第39話 とある魔法の成功願望
魔眼が決まった。
目が蒼り、視界が水面のように揺れる。
魔王は脳天と心臓を突かれて血を噴き出した。
魔眼を直に食らった相手には、死が命じられる。
魔王も例外ではなかった。
首元が紫色にピカピカ光り出した。
「デクスター、あれを見ろ」
「なんですか、あの光は」
「奴の生命線だ。以前私が傷を入れた、魔石の色にほかならない。早く潰すぞ」
「了解しました」
ふたりで同時に手刀をお見舞いする。
首の肉と骨を見事に貫通。
中には頑丈そうな魔石がつまっていた。
「取り出すぞ」
手で魔石をがさごそと漁る。
出てきたものはしたたかに地面に叩きつける。
衝突させると千々に砕け、魔石は色を失った。
「死んでゆくのか、こんなにあっさりと」
魔王の目から光が消えていく。
生命活動は完全に停止した。
もう、蘇る兆候すら見せない。
「見て!」
すこし離れた場所から、アネットが声をあげた。
彼女が指を向けた先では、異変が起きていた。
「魔物が、消滅していく……」
あれほどまでに人々を苦戦させた魔物たちが、光となって空に帰る。
魔王から生成された魔物だったのだろう。
造物主の死は、制作されたものの死も同時に意味していた。
「終わった。いや、終わらせた。私もこれで満足だ」
バルスの言葉には達成感に満ちていた。
長年、心の中でくすぶっていた難題が解決されたのだ。
溢れ出す思いは、俺やシャーリーたちの比ではないはずだ。
「やりましたね、父様」
「デクスターのおかげだ。次世代はお前にためらうことなく託せるな」
「そんな、まるで引退するかのようなことを」
「お前にそれだけの力があるといいたかっただけだ。よくやった」
悪役貴族として、悪の親玉ともいえる魔王を討伐した。
魔王領を制圧する日もそう遠くないだろう。
では、次に潰すべき悪はなんであろうか……。
「思い、つかないな」
【魔王殲滅の会】、王国の腐敗した勢力、帝国の差金……。
あげようと思えば具体例は出る。
しかし、あまりイメージが湧かない。
たぶん、一時的な燃え尽き症候群に罹っているのだろう。
ややもすれば、次になる目標を見つけ、己の強化と作戦立案にコミットできるはず。
「お疲れ様、バルス・モーダント」
乾いた拍手で出迎えたのは勇者イツキだった。
「そちらこそお疲れさんだな、勇者様」
「キミにいいように利用されちゃ、乙女の心も荒んじゃうよ」
「……乙女?」
「いってなかったかい? ボクの前世も、そしていまも女だって」
初耳だった。
てっきり同性だとばかり思い込んでいた。
"ボク"という一人称が紛らわしい。
性別がどうであれ、別にさしたる問題ではない。
「知らなかったみたいだね」
「お見通しらしいな」
「ボクからするとバレバレだったよ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「これで不愉快な休戦協定も解消だね」
「そうだな」
「じゃあここで決着をつけようか」
「おいおいおい」
いくらなんでも気が早すぎるというものである。
ここから戦いの後処理、国に帰ってからの諸々もあろう。
しかも激しい戦いにクタクタだ。
「時と場合と場所を弁えろ」
「つれないね」
「後日、場所を変えて再会しよう」
「仕方ないな」
勇者イツキはくるっと後ろを振り返った。
後ろを向いたまま手を振ってきた。
しばらくすると、姿が見えなくなった。
「神出鬼没な奴なこった」
肩をすくめたくなるね。
「バルス様、デクスター様。お疲れ様です」
「……いい戦いっぷりだった」
シャーリーとフレデリカが駆け寄ってきた。
「今回の最優秀アシスト賞は私がかっさらっても文句はなさそうかしら?」
遅れてやってきたのがアネットである。
「お前は偉そうにしているから選考対象外だな」
「理不尽じゃなくって?」
「今回の勝利はみんなの勝利だ。全員が頑張った。全員の勝利だ」
みんながいたから勝てた戦いだった。
そう感ぜられてならない。
「最終的な結果につながったのは、たしかにアネットの【縮地】によるところが大きかったな」
「まあそれでよしとしましょう」
「はいはい」
「私もわかってるわ、バルス様とデクスターがいいトドメを決められたのが大きかったことくらい」
「ならよかった。アネットが本気でああいってるかと不安になった」
冗談はよして、などとアネットがいったのはともかく。
戦いの被害は甚大極まりなかった。
各兵の損害はいかほどであろうか。
考えるだけでおぞましい。
早く処理に回らねば。
むろん、目立たぬようにではあるが。
「大戦闘の後始末を忘れるなよ。立つ鳥あとを濁さずだからな」
かくして各自が動き始めた。
ちょっと顔を見せただけでも、俺が"魔王討伐の英雄"と称えられ、胴上げされた。
魔法を使えるものが中にいたようで、はるか高くまで持ち上げられて震え上がったものだ。
胴上げが終わってからは、人目を避けて活動した。
大量の血も、痛ましい亡骸も問題なく直視できた。
どこかで、「俺が魔王領で魔王を倒さなかったまでに」という念が生じた。
その念は、心の中のデクスター・モーダントに抑圧されて失せた。
正直、ここまで強くなりすぎると際限が効かなくなりそうだ。
遠くないうちに、俺より強い相手が数を減らすかもしれない。
「傲慢かな」
そうともいえない予感がしていた。
「誰にも倒せなくなったら、そのときは……」
恐ろしい末路を思い描いてしまい、俺はぞっとした。
では、そのときにはどうすればよいのか。
作業に没頭していると、その案はふっと浮かんできた。
「あっ」
思いつくと、俺はすぐにアネットに尋ねた。
「……それ、不可能じゃないかもしれないわ」
「本当か!」
「でもこれ、あくまで仮定の話でしょ?」
「あ、そうだったな」
「なかなか面白いこと考えるのね、デクスターは」
「まあな」
俺の心の中で、ひとつの希望が芽生えていた。
実行に移すにも、ある程度状況が落ち着いてからでないといけないものである。
それに、失敗すればさらに苦しい未来が待ち受けているかもしれない、いわば賭けであった……。
ローマは一日にしてならず。
同様に、終戦処理には長い時間を要した。
勇者イツキと戦っている場合ではないくらいに。
王国に戻ると、モーダント家の地位が正式に高まったことを知った。
ありがたいものだが、ややマッチポンプの感は捨てがたかった。
かくして、魔王戦は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます