第14話 ひとたびの休息
辺境伯と騎士の殺害から三週間が経過した。
彼らの死は他殺ではなく自殺と結論付けられた。
ちゃんと証拠を消しておいてよかったね。
戦いを振り返ると、自分が悪役貴族への道を着々と歩んでいることに気付かされる。
目立たないようスローライフ、などと望んでいたのが嘘みたいだ。
「……デクスター様。私、なにもできませんでした」
モーダント家への帰路の途中で、シャーリーは吐露した。
そこまで無言で帰っていたため、喋りかけられてもすぐには反応できなかった。
「自分を責めなくていい。シャーリーは自分のできることをやったんだ」
「でも! 私は、自分の手で倒したかった。そして、謝って欲しかったんです」
「たとえ、自分の大事な人を殺した張本人でなくとも?」
「ええ。私が恨んでいるのは、【魔法殲滅の会】、ですから」
この後、落ち込む様子を見せなくなった。
気持ちの整理がついたようで、沈黙の後にシャーリーはいった。
「本当にありがとうございました、デクスター様。もっと強くなれるよう精進します!」
自分の足りていないところを、シャーリーは痛感したらしい。
「応援している。俺もまた、シャーリーを守れるよう努力する。俺の、そしてモーダント家の大事なメイドだからな」
「はい! 二番目に大大大好きです、デクスター様!!」
「ん?」
勢い余ってとんでもないことをぶちまけていたが、すぐに失態に気づいたようだった。
顔を赤らめ、伏せがちになってしまう。
「いまの言葉は絶対に忘れてくださいね! 絶対ですよ!」
ビシッと人差し指を突きつけられ、何度も、そして真剣に頼まれた。
忘れられるはずがない。
美人なメイドさんに大好きといわれるのを嫌う男性などいないのだから……。
王国歴302年、7月2日。
この日、俺たちに任された任務はなかった。
強いていえば、当主ことバルス・モーダントが「卿らが各自で修行に励むといい」とシャーリーに託した。
実質、なにをしてもよいということだった。
とはいっても、アネット・レズリーにとっては、さほどありがたいものではなかったかもしれない。
彼女は、我が家の地下に移転した古代魔法の研究室で日々研究に励んでいる。
「古代魔法は神よ。神と通じ合うには、神と向き合うことでしか達成できない。私は神の領域にきっと到達してみせるわ」
古代魔法に頭のキャパシティを割きすぎた変人の、それが末路だった。
辺境伯らを殺害した日、薬を【縮地】で転移させた後は、本来の任務を怠って研究室に戻っていたらしい。
彼女から古代魔法の研究を奪ってはいけないと、バルス・モーダントはアネットに自由な研究を許したのだった。
「さて、暇な時間をどう使いましょうか……」
食堂で、シャーリーと俺は本日の予定を考えていた。
アニメか漫画にしよう、などと口走るところだったが、ここは異世界である。
そんなものはない。
それらに類似した娯楽といえば、本くらいしかなかろう。
「せっかくだ、繁華街に買い物でも行こう」
「私めに、そのような自由を与えていただいてよろしいのですか?」
「そんな遠慮しなくていい。たまには羽を伸ばすことも大事だろう」
シャーリーの眼が、好きな玩具を前にした子供のように輝いていた。
「うれしいです、デクスター様。さっさと行こ……失礼、すぐに準備しましょう。では、私は部屋に向かいますので」
いって、シャーリーは出た。
軽く鼻歌を歌いながら、スキップするような軽い足取りで出た。
完全に上機嫌であったあたり、俺の提案は間違いではなかったらしい。
最低限の変装を施し、シャーリーと一緒に繁華街へと出た。
裏道を利用しまくることで、魔法による時短に挑む。
あれは、実に馬車の何倍のスピードだったのだろう。
「デクスター様! あの服をご覧になってください!」
繁華街を歩きがてら、シャーリーが最初に目をつけたのは服であった。
ガラスケースに飾られていたのは、高級感のある清楚な水色のドレス。
彼女に似合うに相違ないだろうと思わせるものだった。
「うん、かわいいな」
「えへへ……いえ、ドレスですよね」
「そうだな」
最近、シャーリーの丁寧口調の崩壊が顕著である。
丁寧語メイド好きの俺としては、いつしかタメ口が侵食しないことを祈る。
きっと、この活動を支援してくれる企業もいるはずだ!
「ふむふむ……」
ガラス越しにまじまじと眺めている。
敵の弱点を見抜く練習になりそうなレベルだ。
かれこれ五分ほどは、ただただ真剣に見ているだけの時間だった。
「これ、欲しいのか?」
「いらないといえば嘘になります」
「仕事の報酬は高くついている。買っても大丈夫な値段ならいいだろうよ。まあ、だいたい買えるだろうがな」
「どれどれ、値段は……えっ」
シャーリーの審美眼は本物であったが、そのために落胆することとなる。
かなり希少性が高く、しかも高級素材であるため、信じられないくらいの値が付けられていた。
まさかの、報酬で買えないレベルの商品だった。
「買うか?」
「いいえ、正直熱が覚めました」
「行こう」
「はい」
かくして、俺たちは次の店へ。
シャーリーは、もう服屋のことを諦めていた。
他の店だと、今度は安すぎて満足のいくものがない。
両極端過ぎたのである。
洋服選びだけで午前中が終わり、昼は屋台で食事を済ませた。
B級グルメ感は否めなかったが、その荒さが現代日本を想起させてくれたし、なによりこのごろ舌が肥え過ぎていたものだから、ちょうどよかったのかもしれない。
「これ、ずっと舐めていたくなりますね」
シャーリーはアイスクリームもどきを食べていたのだが、その舐めっぷりが扇情的で、近くにいた男性諸君(俺を含め)の視線を奪いまくっていたのは別のお話。
最終的にはひとつの店に落ち着いた。
宝石店である。
「ここでよかったのか?」
「ここがよかったんです」
「それなら構わない。ゆっくり選んでくれ」
店の客はすくなく、ほぼ貸切状態。
心ゆくまで比較検討をするシャーリーだった。
「デクスター様、これがいいです」
青と緑が混ざったような色の宝石だった。
ネックレスのようなものだ。
許可をもらい試着させる。
「似合ってるな」
「デクスター様と、私のお母様の眼の色ですから」
シャーリーがそれを買い、この日の買い物は終わった。
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