第13話 デクスターの覚醒

「私を葬る、だと?」


 チェイスは、体の震えを誤魔化しながら俺に笑って見せた。


「葬られるのは私ではない、貴様の方だ」


 口では強気だが、さきほどまでの自信は損なわれている。


「この戦い、長くなるだろうな」

「なんだ、自信を失ったか?」

「いいや。むしろ勝利を確信している」


 さらに【暗黒結界】の濃度を上げる。


「チェイス、最後にひとつだけ聞かせてもらう。あんたは【魔法殲滅の会】を信じているのか?」

「むろん。彼らのやり方に異を唱えることはない」

「ただ人を殺すのが好きなだけじゃないのか?」

「いいや」


 チェイスは断言した。


「俺が好んでいるのは、実際のところ、崇高なる目的の達成に近づけたと自覚することだ」

「魔法が失われることが正義なのか?」


 うまく誘導に乗せることができている。

 そのまま、求めたい言葉を引き出せるように努める。


「その通りだ。世界のために、一部の者だけ使える強大な力は捨て去られるべき。

 魔法のあるなしは、人生の選択肢を激しく増減させる。

 そんなことは間違っている。私は正義の実行者であり、真の善人なのだ」


 彼の目に戸惑いの色はなかった。

 魔法を持つものを、自身の魔法で殺すことが真の正義と信じ切っていた。


「ああ……残念だな、チェイス」


 体内で魔力の強烈な奔流が起こっている。

 彼の言葉を、俺の体が拒否している。


 ――――――――――


 ユニークスキル【悪の帝王】の特殊効果発動


 魔力の濃度

 身体能力


 一時的に著しく上昇


「デクスター・モーダント」の精神、その一部が発現します


 ――――――――――


 ユニークスキルが真価を見せた。


 チェイスは、悪人でありながら自分の正しさを心の底から信じていた。

 彼の考えは、デクスター・モーダントの悪とは相容れないものであった。

 ……なるほど、それなら腑に落ちる。


 悪の征く道を妨げる者には死を。

 それが俺の真の姿だと、今わかった。


『――よくも私の人格をのっとってくれたな、たちばな康弘やすひろ


 脳内で語りかけてくるこの声は、ゲームでよく聞いた、デクスター・モーダントのそれであった。

 精神の発現とはこういうことか。


 ……デクスター、これは自分の意志でやったことじゃない。知らないうちにこうなっていたんだ。


『お前の事情など知らん。ともかく、私の体を使うというなら、自ら進んで悪の道を征く、そんな貴族としてあり続けろ』


 他にいいたいことはないのか? 

 なにか小言でもいわれるかと思ったんだが。


『いったところで、人格は戻らないとわかっている。であれば、私を継ぐ者に託すのみだ』


 潔いな。

 そこまでいうなら、俺は俺なりにあんたの代わりを果たす。


『わかった。橘、勝て。そして、奴を殺せ』


 いって、「デクスター・モーダント」の声は消えた。

 それでもなお、精神に影響がある。

 ……今の俺は、悪役貴族そのものだと、これまでにないほど自覚された。


「本気のようだな。どうしても私の餌食になりたいというなら、こちらも短期決戦としよう」

「楽しみだ、な!」


 無属性魔法を発動する。

 赤外線のセキュリティのごとく張り巡らされた、幾多もの魔力の糸を操る。


「その手は通用しない。あの女と同じことをしても無駄だぞ!」

「それはどうかな」


 広範囲に張り巡らされた魔力の糸で、チェイスを殺害せんとする。

 当然ながら、彼は寸前で【瞬間移動】を果たし、細かい隙間を掻い潜って避ける。


「無駄無駄! それでは私を倒せんぞ」


 着実に距離を詰めて、剣を振るう。

 その前に、俺は【暗黒結界】を強めて、相手の視界を遮る。

 困惑したところで体勢を立て直し、相手に攻めさせないようにする。


「さきほどまでの余裕はどうした? 短期決戦にするんじゃなかったのか?」

「黙れ! この程度、私の相手ではない」


 シャーリーは、対抗手段として技のバリエーションを選んだ。

 しかし、どの戦い方でも、突破しえなかった。

 うまくいかないなら、その逆のアプローチをするだけである。


 技の種類はできるだけ減らし、同じ技で挑む。

 そして長期戦に持ち込むというのが、俺の戦術だった。


 これまでの訓練とゲームの記憶から【悪の帝王】の特殊効果が判明した。

 魔力上昇は、長期戦をするには欠かせないので、効果はとてもありがたい。


「そうだな、お前の能力が無限に使えるとしたならな」


 魔力の糸を操作しながら、チェイスに語りかける。


「……!」

「【瞬間移動】は強すぎる。だからこそ、裏があるはずだと睨んだ。短期戦を求めていたあたり、長期戦が鬼門なのは図星なようだな」


 戦いが長引くにつれ、明らかにチェイスの攻撃からキレが失われていた。

 消耗のペースは途中から急激なものとなった。


「常人より遥かに素早い移動は一見時間を食わない。しかし、たとえ魔力を使えるといえど、尋常じゃないに速さに体はついていけるだろうか?」


 答えは否、そのはずだ。

 この世界の魔法に、弱点や欠点を有さないものは存在しえない。


「青二才めが。だが、勝てば能力の欠点など論じる必要はない!」

「生きていればの話だがな」


 本来の移動時間を著しく短縮した条件下で、身体の座標を変更する。

 使用回数は多く、短時間で連続している。

 にもかかわらず、アネットのような魔力消費の激しさはない。


 では、どんな原理で【瞬間移動】という強すぎる力を行使できるのか。

 命を削る、それが出た結論だった。


「くっ! なぜ攻撃が当たらん?」

「あんたが遅いだけだ」


 能力が向上する俺と、疲労の色を見せ始めたチェイス。

 趨勢はいわずもがな。


「……動けん」


【瞬間移動】が、うまく発動しなくなった。

 高い身体能力を誇るといえど、切り札を奪われては無事でいられまい。


「終わりだ。シャーリー、あとは任せた」


 チェイスは敗北を悟った。

 無属性魔法で拘束しているが、反抗する様子がない。

 年齢不相応に老けて見えた。


「……チェイス、死んでもらわねばなりません」

「さっさとやれ。俺の負けだ」

「それは駄目です」


 シャーリーは憎悪の念を浴びせた。


「謝罪の言葉を。そして、自らの剣で辺境伯と死ね」

「嫌だね。俺は信じた道に従っただけ……ウグッ!」


 シャーリーがチェイスの首を絞める。

 しばらくして、手が離された。


「わかりました。いいです」


 チェイスはその手で辺境伯を刺した。

 直後、彼はその剣を突き刺そうとする前に息絶えた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る