第35話 伝言ゲーム ■麗日千真
■ 麗日千真
「はあっ、はあっ、はあっ、」
息が切れる。
じりじりと焼かれるような窓から差し込む光のもと、壁に目一杯力を入れてボタンを押す作業は、大した動きを伴っていないはずなのに、じわじわと私の体力を奪っていってる。
「くっ、かはっ」
息が切れる。
息は切れる。
たいしたことをしていないはずなのに声が出る。
私ってこんな声だったっけ? 自分でも疑問に思うような喉からの掠れる声。甲高い吐息みたいな声に私自身戸惑っている。自分で出しておいて戸惑っている。一体、何故、私は、声を上げているんだろう。
炎天下の車の中で、ずっと放置していたみたいな温度になった水を煽る。
最後の一口。
美味くともなんともない。
ぴちょん、と雫が垂れた。舌を「えっ」と出す。雫が舌の上で飛んで跳ねて消えた。
水を飲んでも飲んでもそのまま汗になって流れ出ていくような気さえする。
昨今の酷暑は災害に等しい。野菜など、生産物にまで影響を及ぼしています。そうですね。テレビの前の皆さんも、熱中症にはくれぐれもご注意を。さて、お次は全国の――……
今朝のニュースでコメンテーターが気象予報士と対談していた場面を唐突に思い出す。そういえば、今日の気温は何度だったっけ。三十九度近くまで上昇するとかなんとかお天気お姉さんが言ってたような。いないような。
水、水。――水。
水はそのまま飲んでいいんだったっけ。
塩分を少しでも含んでいないと意味がないとか芳来先生が言ってたような。いないような。いいや。さっき玉藻先生が言ってたんだったっけ――。
頭が働かないな。
一体、私は何をこんなに必死になっているんだろう。ただの子供の遊び。たかが子供の遊びじゃないか。そうだ、最初は秘密基地が作りたいって私が言い出したことが始まりだ。
そうだ、私がみんなを巻き込んでいる。私が言い出しっぺだ。いつもの如く。
――だったら、最後まできっちり、やり遂げないと。
「いけないよ……、ね」
でも。
少し離れるくらいなら。
少し離れるくらいならいいんじゃないか。
そうだ。玉藻先生も言っていた。危険を感じたら、とかなんとか。その後は覚えてないというより、そこに思考を割きたくないとすら感じる今の状況はそこそこヤバい。何考えてるんだろう、私。今、何を考えていたんだっけ。
ガチッ、っと、ゆっくりとボタンから足を離した。
手で抑えていた段階はとっくに過ぎていて、今は反対側の壁に背中を預けて、ボタンを足蹴にしていた。脚が日光のせいで火傷しそうなほどに熱い。天窓のせいで、どんな姿勢で抑えていようが、体のどこかには陽が当たった。今の姿勢が一番マシだった。正にデンジャー。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
四つん這いで天井裏を進んでいく。じゃりじゃりと手のひらや膝にくっつく砂が、痛くて、べたべたしてて、ひたすら不快だった。
中腰になる気も、走る体力も気力もなかった。
角を曲がって、感覚を頼りに暗闇の中を進んでいく。今更だけど、ライトをもう一つくらい持ってくればよかった。調査のために必要だろうってあっちの班にやっちゃった。一度通ってるから大丈夫だと判断したけど、考えが甘かった。真っ暗闇の中を進むという行為は想像以上に神経を使う。もわっとした空気がそれに拍車を掛ける。
心がきゅっとなる。怖い。寂しい。急にそんな感情が湧いてきた。
誰かが一緒に居たらな。
多少気も紛れるんだろうけど……。
もう少し。
もう少し。
もう少――……
……ここまで暑かったっけ。
目の前には空洞があるはず。閉じられた空間とは言っても、こうして進んでいけば、少しくらいこの空気が和らいでくれていってもいいはずなのに。なのに。
どうしてだろう。進めば、進むほどに息苦しくなっていくようなこの感覚――。
「――っ、ふ、はっ、――あっ!」
頭が壁にぶつかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます