第12話 シャーリー VS 騎士チェイス

「ハッ、ハハハハ!!」

「……なにが面白いのですか」

 

 チェイスは高らかに笑った。

 この状況に危機感を抱いておらず、むしろ楽しんでいるかのように。


「エドワルド様の暗殺を試みる者はこれまでにもいた、だが、これほど直接的なやり方をとった人は初めてだ。実に面白い」

「それで?」


 シャーリーは、無言で辺境伯の首に注射針を近づける。


「この中には、特殊な魔毒薬が入って……」

「説明はいい。中身がなんであれ、人質に取られている事実に変わりはない」

「なにがいいたいのです」

「質問が多いな。その前に、そちらの要求を教えてもらおう」


 合わない相手のようで、シャーリーの挙動から苛立ちがうかがえる。

 相手のペースに乗せられていることに、俺は不安を抱かざるをえない。


「あなた方は、【魔法殲滅の会】に所属している。事実ですか」

「事実だ。エドワルド様の誘いを受けて、私も入会した」

「会の目的と、それを達成するための手段をご存じで?」


 チェイスはうなずく。


「もちろん知っているさ。魔法を使えるものをこの世から消すこと。そのために、貴族を襲って数を減らす。皮肉なことに、上層部は魔法を使える者ばかりの組織ではあるが。面白いとは思わないか?」

「いいえ」


 食い気味に答えた。

 シャーリーの目が、訝しむように細められる。


「断じて面白くありません」

「構わない。感性が合わないなら仕方ない」

「目的を果たすための手段をとったことはありますか?」

「俺の名が知られる前はよくやった。絶望に歪む顔は嫌いじゃなかったよ」

「……エドワルド辺境伯は?」

「わ、私は組織に脅されてやったことがあるだけだ! やりたくてやったわけではない! それより早く解放しないのか!?」

「……」


 チェイスはシャーリーの表情をじっと眺める。

 しばらく考えを巡らせる。

 すると、ひとつの結論に帰着したようだった。


「なるほど、君は【魔法殲滅の会】に肉親を殺されたのかな?」

「そうですが、なにか?」

「いや、復讐心に燃えるのはいいけど、どうして実行犯でなく俺たちを殺そうとするのかな。それって腹いせ? 組織に入ってるから殺されるなんて、俺って理不尽だと思わない?」


 チェイスの言葉は正論であった。

 彼は、シャーリーの肉親を直接殺した相手ではない。

 しかし、同じような手法で人殺しに手を染めている。


「調べはついています。あなた方は帝国と繋がっており、王国に被害をもたらそうとしている」

「どういうことだ?」

「国王暗殺の計画に従事していると、ある方が吐いてくださったんです」


 シャーリーは、彼らを裏切った者の名前を告げた。

 チェイスの表情が明らかに変わった。

 片頬が一瞬上がったのである。


「連絡がつかないと思えば……」


 これは、バルス・モーダントの策謀であった。

 凄まじい情報網と実力が、彼らの闇を呆気なく暴いた。


「国家への反逆は、計画の立案だけでも死罪に相当することを、ご存じありませんでしたか?」

「現在のルールだ。作戦を果たし、私と辺境伯様とでルールを変えればいい」

「なにをおっしゃるかと思えば……ですが、これで死んでもらう理由ができましたね」


 強い魔力を、シャーリーは誇示した。


「調子に乗るなよ? 俺は瞬間移動すら使っていないのだぞ? お前のうるさいおしゃべりを聞いてやるためにな」

「二度と口を聞けないようにしてやります」


 辺境伯に、シャーリーは針を差し込んだ。

 すると、今度はしっかり気を失った。


「特殊な睡眠薬を入れておきました。しばらくは目を覚ましません。最終的には、あなたが辺境伯を殺した。そんな筋書きですから、お楽しみに」

「随分自信があるようだが……俺のことを舐めるなよ」


 チェイスは剣を引き抜く。

 一級品が、照明を反射させて輝いた。


「では、始めましょうか」

「お手柔らかに」


 ――戦闘開始。


 部屋が広いため、気兼ねなく走り回れる。

 内装がボロボロになるのは確定だろうが……。


「ハッ!」


 初手の一撃は、シャーリーの魔法。

 全方向は光の矢をを放つ。

 それらはチェイスを追尾する。


「……しかし、遅い!」


 いくら反射神経を駆使して、光の矢からは逃れられない。

 衝突する……!

 そう思った瞬間。


「消えた?」


 チェイスは瞬間移動を発動させた。

 俺が目で追えたのは都合五回であり、どれも移動距離は短った。

 無駄な動きなく、見事に光の矢同士を衝突させた。


「がら空きだ」


 光の矢が消えた合間を縫って、チェイスがシャーリーに近づく。

 剣が伸びるのを、シャーリーはギリギリで躱そうとする。


 だが、無傷でいることはできなかった。

 左の二の腕を軽く剣が滑り、血が軽く噴き出る。


「くっ」


 それから、シャーリーは多彩な魔法でチェイスを翻弄しようとした。

 チェイスの方が、一枚上手だった。

 即座に魔法の特徴を把握し、極めて優れた身体能力と、最小限の【瞬間移動】で攻撃をかわす。


 一瞬の隙をついてシャーリーに着々と傷を負わせる。

 いつの間にか、シャーリーの服がボロボロになっていた。



「これは私の戦いです。私だけでやらせてください」



 復讐に燃えるシャーリーの、それが願いだった。

 俺はその願いを守ってやろうと、助太刀せず黙って眺めるだけだった。


 それも、もう終わりのようだ。

 突破口のない相手に対し、シャーリーは戦術を使い果たしつつある。

 まさにジリ貧。


 シャーリーは、ここで死ぬべきではない。

 だからこそ、俺が立つ。


「思ったよりも弱いな。もっと楽しませてくれないのかい?」

「ハァ……ハァ……」


 余裕に満ちたチェイスは、攻撃を仕掛けるでもなく、シャーリーに語りかけていた。


「残念だね、君の八つ当たりも果たされないみたいだ。最終的には君はこのチェイスのために死ぬ。かくして魔法使用者が消える。世界はより素晴らしいものとなる……」

「――黙っていろ、人間の屑が」

「今度は誰……!」


 チェイスの顔が驚愕に染まった。


「さっきまでの威勢はどうしたんだ?」


 俺は【暗黒結界】を発動していた。

 訓練の成果と、蒼い光を宿した瞳が相まって、チェイスを怯えさせることに成功していた。

 まさに悪魔の権化である。


「私はまだ戦えます! ですから……」

「今は休んでいろ。あとは俺に任せくれ」


 俺はチェイスに視線をやる。


「俺が相手だ。悪に生きる者として、邪悪なお前を葬らせてもらう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る