第41話 勇者との最終決戦

 帝国皇帝ディートハルト、突然の訪問。

 なにかの予兆ではないかと勘繰ったが、違かった。

 皇帝に関する動きが見られたのは、それから二ヶ月後のことである。


「どれどれ……デクスター殿、貴殿を全帝国闘技大会の特別枠に招待する。対戦相手は勇者を自称するユリゾノ・イツキ。卿の参加を心よりお待ちしている。帝国皇帝、ディートハルト」

「なにをお読みになられているのですか?」

「帝国からの招待状だ」


 年の終わりも近づいた十二月のことだ。

 俺は勇者との戦闘の機会を与えられた。

 皇帝と戦え、とでもいわれると思っていたが違うらしい。


「罠でしょうか」

「かもしれん」

「では、断りますか?」

「いや」


 勇者とはかねがね戦いたいと思っていた。

 小さな戦いや任務に明け暮れていたが。どこか物足りなさがあった。

 心躍る戦いがしたかったのだ。


 またとない機会だ。

 公式に戦闘を許されるのなら、今度は逃げられることはないだろう。

 それに、勇者にも転移の話をしておきたいのだ。


「いろいろ考えたが、誘いを受けた方がいいと判断した」

「デクスター様!」

「単独で乗り込むわけじゃない。シャーリーも他のメンツも応援に来てもらう。なにか異変が起きたら頼むぞ」

「承知しました。私はその意思を尊重します」


 腑に落ちていなさそうだったので、話せる事情は伝えておいた。

 すると先ほどよりは納得してくれて安心した。


「待っていろよ、勇者……」




 指定された闘技場までの道は、シャーリーが先導してくれた。

 シャーリーは帝国の地理に明るい。

 迷うことなく着いた。


 すぐに戦いが始まるわけではなく、まずは皇帝への謁見を求められた。


「遠路はるばるよく来てくれたな、バルスの息子よ」


 ディートハルトは喜びを抑えきれていないようだった。

 勇者と俺との戦いの経過をこの眼に焼き付けたいという思いがひしひしと伝わる。


「はっ。本日の勝負、かねてより楽しみにしておりました」

「よろしい。勇者は先鋭により教育を受け、さらに実力を培われている。よい勝負になるだろう」

「そうですね、私も父上という王国の要なる方から指導を受けていますから」

「なかなか強気ではないか」

「負けにきたのではなく、勝負をしにきたのですから」

「やはりバルスの息子だな、面白い。下がってよろしい」


 失礼します、とひと言。

 挑発と思わせる強気な態度で望んでしまった。

 まあ、勝負で誠意を見せればよいだけのことだ。


「お待たせ」


 謁見の間、シャーリーたちは中に入ることが許されておらず、扉の外で待機していた。


「お疲れ! 皇帝陛下への謁見はどうだった?」

「強気で臨んだよ」

「もう勝つしかないですね」

「当たり前だ。特訓に付き合ってくれたみんなに面目が立たない」

「それもそうですが、デクスター様。あの勇者様が先ほど通られたんです」


 シャーリーいわく、勇者イツキはなかなか派手な格好だったそうだ。


「ボクは君たちのデクスター君に負けるつもりはさらさらないさ、とだけこぼしていってしまいましたよ」

「あちらもやる気らしいな」

「応援してますよ」

「ああ」




 舞台は円形闘技場。

 俺は控え通路で待機を命じられていた。


 外の風景はわずかに視界に入る程度だが、ざわめきで天井が響いており、盛り上がっているのがよくわかる。


「両選手、入場!」の合図とともに、一歩を踏み出す。


 体が太陽のもとにさらされ、観客の姿が目に映る。

 これは、想像以上に人が多い。

 当然、イツキに対する歓声は俺とは比べものにならなかった。  


 今回のメインは、帝国により育成された勇者、その活躍なのだから。 


「両者、戦闘態勢に入れ」


 イツキは青眼の構えをとっている。

 俺は剣も持っているが、メインは魔法である。

 あいつは魔法を無効化する術を持っているが、こちらが魔法をまったく使わないわけじゃない。


 カウントダウンの数字、巨大なスクリーンに表示された。

 秒読みだ。

 最後の三秒で完全に整え、ゼロと同時に動き出す。


「始め!」


 あちらの動きとともに、俺も踏み出した。

 距離が知らぬ間になくなった。

 イツキは目前に迫っている。


「もらったよ」

「甘い」


 両手に剣を握り、真っ正直に決めてくるイツキ。

 隙しかないはずだが、常人なら反応できぬスピードで剣が振り下ろされる。


 スピードゆえに、欠点を消し去ってしまっていた。

 ただ、軌道はわかりやすいので、防ぐことはできた。


「魔力弾を食らえ!」


 魔力をぶつける。

 イツキはこれを防げるとわかってのことだ。

 というのも、魔法を当てることが目的ではないからである。


「イツキの時間、いただいたぞ」


 魔法を取り消す時間を奪うのである。

 そうすれば動きを制限することにつながる。

 無意味な行動ではなくなるのだ。


 あちらは魔法を剣で斬るなり、同様に魔力をぶつけたりと、防御にバリエーションを見せていた。

 この戦いでチートともいえる魔眼は禁じられている。

 正真正銘の実力勝負をするためだ。


 なお、イツキの魔力取り消し能力は別だった。




「まだか!」


 強者の勝負は一撃で決まるという。

 俺たちの勝負は、決め手となる一撃が入らず、決まらない。

 おのおの新技を披露するも、防御力の高さから試合を進展させることにはならなかった。


 ときおり、剣と剣が火花を散らす。

 会場には熱気と緊張感のふたつが入り混じっていた。

 これは、先にミスをしたほうが負けだ……。


 確信があった。

 イツキ特有の姿を消す能力に対しても、俺は完璧に対処した。

 目をつむって、戦うのである。


 気配を第六感で感じ取り、命を守る行動をとる。

 すると、攻撃を食らうことはなかった。

 暗闇の中、ふたりだけの空間で戦っているようであった。


「面白い! ボクをもっと楽しませてくれ!」

「それはこちらのセリフだ!」


 俺もイツキも、最高に昂っていた。

 軽々越えられぬ者同士の戦い。

 最強の矛と盾とがぶつかりあっている。


 異世界から来た者同士、このゲームの世界に熱中した者同士。


「これで、終わりだ」


 勝敗は、ほんの紙一重だったと思う。

 イツキの撃った魔法をギリギリまで引き寄せ、俺の魔力と相殺する。

 衝突を無視するように、右手に携えた剣と、左の拳を飛ばす。


 拳は止められ、剣が刺さった。

 峰打ちである。


「勝者、デクスター・モーダント!」


 歓声があがった。

 この熱気の中で、心を動かされぬ者はなかった。

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