第33話 それぞれの思惑

 フレデリカの繭の能力はひと際優れていた。

 糸を操って攻撃することから派生し、糸自体が強靭であることを活かし防御に徹する。

 全身を繭で覆ってしまうことから、戦闘の幅は自然と狭まる。


 デメリットはあるものの、これが大きな進化であったことは疑いえない。

 あの勝負、下手したら負けていたくらいだもんな。

 俺の魔眼、【蒼穹の射手】の弱点は、視線が通らないとお話にならないことだ。


 いかにして相手の目を捉えるかがポイントになってくるわけだ。


「後日、もう一度実践練習を挟もう。今度は決着をつけよう」

「楽しみにしてる。その間に、シャーリーやアネットでも試してみる」

「向上心があっていいな」

「今度はちゃんと勝ちたいから」


 俺の判断には不満だったらしい。

 勝負はお預け、というのはフレデリカにいっそう勝負を意識させた。


「さて、どこから改善していこうか――」




 ◇◆◇◆◇◆




「……1999、2000!」


 その頃、帝国の皇帝たるディートハルトは、老体に鞭打って筋トレに励んでいた。

 年齢不相応に引き締まった体の上を汗が伝う。

 ディートハルトの戦闘は魔法がメインとはいえ、


「肉体の健康なくして魔法の成長は望めまい」


 という父親からの言葉を大事にしており、毎日筋肉を痛ぶっていた。


「肉体の鍛錬に何の意味がある。魔力で強化したら筋力などさほど実力差をわけないだろうに」


 最後の四天王であり竜騎士でもあるルザノス。

 彼は、皇帝に疑問を投げかけた。

 自分の常識から、ディートハルトは逸脱していた。


「肉体を軽視して痛い目にあった魔法使いなど、過去の歴史にいくらでも例がある。いたって普通のことだ」

「我々魔王領の者にとっては普通ではないのです」

「魔法は、本来ないはずの特殊な力を体に付与するもの。体が貧弱であっては、強力な魔法を的確に使いこなすことがどうしてできようか」

「そういったお考えでしたか。失礼しました」


 ここは魔王領であった。

 彼らふたり以外には、魔王が人間態でたたずんでいる。


『私の部下が失礼なことをいって申し訳ない』

「気にすることではない。俺、お前の中ではないか」

『出会って数十年になるな。魔人からすれば短い時間だが、卿からすれば重大な意味を持つ時間であろう』


 強い者同士は惹かれ合うというものだ。

 魔王とディートハルトの出会いは戦場だった。

 デクスターと同様に、彼もまた魔王領の討伐を試みた。


「あのときは惨敗だった」

『ハハハ。だがな、勝負に勝っても戦いには負けたと思っている』

「ほう」


 剣と魔力を交わすやいなや、魔王はディートハルトの将来性を一瞬で理解した。

 今はまだ俺の方が上だが、いずれ負けるかもしれない――その思いが、魔王を動かした。

 ディートハルトに最大の敬意を示し、今後戦うことを禁じさせたのである。


「当時の俺とデクスター、いずれの方が上だろうか。ルザノスはどう考えている?」

「はっ。デクスターは筋は悪くないのですが、荒さと慢心が見受けられる。ディートハルト様の方が上でしょう」

「デクスターの負け、か。お前はどうなのだ?」


 魔王は即答しなかった。

 代わりに、じっくりと言葉を選んでいた。


『疑いようもなくデクスター・モーダント――そういったらどうする?」


 あくまで明言は避けた。

 判断はディートハルトに委ねられる。


「さあ。正直にいえば、もしそういっていたなら怒っていただろう。私の矜持を傷つけた、と」

『……そろそろ戻らなくていいのか? 卿の部下が待っているであろう』

「その通りだ。すぐ帝国に戻る。失礼した」


 いって、ディートハルトは影の中に溶け込んでいく。

 消えかける途中、彼はいったん体を魔王たちの方向に戻した。

 伝言すべき内容をふと思い出したのだ。


「デクスターとはいずれ接触し、私の手で殺すだろう」

『伝えたことは以上か?』

「ああ。またいつか」


 完全にディートハルトは消え失せた。

 ややあって、ルザノスは口を開いた。

 彼は疑問を投げかけた。


「……魔王様は、かの男をどうお思いで?」

『ディートハルトは強く抜け目のない理想の戦士だ。しかし、時に宿敵に対しては周りが見えなくなるきらいがある』

「魔王様の方がお強いですか」

『きっとな。奴がモーダント家の血筋でなければ、であるが』

「今後、軍事行動の予定は?」

『デクスター・モーダント、バルス・モーダントの討伐』


 魔王は左頬を右手で撫でた。

 そこには深々と刻まれた傷が残っている。


「バルス・モーダント……いや、モーダント家め。いずれこの手で葬り去ってくれる」

 

魔王は怨嗟の念を強めていた。


 ◇◆◇◆◇◆




 勇者たる人間、ユリゾノイツキは一心不乱に隠密魔法と戦闘技術を磨いている。

 すべてはモーダント家、デクスターという邪悪の芽を摘むため。

 ついには捜索されることも無くなったイツキは、自由奔放なサバイバルをこなしていた。


 しばらくねぐらとしてきたこの森に、どんな生物や植物がいるのかは把握済みだ。

 朝・昼・晩の食事にありつくためには、それを知らねばならなかったからである。

 見つけられることが忌まわしいという勇者は、すくなうともイツキの中では前代未聞だった。


 ゆえにこそ、不本意ではあるが見つからないよう全力を傾ける。

 寝ているときに魔法が解けては大変だからと、永続・持続系の魔法に手をつける原因になった。


「俺は正義、モーダント家は悪」


 その単純な二項対立が、イツキの中では日を追うごとに存在感を増していた。

 孤独が増え、自分と向き合い話しかけることが増えることで思想は強く刷り込まれた。

 狭まったものの見方は過激さを増していくばかりであり、考えが変わる予兆さえない。


「悪が悪同士で潰し合うのは大いに結構。それが、ひと握りの悪が独裁をはたらくことになったら話は別だが」


 ユニークスキルも相まって、感情の高まりは限度を迎えようとしている。

 イツキのユニークスキルは、デクスターのそれと酷似している。

 悪を嫌うか、正義を嫌うかという違いは存在するが。


「さて。どう彼を誘き寄せようか。戦が起これば好都合なのだけれど」


 願いは、やがて叶えられることとなる。

 時は帝国歴、王国歴ともに夏もまさにピークを迎えた頃。

 デクスター陣営を中心とした情勢の大いなる変動が、いまかいまかとタイミングを見計らっていた。

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