第15話 アネット失踪!?

「楽しかったですね!」


 買い物を終え、モーダント家に俺たちは帰ってきた。


 シャーリーは、実に満たされていた。

 吟味を重ねて購入したネックレスに、シャーリーは首っ丈だ。

 俺の楽しみよりも、彼女の楽しみを優先して正解だったな。


「本当にそうだな。また行きたいな」

「はい!」


 ただ、このような休息は悪役貴族にはそう許されるものではないだろう。

 しっかりと理解しているところではあるが、いささか残念である。

 シャーリーとの甘々な生活も送ってみたい。


 ……と想像したが、どうもそれだと堕落しそうな予感しかない。

 悪役貴族として、緊張感のある日々を過ごすのが適切であろう。


「結局、アネットは研究室に籠りっぱなしだな」

「かれこれもう何週間になるでしょうかね」

「流石に生きているよな?」

「そんなこと、バルス様が許すはずありません。死にかけたら確実に救いに行くでしょう」


 食事くらいは取っているだろうが、果たしてその他の活動はどうしているのか。

 ……考えないでおこう。

 いずれにしても、現在のアネットはいわば「引き籠り」状態であり、いささか心配なところではある。


「せっかくだから、アネットも買い物に行けばよかったのにな……」

「それは結構です。私とデクスター様のふたりで行くから楽しかったんですよ?」


 熱い視線で共感を押し付けてくる。


「そ、そうだな。そういうことにしておこう」

「私を誤魔化そうとしても無駄ですよ?」

「……」


 返答に窮してしまう。

 シャーリーの独占欲の強さが、時には俺を苦しませると実感した。


「とはいえ、確かにここまで姿を見せないと不安になりますね。地下室に行きましょうか」

「行くか」


 地下室は、初見の人にはわからないような仕組みになっている。

 書斎の本棚にある特定の本を引き出すことで、仕掛けは作動する。

 本棚が回転し、地下室への階段が現れるのだ。


 一度は夢見たからくりである。

 何度も使っていくうちに、そのありがたみは失われつつあるが……。


 地下室には、知っての通り魔法の練習をする部屋もある。

 ただ、俺たちが目指すのはもっと奥の方だ。


 洞窟で見たような、たくさんの道具が詰め込まれた一画に入る。

 研究途中のようで、謎の液体がブクブクと音を立てている。

 目的地だ。


「シャーリー、大丈夫かー?」

「アネット・レズリー。いるなら返事くらいはしてください」


 何度も呼び掛ける。

 音が地下室全体に反射して、やまびこのごとく繰り返し耳に入る。

 黙ってみても、動いている気配すらない。


「いない、のか?」

「もしかして、命を落としたという恐れも」


 焦りが生じた。

 大丈夫だと高をくくっていたが、現実は異なっているのかもしれない。

 その思いが、俺たちを地下室の徹底的な捜索に従事させた。


 申し訳なさを感じつつも、部屋の中の研究資料や実験道具などを物色する。

 古代文字で書かれているものが多く、内容を判別するのが不可能であるものもすくなくなかった。

 手がかりを掴むにも掴めない。


「なにが書かれているかわかるか?」

「いいえ。恥ずかしながら、古代文字や古代魔法は専門外ですから」


 長い捜索を経て、ようやく手がかりを掴んだのは、その文書が古代文字で書かれていなかったからであった。

 封筒の中に、数枚の写真とともに入っていた手紙である。

 高級品の紙に、直筆で描かれている。




『アネット・レズリーの身柄は我々が確保した。

 解放してもらいたければ、同封の写真の場所まで来い。

 もし来ないのであれば、彼女の身分は保証されない。

 

 お前たちのやったことはわかっている。

 よく自分の胸に手を添えて考えてみるといい。

 答えは明白だろう。

 

 賢明な判断を祈る』




「これは、脅迫状……?」


 同封されていた写真を見る。

 目に覆いを被せられ、椅子に手足を縛り付けられたアネットの姿があった。


「まずい状況になったようですね」

「最悪だ。完全に想定外だった」


 愚痴をいっても状況が改善されるわけではない。

 なんらかの対処をしなければならない。


「もちろん、救うよな?」

「ええ。大事な仲間を、デクスター様は失いたくないでしょう?」

「わかっているじゃないか」


 アネットは、そもそもつい最近まで令嬢というやんごとなき身分だった。

 今回アネットを拐ったのはその筋だろうか。

 しかし、俺たちの存在をほのめかしているあたり、「辺境伯殺害」に関してのことである蓋然性も高い。


 いずれにしても、放っておける案件ではない。


「こんなときに【縮地】があれば便利なんだがな」

「本当に必要なときになって気づきますね、大切さというのは」


 とはいえ、俺たちには魔法がある。

 常人に比べれば、移動時間はかなり短縮できる。


「装備はどうする?」

「持っていけるだけ持っていきましょう。警戒されない程度に」


 場所が指定されているのを考えると、罠にかけられることも考えられた。

 しかし、だからといって救出を断念する理由にはならない。

 なにせ、大事な仲間なのだから。


 すぐに支度を済ませる。

 シャーリーがバルス・モーダントに事情伝達をした後、出発した。




「ここか……」


 行き先は寂れた洋館であった。

 シャーリーと宝石を買った繁華街とは逆方面だ。

 洋館の持ち主はすでに死亡しており、幽霊が出るとの噂が絶えない。


 ……その噂は、ゲームでほのめかされていたものである。

 イベントがありそうな雰囲気を醸し出しつつも、残念ながら有効活用されていなかった。


「一気に冷えてきましたね。幽霊の噂は本当のようですね」

「俺は基本幽霊を信じないが、今回に関しては主張を変えざるをえないな」


 門からして年季を感じる。

 コケが生えているし、錆びてるし、倒壊しそうだ。

 なぜ放置されているのだろうか。


「ともかく、三人で生きて帰りましょう」

「もちろん」


 潜入を開始する。

 扉を開けるときにきしんだが、相手側からの反応はなかった。

 音を立てぬよう、おっかなびっくり先へ進んでいく。


 指定場所は洋館の二階。

 二階は吹き抜けであり、色彩豊かなステンドガラスが怪しく光る。

 立て付けが悪いのか風が感じられる。


 二階に繋がる階段まで出る。

 昇るか――。


「……なっ!?」


 体を前に倒すと、頬に細い傷が入り、血が垂れた。

 警戒していたはずなのに。


「シャーリー、攻撃されているかもしれん」


 相手は動き出したようである。

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