るなよ。最近隠した。どっかしら開いてるはずだ。鍵? 隠した。わはは。原作準拠ってやつだ。ちゅーわけで、頑張って見つけてけろ。そんじゃ。南無三』

 そう言って永久(とこしえ)の眠りに付きました」

「……お茶目なお爺さんですね」

 わざわざお爺さんの声真似をしてくれましたけど、私たち全員、お爺さんと面識ないのでやる意味があったとは思えません。千真さんだけは興奮してらっしゃいますけど。

 パスモって……名前のことをツッコんでいたら、私も大概ですか。

 聞いた感じ、素直に家でも私財でも売り払えば、当分食べれるだけの資産はあるのでしょうね。それを勧めずに、そんな酔狂な言葉を最後に残した――はて。ただ単にやりたかっただけというか、遊びたかっただけというか、孫のために張り切っちゃったお爺ちゃんみたいな雰囲気をひしひしと感じます。

「いたずら好きでしたからねえ、祖父は。作品にも現れていますけど」

「お金ないの?」

 感慨に耽っている玉藻先生に、なかなか訊きにくい質問を恵美寿さんがぶつけました。空気を読むつもりが全くありませんね。恵美寿さんがそれを言ってしまうと、名前も相まって別の意味にも取れます。働けと。

「……単純に一読者として、中津探偵シリーズの最終作は読んでみたかったんですよ。だから探しています。親兄妹はなかなか動いてくれませんので」

 本当でしょうか。

 疑わしいですけれど、私は中津探偵シリーズとやらを読んでいないので、どうとも言えません。横を見れば、千真さんが再び玉藻先生に縋っていました。

「続きあるんだね? 読みたい! ね! ね? 私たちも探すの手伝っていい? いいでしょ? ね? ね?」

「いいですよ」

 千真さんの提案に玉藻先生はあっさりと了承しました。そこに特にこだわりはなかったようですね。が、提案をした当の千真さんが「あ」と私たちを伺うように眉を下げました。珍しい表情です。

「えっと、私はやりたいんだけどぉ」

 昨日のことを気にしているようですね。恐らく、千真さんが当初考えていたことよりも、かなり大変な目に合いましたものね。私たちみんなが。

「やる~。やりたいやりたい~」

「みんながやるならあたしもいいよ」

 そうして、最後に私の方へと視線が移動します。

 ……少々、いえ、かなり危険なような気がしますが……。

「姫は無理しなく」

「やる」

 昼休み終了のチャイムが鳴り響きました。

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