第42話 最終話
「いい勝負をありがとう、デクスター」
「そりゃ俺のセリフだ」
勇者との試合は俺が勝って終わった。
大盛り上がりの一戦だったから、しばし会場は盛り上がった。
落ち着いて話せるのも、夕方になり勇者の部屋に来ているからだ。
「腹立たしさや悔しさはなかった。すがすがしくてたまらないよ」
「同感だ」
「いまのところ、キミは同意しかしてないね」
「本心だからだ」
これをこの世界における最後の戦いにしようと思っていた。
だから、きちんと締めくくれてよかった。
試合は終わったので、さっそく勇者に例の件を話さねば。
「イツキ、話がある」
「どうしたんだい? 急に改まって」
「あんた、転生者だろ」
自然と口にできた。
いうと、イツキの表情が固まる。
「いつから気づいたんだい?」
「あんたのウワサを聞いてから。俺も転生者だ、予想はついた」
「君も、この世界がゲームだということは……」
「『皇道を征く者』、当時プレイしていた。家電量販店で並んで買った」
具体的な店名をあげると、俺の意図は伝わったようで、冷静なイツキが戻った。
「なら君も日本育ちかい?」
「生粋のな」
「ボクもだよ! なんだかうれしいね!」
イツキから手が差し伸べられ、握手した。
同郷であることに感謝を。
満足すると、イツキは話を戻した。
「すると、君は自分が悪役貴族とわかって振る舞っていたんだ?」
「あんたも勇者とわかって行動してるんだ。変わらないだろう」
「君、面白いね」
「悪役貴族のデクスターを演じなきゃ、メイドのシャーリーに首を斬られるところだったんだ。生き延びるためだ」
それでここまでどうにかやってこれた。
悪役貴族としての生き方も悪くなかったし、むしろ楽しかった。
好んでやりたいものではなかったが……。
「キミがこのタイミングで転生者だと明かすということは、なにか意味があるのかな?」
「ああ、元の世界のことだ」
「元の世界?」
「説明するとだな……」
この時期になると、アネットの転移魔法研究はすでに
転移する側が望む世界線に向けて転移が可能となった。
むろん魔力消費量は半端ではなく、チャンスは一回だという。
一度使った対象には、二度は使えない代物らしい。
成功の保証はしかねるとのことだった。
まだ実際に試したことがないのだから、当然ではある。
他の生物で試したが、結果としては五分五分だったという。
失敗すれば――考えただけで恐ろしい。
永遠に無の世界を彷徨うことにもなりかねない。
「乗るか? この話」
「そうだね……」
この世界で一生を終えるのもいいだろう。
わざわざ賭けに出る必要はない。
ここにいれば、イツキは勇者として生きることができる。
別に無理して日本に帰ることはないのだ。
「ゲームの世界で暮らすこと自体、ボクは嫌いじゃない。夢見ていたことだし、大好きさ。でも、ボクは現実世界で死んでしまったからね」
「すまない、悪いことをいったな」
「いいさ。気にすることじゃないよ。ところで、君は本気なのかい?」
「そうさ。俺はここにいるべきじゃない。心の中には、本来いたはずのデクスターの人格が眠っている。本来いるべき者の人生を奪ってまで、俺が新たな人生を過ごしていることに、正直違和感があったんだ」
ゲームのキャラに転生したら、元の人格はどうなるか。
いわずもがな、消える。
もしくは、俺のように元の人格が主導権を失う。
俺には橘康弘という本来の人生がある。
体がいまどうなっているかなど、てんで想像もつかないがな。
転移といっても、あるべき場所に帰るだけだ。
「失敗は覚悟の上かい?」
「考える時間はたっぷりあったからな」
「覚悟はできている、か」
イツキはしばし押し黙った。
「君の選択、尊重しようと思う」
「ありがとう」
「感謝されることじゃないさ」
「最後までお前らしい」
「……というわけで、俺はこの世界の住人ではなかったんだ」
「そうだったのね」
後日、モーダント家で事情を説明した。
アネットの反応はおだやかなものだった。
考えもしない概念ではなかったらしい。
古文書を読み漁っていく中で、異世界からの来訪者という概念はあったらしい。
シャーリーは当然のことながら驚いていた。
フレデリカは反応が薄く、判断しかねた。
バルスはしばらく高笑いすると「面白い」とだけつぶやき、以降俺に語ることはなかった。
「本当にいいのね? もう二度と、あなたという人格はここに戻ってこれないのよ?」
「わかってる」
「……じゃあ、準備するわね」
複雑な魔法陣を重ねて展開している。
空間が裂け、異様な光景が広がる。
「この中に手を触れると、意識だけが飛ぶわ。その後は私の与り知るところではないかしら」
「無茶振りを聞いてくれてありがとうな、アネット。そして受け入れてくれたみんなも」
「さようなら、デクスター様。短い間でしたが、あなたにお仕えることができて、私はうれしく思います。これから、元のデクスター様に戻っても尽くしていきます」
「これまでありがとう。さびしいけど、私は泣かない」
「元気にするのよ、デクスター? なにかあっても、魔王を倒したこと、私たちと共に戦えたことを誇りに生きなさい!」
バルスは語らなかったが、数度手を振ってくれた。
「みんな、本当にありがとう」
空間の裂け目に踏み込む。
「じゃあな、世界!」
裂け目に触れる。
精神だけが分離し、倒れる肉体を横目に転移が始まる。
体がバラバラになり、洗濯機の中で揉まれる感覚がある。
「うわああああぁぁぁ……!」
意識が薄れてゆく……。
「あれ?」
気がつくと、俺はベッドの上にいた。
筋肉がごっそり落ちた感覚。
別の体になったようだが、やけに馴染んでいる。
目を開く。
俺の知っている天井だ。
「この体は……」
手、足、顔。
どれも俺のものだ。
転移は、大成功だった。
「そうか、もう会えないのか」
覚悟は決めたが、さびしさが残った。
スマホを見ると、意識が飛んでから、それほど経っていない時間だった。
俺の部屋が、やけに懐かしく感じられた。
「久しぶりにやるか」
押し入れから、ゲームを探す。
ソフトは埃をかぶっていた。
【皇道を征く者】である。
セットを完全に整える。
電源を入れる。
「待ってろよ、俺……いや、デクスター、そして勇者」
昂る気持ちの中、俺はゲームを始めた。
悪役貴族に転生した俺。スローライフは諦めたので敵国の好感度MAXなヤンデレを配下に【闇の帝王】として悪の限りを尽くし、主人公の座を奪います! まちかぜ レオン @machireo26
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