第40話 戦後処理

 魔王戦の終焉はモーダント家の運命を大きく変えた。

 モーダント家は手に負えないだけの実力派である。

 そんな考えを植え付けることに成功していた。


 貴族の中には態度を変える者もあった。


「これれはこれはデクスター様、昔日は無礼を働き……」

「かまわないですよ。ですが、きのうの敵をきょうの友とするのにはいささか気が引けるというか」

「そこをどうにか……」


 擦り寄ってくる貴族をすぐにハイハイと受け入れるわけにもいかない。

 大丈夫だと裏をとった者から優先的に組み入れる。

 そして、厄介で裏切りそうな奴は忠誠を誓ってくれそうな奴の元に置く。


 かくしてモーダント勢力は絶大なものとなった。

 バルスが作り上げた、既存のモーダント陣営という財産があってのことだ。

 これでも国内に敵はいなくなった。


 国王が死ぬと、その地位はさらに揺らがぬものへと変化した。

 実に王国歴10月のことである。

 国王の座は与えられなかったが、ナンバーツーに近い役職をバルスが賜った。


 新しく擁立した国王は、むろん親モーダント派。

 バルス、ひいてはモーダント家が実質的支配者なのはいうまでもない。




「あとは残存勢力を狩るだけとなりましたね、デクスター様」

「想像以上の速さだな」

「わたくしも驚きの連続です。すべてはデクスター様のおかげです」

「それはどうも。しかし、俺ひとりじゃ成し遂げられなかったことばかりだ。だいたいはバルス父様によるものが大きいわけだし」


 ワインの入ったグラスを回してもてあそぶ。

 中のワインをゆらゆらと揺らす。

 日も暮れた時分、俺は自室でシャーリーと話していた。


「フレデリカも元いた組織を壊滅させたらしいな」

「さすがですよね」


 魔王領からのスパイだった彼女。

 所属していた組織の輩は、魔王の消滅とともに大半の力を失ったらしい。

 魔王による恩恵はただならぬものがあったのだ。


「私も【魔法殲滅の会】を崩壊させつつあるわけですけど」

「命を狙われたりしないのか?」

「狙われてもデクスター陣営の方が守っていただけますから。それに、私の実力なら大半の構成員には太刀打ちできますし」


 要は、めっちゃ強いのは上層部だけということだ。

 根本から絶たないと本質的な解決には至らないが。

 すくなくとも勢力縮小には成功している。


 いずれ幹部クラスとぶち当たって潰すとのこと。


「残念だけど、私の仇は死んでいたらしいの」

「……そうだったのか」


 シャーリーの過去を最近語ってもらった。

 一家を惨殺した際のメンバーは大半が死んでしまったらしい。

 偉かった奴も魔王戦や以前の戦闘で命を落としたそうだ。


「ここまで抱いてきた感情を無下にされたみたいでつい笑ってしまいましたよ。いずれにしても私のやることは組織の壊滅と、同じ思いをする人をなくすだけと気づいたら、ちょっと楽にはなりました」


 魔法が不平等を生む、という考えはあながち間違いではない。

 だからといって、罪なき民まで滅ぼすような、きわめて乱暴なやり方が許されているわけじゃない。


「じゃあ、シャーリーはシャーリーの責務を全うするだけだな」

「その通りです。だから、これからも最後のひとりになるまで――いや、【魔法殲滅の会】が意味をなさないようになるまで、頑張ります」

「応援している」

「では、このくらいできょうは失礼します」

「おやすみ」

「おやすみなさい、デクスター様」


 パタンとドアが閉められた。

 自室に彼女が帰るのを見計らって、アネットのところに向かう準備をする。

 俺が気になっている魔法の件について話しておきたいことがあった。


 ささっと地下まで降りてしまう。


「アネット、例の件はどうなっている」

「異なる世界への転移、だったかしら? 順調といえば順調ね」


 空間の歪みを利用するのが、アネットの【瞬間移動】である。

 これを応用すれば、元いた現代日本に還ることができるかもしれない。

 そんな希望が、魔王戦のときに芽生えていた。


 俺はこの世界が割と気に入っている。

 ただ、このまま居続ければパワーバランスがおかしくなるのは必定だ。

 現にそうであるわけだし。


「完成はいつ頃になりそうか」

「そう焦らないでほしいかしら。古文書の解析と能力開発の両方やらなくちゃならないから結構しんどいの。年内には完成するはずよ」

「俺に手伝えることはあるか?」

「研究を邪魔しないことね。あと数日もしたら誰とも口を利かなくなると思うわ」

「じゃあ失礼するよ」


 ぼちぼちやってくれているらしい。

 もし研究が完成するのに「あと数十年かかります!」とかいわれたら。

 そりゃ困るしかなかっただろうが、年内が目処なら安心だ。


「外の空気でも浴びるか」


 地下室は埃っぽく空気が悪い。

 気分がいい場所では決してない。

 新鮮な空気を取り込むに限るのである。


「ふぅ……」


 秋に差し掛かり、涼しくなりつつある。

 大きな戦いの後に残るのは、どちらかというと小さな戦いである。

 気持ちとしてはやや楽なところだった。


 目を閉じて秋のさわやかな風に身を置いて感慨にふけっていると。

 どこからか人の気配を察知した。

 いささかの敵意を感じる。


「誰だ」


 短く、かつ圧を込めたひと言を放つ。


「私だよ、バルスの息子よ」


 聞きなれない、年老いた男のようだった。

 目を開けると、高貴な格好をしている人物がいた。

 王国ではみないファッションスタイルである。


「あんたは敵か? それとも味方か?」

「それは君の裁量だ」

「答えないか。なら名前くらい名乗ったらどうだ」


 いうと、間を置いて彼は答えた。


「帝国皇帝、ディートハルトといえば通じるかね」

「皇帝、だと」


 意外な人物すぎた。

 静かな夜に堂々と他国を訪れるとは。

 皇帝の存在は想定外だ。


「バルス父様の件ですか?」

「それなら君に接近しなくてよかろう」

「……魔王戦、ですか」

「ご名答。魔王とは長らく付き合いがあったからね」

「復讐ですか?」

「いいや、逆だ。賞賛だ。モーダント家の実力がこれほどまでとは」

「……」

「それだけじゃないと思っているかもしれない。だが本当にこれだけだ」


 念のため警戒は緩めない。

 不自然さを拭いきれなかったのだ。


「戦うなら、いずれ別の日に」

「戦闘の意志があるか。なるほど、デクスター。面白い」


 いうと、姿が見えなくなった。

 移動が速いあまり、風がビュンと起きた。

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