第27話 イス取りゲーム

「あははー。ドラクエみたい」

「空穂特派員の観察力は何者にも真似できんからな」

 わたしの後ろにムカデみたいにくっついてみんながぞろぞろ歩く。わたしがしゃがめばみんなも真似してしゃがむ。わたしが上を見上げれば、みんなも揃って上を見上げる。しゅばっ、しゅばっ、さっ、さっ。

「あはー♪」

 わたしは面白がって意味のない行動を繰り返す。そこでとんとん肩を叩かれた。

「空穂特派員……」

「なーに?」

 千真ちゃんは、こめかみをかきながら苦笑い。

「これはどう思うね?」

 差し示したのは例の大きなノッポの古時計。はあ。これ?

「んー?」

 時を刻む時計。チクタクチクタク。振り子が左右に揺れてゆ~らゆら。わたしはチクタクチクタク鳴る時計で、ピーターパンに出てくる大きいワニを思い出している。時計を飲み込んじゃった可哀想なワニ。フック船長が大嫌いなワニ。

 ――時計を飲み込む。

「わ! ちょ、空穂ちゃんなにやってんの!?」

「壊れちゃいますよ」

 なんとなく時計に飛びついて抱きついてみたりする。時計がずぞぞぉって床に飲み込まれたりしないかな? 時計が沈み込んでそれがスイッチになってさ。さっきの階段がウィーンガシャってなったりしないかな? って思ったけどなんにも起きなかった。

 ずりずり時計から滑り落ちる途中でどこかから『バキッ』って音が鳴る。

「あ」

「言わんこっちゃないです。ほら」

 後ろから先生に抱えられて床に降ろされた。抱きかかえられる、なんて絶対楽しいはずなのに、それを楽しむ余裕も今はない。

 やっちゃった。やっちゃった。やっちゃった。

 目の前が暗くなる。古時計。ヒビは入っていないけど。千真ちゃんは年代物って言ってた。高いかもしれないよ。壊したかもしれないよ。怖い。怖い。怖い。怖い。

「ふっ……ふっ……、」

「大丈夫だって、ほら。なんともなってないし」

「……うん」

 泣きそうになったわたしを千真ちゃんが優しく撫でてくれる。

撫でられるがまま撫でられて、ふと気付く。床がなんだか凹んでる?

「?」

「今度はどーしたの?」

 もう一回、今度は足を付いて抱きついた。押しても引いても時計はびくともしない。

 角度が悪いのかもしれないねえ。移動して横から押してみようか。そうしましょう。時計がグラリと揺れる。もちっと押してみる。時計がグラグラ揺れる。ううん。ううん。

「空穂?」

「千真ちゃん、先生、みんな。この時計どかして?」

「わかった」

 千真ちゃんが真っ先にわたしの考えてることに気付いてくれたのか手伝ってくれた。恵美寿ちゃんと姫ちゃんはよくわかってなさそうだったけど、左右に二人ずつに別れて時計を持ち上げようとしてくれた。でもやっぱり重たいみたい。ていうか、さっきので床に引っ掛かった?

「……玉藻先生も見てないで手伝って下さい」

「はあ。動かせばいいんですよね。みなさん邪魔なんで離れて下さい」

 みんなが先生に従って時計から離れる。

 すると、先生は軽々と時計を持ち上げてみせた。

「せんせーすっご!」

「教師やるよりスポーツ選手でも目指せばいいのでは?」

「団体競技が昔から向いてないんですよ。個人競技もバランスブレイカーなんて散々学生の頃言われて面倒になってしまって……ところでこれ、どうすればいいんですか?」

「ちょっとずらして……うん。そこにぽんって」

 持ち上げたまま訊かれた。すごいなあ。百キロくらいありそうなのに。指差して適当な場所に下ろしてもらう。そっちはいい。

「先生、これ……ごめんなさい」

 また涙が込み上げてくる。

 床が大きく凹んでた。やっぱり壊してしまっていた。さっきの音は、この床からだった。

「いいですよ今更。わたしの持ち物じゃないです。悪いのは全てこんなことする祖父ですし。責任は祖父にあります。そして祖父は故人なんで、この場合咎める人は誰もいません」

「ありがとう」

「言い方が最悪過ぎます……」

 先生の慰めがじわりと心に沁みる。涙の波が引っ込んでわたしはなんとか前を向ける。

 安心したわたしは改めてちょっとヒビが入って凹んでる床へと向き直る。よーく見れば、古時計が置かれていた場所にだけ、四角く切り取り線みたいなのが入ってる。その切り取り線の一箇所に細い長方形の穴がある。

「は~。時計その物じゃなくて、その下か~。さっすが中津先生、味な真似を。玉藻先生マイナスドライバー持ってる?」

「ありますよ」

「何故に……」

 千真ちゃんから訊かれた先生は、背負っていたリュックサックの中からドライバーセットを取り出してくれた。その中から、組み立て式のドライバーを取り出して、穴の形を見て、それに見合うマイナスドライバーを組み立てた。

 手渡された千真ちゃんが床をぐっと持ち上げる。

「よしきた」

 ペコンと開いて持ち上がった蓋の下から現れたのは、周りがコンクリで塗り固められたちいちゃな空間。十五センチもないくらい。その中心には、赤くて大きなボタンが設置してある。押したら爆発とかしそうな、アニメとかでありそうな見た目。黄色と黒のチェックで縁取られてて英語で何かが書かれてる。

『①』

『Stairway to Heaven』

『DANGER!!』

「ビンゴー!」

「……なんでツェッペリン?」

 千真ちゃんが嬉しそうに叫んで、姫ちゃんが首をこてんと傾げた。

「千真ちゃん、なんて意味? これ?」

「天国への階段! たぶんあそこのこと言ってんでしょ。①ってなんだろね。嫌な予感」

 大佐がぶつぶつ言ってる。

「わ。じゃあ、このボタン押せばあの階段落っこちてくるってこと?」

「そ。だから離れてろって意味だと思うけど……」

「押しちゃえー!」

「ほいきたぽちっとなーってぇ――かったぁっ!?」

 千真ちゃんが両手で力を入れながら押し込んで、なんとかボタンがガチっとなった。一、二秒くらい経って上の方から『ゴゴゴ……』って、インディージョーンズに出てきそうな音が聞こえてきて、わたしは思わずガッツポーズ! が、

「ふう」

 千真ちゃんがボタンを離したら『ゴゴゴ……』って音が、『カタカタ……』って音に切り替わる。わたしはお父さんと一緒に行った釣りで、魚が喰い付いて、リールを巻き上げるときの音を思い出した。あれをもっと大げさにしたような音が今、ちょうど上で鳴っている。

 みんなが顔を見合わせた。表情はなんともなんともいかんとも。たぶん、みんなの間にそこそこ面倒な予想が浮かんでる。

 千真ちゃんが真っ先に口を開いた。

「空穂。ごめん。一旦、上見に行ってくれる?」

「どうやら一人ここに残ってボタン押し続けないといけないっぽいね……」

 千真ちゃんが腕組して、どうしたもんかーみたいな顔して言った。

 階段は降りていなかった。同じ位置にあった。

 そのことを千真大佐にご報告、すると、返ってきた答えが、

「もう一回押してみるから見てて」

 危険って言葉を頭に入れながら、例の穴に頭だけ突っ込んで上を見上げた。しばらくすると、階段はちゃんと下まで降りてきて、上までのぼることの出来る、ちゃんとした階段になった。けど、しばらくしたら、また同じ場所に戻っていって天井にあったパッと見、よくわかんないオブジェに元通りになった。

 ようするに、ボタンを押している間は、階段がきちんと降りてて、ボタンを離すと階段は元の位置に戻るって仕掛けみたい。

 そして、その向こうはやっぱり扉だったみたいで、ボタンを押しているその間、自動扉みたいに開閉してた。

「そのボタン、ガチって嵌まらないの?」

「むりぽ。どうやったって元に戻る。誰が残るか……」

「あたしやろっか? どうせお尻つかえて入れないし」

「私が押してますよ。取ってきてください」

「はーい」

 先生の声にみんなが声を揃えて答えた。

 バタバタ走って、いざ、お二階へ。れっつらどん。

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