第21話 宝探し
「ヤカタイタンは中津堅一の第六十五作目に当たります。中津探偵シリーズとしては第二十作目ですね。
中津探偵がタイタンと呼ばれる巨人族の住む館に行って事件に巻き込まれます。殺人――殺巨人事件ですね。犯人が最初から判っている倒叙と呼ばれるミステリのジャンルがあるんですが、この作品はそれに当たります。
最初から犯人を中津は知っていますが、異種族であるタイタンのサイズが大きすぎて中津探偵の話が聴き取れなかったり、館事態も大きすぎて捜査をするにも大変だったり、その間に事件が進行したり――と、なかなか思うようにいきません。
そこで、ならば起きる事件を未然に防げばいいんだと、巨大な館を奔走する云わばサスペンスアクション物ですね」
「なんだそれ……」
思わず口調が乱れてしまいました。
突飛過ぎます。初期中期は本当にちゃんとミステリしていたんでしょうか?
……面白そうですけど。
さて。
週末の土曜日。今、私たちはその小説のモデルとなったであろう館へ再び訪れていました。玉藻先生とは学校で待ち合わせしました。
あれから、平日は来るべき今日に備えながら過ごしました。
学校終わりの中途半端な時間に調査したら、また前みたいなことになり兼ねません(一度目は、結局、帰りが遅すぎてみんな親から怒られてしまいました)。
「うう……」
「大丈夫?」
苦い思い出。
横にいた恵美寿さんが覗き込むようにして見てきました。頷き返しましたが、特に何を言うでもなく、勝手に私の手を握ってきました。別に怖くなんてなかったのに。そっと振り払おうかと思いましたが、そのままにしておきます。
二度目となる洋館は当然のことながら巨人用サイズではありません。一度目の訪問と同じく、人間サイズ。
時刻は午前十時前。洋館は真夏の日差しの下でも、その山裾という立地のせいで今の時間帯は、どこか薄暗くて不気味です。住居として活用していた頃は、今の時期、涼しくて良いのでしょうが……。
「お爺さんはどうして鍵を隠すような真似をしたんでしょう?」
「作品ごとに特色があるんですよ。鍵を探すところから始まったり、そもそも鍵なんて無かったり。ヤカタイタンの場合は、どこかから館に侵入するパターンですね。ほら、巨大な巨人のお屋敷に小さい人間が乗り込むわけですから」
そんなパターンは嫌です。
私たちは、教師である玉藻先生を先頭に、以前と同じく館の裏手へと回り込みました。
「?」
柵を乗り越える際、玉藻先生が柵のてっぺんを用意していた除菌用ウェットティッシュでしきりに拭いていたのが印象的でした。そんなこと気にする性格に見えませんから。
窓から先生プラス生徒の計五人で侵入を果たします。
正確には先生見習いなのでしょうが。
……子供を引き連れ、こういう危険なことをするのって、先生としてどうなのでしょう? 理解のある先生? でも責任とか……。まあ、大学生ですし、そこの感覚はまだ子供なんでしょうね。何事もなければいいはずです。
「わくわく~」
今日は朝からずっとにこにこしている空穂さんです。楽しいのでしょう。宝が例えどんな物であれ、特殊なギミックが盛り込まれた館とあっては、その存在だけで子供心を擽るには充分なのです。私? 私は違います! 勘弁してほしいです。
「ひいっ!」
「どしたの? って、ああ忘れてた」
飛び上がる玉藻先生の影から覗いてみれば、部屋の真ん中に人形が転がっていました。翠の瞳の西洋人形。思わず、私も後ずさりしようとしました。が、恵美寿さんががっしりと手を離さないせいで逃げられませんでした……良し悪しです。
「そういえば玉藻先生、この人形なんだったの? すんごい大量にあったけど」
「は? 知りませんよ? あなた達がイタズラで置いたんじゃないですか? 私を脅かすために。私を脅かすために」
「そんな繰り返さなくても……あいや、そうじゃなくてさ。人形がたくさん置いてある部屋があったんだけど、誰か人形趣味の人でもいたの?」
「家にそんな人はいませんが――置いたとすれば、祖父ですかね」
顎に手を当てて玉藻先生が言いました。
ふむ……。
「玉藻先生、少し良いですか。原作小説は持ってきたんですよね?」
「ええ。もちろんですよ」
ポケットから文庫本を取り出しました。表紙には洋館をバックに二対の巨人が立っており、ハットを被り茶色のコートを着た小さな――これが中津探偵でしょうか――男の人が挑むようにしています。
「その本に出てくる館とここの館は、完全に一致しているということで良いんですよね?」
なにせ巨人の館ですし。
「それを確かめる前にあなたたちが襲ってきたんですよ。さ。調べますよ」
……この失礼な喋り方にもだんだん慣れてきましたね。
私たちは巨人の館をぞろぞろ五人で歩き始めました。
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