第34話 オールスター大集合

「動いたというのは本当か?」

「はい。それに、すべてが一堂に会する稀有な機会です」


 もう8月を迎え、魔法の技術に磨きがかかり始めた頃のこと。

 デクスターの自室にシャーリーは押しかけた。

 興奮冷めやらぬといった様子で入室し、報告をした。


 シャーリーがバルス・モーダント経由で得た情報というのは、衝撃的なものだった。

 魔王の襲来と帝国軍の進軍、それが同時にやってくるというのだ。


 前世のいい回しだと、「盆と正月が一緒にきたよう」のマイナスバージョン。

 悪い知らせは別々にきてほしい。

 一気に攻めてくると負担が大きいからな。


 帝国皇帝、ディートハルト。

 バルス・モーダントさえ凌駕する強者。

 伝えられた情報は、ゲームのそれと同じだ。


 亀の甲より年の功。

 老齢だが狡猾であり、魔法なしでも極めて強い。

 帝国のワンマンアーミーといわれる凄腕だ。


 だからこそ、実力主義の帝国で皇帝が務まっているのだろう。


「それだけではありません。【魔法殲滅の会】も、この混乱に乗じて動いているようです」

「潰したいのか?」

「全滅させるしかありません」


 いわく、【魔法殲滅の会】が狙うは魔王の力だという。

 建前では魔法を忌み嫌っている癖して、魔力を求めているという。

 なにせ、魔王が周囲に及ぼす影響は計りしれないものだからな。


「あの勇者イツキも、魔王討伐を企てているようです」

「正義の執行者だからな、あいつは……つまるところ、動向が掴めたということか」

「極秘に入手した情報なので」

「さほど広まっていないと」

「はい。帝国の組織に匿われているようです。もちろん、【魔法殲滅の会】ではありませんが」


 さすがは悪役貴族モーダント家だ。

 最近では、俺も情報収集に励んでいる。

 無属性魔法で魔法の糸を使い、音を拾う。


 そこそこ便利で役立っている。

 糸専門のフレデリカの方が断然成果を上げているが。

 どうも最近は繭だけじゃないらしい。


 あやとりの応用で、糸を人型になるよう生成する。

 それを分身のごとく操るのである。

 非常に高度な魔力操作を要求するものだ。


 暗殺に長けている彼女が培ってきた、繊細な技の極致といえよう。


「そしてなにより大きいのが。あのバルス様が戦場に赴かれるということです」

「あのバルスが……いや、バルス父様が!?」


 完全に想定外である。

 そこまでド手に活躍している印象がない人だし。

 正直、ここまでくると原作崩壊も甚だしい。


 ゲーム内ではデクスターのことが詳しく語られていない。

 裏設定が色々あるんだろうが表には出ていない。

 そのお陰でこうして自由にやらせてもらっているんだ。


 あれこれいっても仕方ない。


「ともかく、事はこれまでにないほど大きく動いています。心の準備をしておいたほうがよいかもしれません」

「問題ない。変に気を張っても仕方ないからな。いつものように振る舞うだけだ」

「失礼しました。いつも通り、ですね」


 シャーリーはやや早口だった。

 それに、【魔法殲滅の会】が絡むとなると平常心ではいられないだろう。

 しばらくはシャーリの言動を気にすべきだな。


「重大な報告、どうもありがとう。アネットたちには伝えたのか?」

「まだデクスター様だけです。すぐ伝達します。第一に、デクスター様にお伝えせねばと思いまして」

「そういうことか。なら早く伝えたほうがいいな。下がっていいぞ」

「了解しました」


 いって、シャーリーは退出した。


「これはかなりビッグなイベントになりそうだな」


 オールスターで参上するとなれば、話がだいぶ変わってくる。

 どれもこれも、魔王というあまりにも強い台風のせいだ。

 周りをことごとく巻き込んでいく。


 ここまでくれば、ポジティブに考えるべきだろう。

 厄介な要因がすべて滅びれば、当初のスローライフという目標も夢ではないかもしれない。

 むろん、さらなる面倒事が降りかかる可能性は否定できない……。




 それから二週間が経過した。

 すでに帝国軍は動き出している。

 それを受け、王国も行動を開始せざるをえなかった。


 帝国が戦場として指定したのは、国境の近くにある広漠な草原地帯だった。

 ここに魔王がやってくるのは確定している。

 バルス・モーダント宛に、


「昔日の恥辱、すすがせてもらおう」


 というメッセージが帝国経由で伝えられた。

 どうも皇帝と魔王にはかねてから付き合いがあったということも、このときに知った。

 いずれにせよ、バルスは戦わざるをえないわけで、モーダント家全員参戦と相成ったのだった。


 進軍を続ける。

 いまだ衝突はない。

 ただ進む、進む、進む。


「まだだろうかな」

「焦ることもないんじゃないの? これから息つく暇もない大戦闘になるだろうから。持て余しているのは幸せなことなのよ」

「アネットのいうことも一理あるな」


 言葉の表面だけをなぞると、アネットは余裕に満ちているように思われる。

 ただ、よく見るとふとした素振りから余裕そうなフリをしているとわかる。


「あまり無理をするなよ」

「心配しないで。困ったときには【瞬間移動】で逃げおおせるわ」

「魔力が枯渇していたらどうする」

「デクスター、相当疑心暗鬼になっていない?」

「かもしれんな」


 いったん深呼吸をし、状況を振り返る。

 モーダント家は現在、固まって動いている。

 いつものメンバは近くに、バルス・モーダントはやや離れたところにいる。


 白い髪と鋭い眼光、洗練された戦闘着。

 落ち着き払った振る舞いには、やはり貫禄がある。

 俺も強くなったが、それを凌ぐであろう強者の風格が、バルス・モーダントからは漂っている。


「ねえ、なにを見ているの?」

「……俺は父様を凌駕できるだろうかな、と思ったんだ」

「バルス様を見ていたのね」

「そういうことだ」


 いずれ乗り越えたい壁であり、乗り越えなければならな壁である。

 強者であるという認識。

 それは前世の知識とこの世界に来てからの肌感覚から生み出されていた。


「弱気ですね。あの御方なら仕方ないともいえるけど」

「この戦いが転機かもしれない、とも思ったんだ」

「さまざまな考えが、デクスターの中で交錯しているのね」

「フレデリカの糸のように張り巡らされてるというわけさ」

「解けるといいわね、その糸」

「ああ」


 戦いが始まれば逡巡も消え失せるだろう。

 その時まで、落ち着かない気持ちと付き合うだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る