第32話 新技覚醒キャンペーン

 夏真っ盛りだ。

 魔眼を使うのにもすこしは慣れてきた。


 無理やり魔力を搾り、魔力を貯める最大容量を増やす。

 体には悪いが、痛みなしに成長は望めない。


「【蒼穹の射手】!」


 詠唱し、実験魔獣に視線を投じる。

 実験魔獣を絶命させるまでの時間は、日に日に短くなっている。


 実験魔獣は魔力さえ補給すれば何回か蘇ることが可能だ。

 苦痛を何度も味わわせるのは酷だが、重宝している。


「シャーリーは新技を習得できたか?」

「試行段階です。とはいえ、最初は数百あった候補が、ようやく片手で数えるくらいに減りました」

「もうすこしだな」

「はい。あとは吟味だけです。私はともかく、デクスター様は完全に習得なさっているでしょう?」


 左目だけに魔力を集中させ、蒼い光を浮かべる。

 微弱な光であるし、能力行使の意思がない限り【蒼穹の射手】は発動しない仕組みになっている。

 なのでシャーリーを過って殺すようなことにはならない。


「見ての通りだ。もっとやり込めば使い道は広がるだろう」

「さすがはデクスター様、格が違いますね」

「そりゃどうも。魔王を倒すうえで、もう油断はできないからな」


 実はもう一つ隠し球がある。

 が、これは検証段階なのでスルーだ。

 ともかく、今回のメインは魔眼なのだ。


「そういえば、アネットが研究室から出てこないので、念のため様子をみてもらえますか?」

「わかった。顔を確かめてくる」

「お願いします」


 魔眼の検証の材料集めに、何度か研究室にお邪魔した。

 アネットの顔はしばらく見かけていない。

 声が聞こえて会話は成立していたから、彼女を探すことはなかった。


 あちらの研究の邪魔になってはいけないと配慮してのことだ。


「ほんとどうやって生活してんだろうね」


 ずっと地下で籠城していては、精神衛生上よくないに決まっている。

 俺には研究室暮らしを三日坊主で終わらせる自信がある。

 性格を考えると向いてない。


 地下へ行き、目的地に到着した。

 ちょっと前に誘拐者からの手紙が置かれていたことを思い出す。

 そいつはフレデリカといって、いまでは優秀なデクスター陣営の一員だが。


「アネット〜! ずっと閉じこもっていると体に障るぞ。とりあえず出てこい」

『……』

「わかってるんだぞ、お前に俺の声が聞こえているのは。十秒後に返事がないと反旗を翻したとバルス父様に報告するz……」

『その必要はないわ。ちょっと古代魔法と熱く語り合っていたら数日が吹き飛んだだけよ。叛逆しようだなんて微塵も思っていないわ』


 さすが古代魔法のパイオニア。

 三度の飯より古代魔法。

 心配だが研究者の鑑である。


「いい訳はわかった。顔だけでいい。見せてくれ」

『本当に顔だけでいいのね』

「どういうことだ?」


 刹那、空間に歪みが生じた。

 緩くなった空間は、小石が落ちた水面のごとくグニャグニャに歪んでしまう。

 そこから、文字通りアネットの首から上だけが出てきた。


「うっ、何事だ!? もしや敵襲か!?」

『ふざけるのも大概にしなさい。正真正銘、私はアネット・レズリーその人よ!』

「どの口がいってるんだか」


 最初から、あいつがアネットであることくらい知っていた。

 辛辣な返しをしてしまったのは、アネットが空間の歪みで遊んでいたからだ。

 手足だけを出してみたり、モグラ叩きの要領で顔を出し入れしてみたり(なお連続で変顔をかましていた)……etc。


 アネットはふざけていた。


「それがお籠り生活の中で見出した新技か」

「その通りよ。転移途中の状態を保てるようになって開けた新境地! どう、すごいでしょう?」

「やるじゃないか」

「……それだけ?」

「さすがはモーダント家随一の古代魔法研究家のアネット様だ」

「もしかして軽蔑してる?」

「この世は理不尽だな」


 この後、色々別の褒め方をしてみたがアネット様を納得させることはなしえなかった。

 ふと思ったことがある。

 アネットが離婚をいい渡された一因に、古代魔法にのめり込んでいたこと以外の欠点があげられるのではないか、と。


 臆せずにいってしまえば……いや、やめておこう。

 アネットだって根はいいやつだ。

 それに俺をからかっているだけだろうことも理解している。


 いずれにせよ、さっきのはちょっとウザかったです。

 はい。



「……そういうわけで私はこの力を覚醒させたわけ」

「なるほど。紆余曲折あったらしいな」


 彼女も思案の末に閃いたそうだ。

 転移の速度、射程、精度……極めるのにはきりがない。

 ではどうすればよいのか――そう、転移をしないという逆転の発想である。


 思い立ったその日から、シンプルなアイデアながらも実践が激ムズの新技に着手した。

 発想自体はもうすこし前だったらしい。

 ここ数日でコペルニクス的転回Part2が「降りてきた」そうで、すべてを犠牲に研究に捧げたそうな。


 幾パターンもの失敗を経て、完成したのが【融界】である。

【縮地】では一瞬しか生じない空間の歪み。

 それを持続させ、神出鬼没の攻撃を可能にする。


 なんと【縮地】よりも消費魔力はすくない。

 というのも、スピードが遅いのと、全身を現出させるわけではないので省エネなのだ。

 不思議ではあるがこれが世界の真理である。


「これさえ極めれば、勝機は見えるわ。期待して頂戴」

「もちろんだ。あと、地上に来て食事してくれることも期待しておこう。バルス様からの御伝達だ」

「きょうはちゃんと地下から出ますから、背筋をビクッとさせないで!?」




 こうしてふたりの新技披露タイムが終わった。

 残るはフレデリカ。

 久々の四人での食事のあと、地下の魔法練習場(仮)に呼び出された。


「私も新たな戦術を増やせたんだ」

「それを実戦で実践したいわけか」

「……負けないよ。そちらがカウントを刻んで」


 やや経って、俺はカウントダウンを開始。


「五、四、三、二、一……」


 ゼロで踏み込み、【蒼穹の射手】を展開する。

 行動を麻痺させるくらいに威力は抑えている。


「操糸!」


 糸は、繭のようにフレデリカを包む。

 他の糸が龍のような形を作り、向かってくる。

 視線が届かねば、魔眼は無用の長物。


 龍は無属性魔法への耐性が強く、突破が難しい。

 膠着状態が続き、俺は決断を下した。


「ここまでだ。やるな、その繭は」

「攻防を同時にかなえる奥義。練習の甲斐があった」


 以上で新技発表は終了である。




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