第27話 原作主人公の過去【sideイツキ】

 ボクが百合園ゆりぞの伊月いつきの肉体を失ったのは、いつのことだっただろう。


 気づいたときには、見知ったゲームの世界にいた。

 のちのち判明したが、転生先は【皇道を征く者】という知っているゲームの世界だった。

 その原作主人公への転生となれば、しばらく興奮はおさまらなかった。


 ボクの転生は予期せぬトラブルが重なって起きた。

 いわば、不運で不名誉な死に方をしたんだ。

 ショックだったけど、今の方が幸せだからいいかな。


 さしあたりの目標はすぐ決まった。

 手当たり次第に敵キャラ討伐する――シンプルだった。


「とにかく検証、と」


 転生したときの初期位置は無名の村だった。

 どうやら、さすらいの旅人として保護されていた人に転移したようだった。

 それすなわち、主人公への転生を意味するようなものだった。


 主人公には名前がない。

 生まれも育ちも不明だ。

 元々この体を持っていた人は、村の人に名前を伝えていなかったらしい。


「【スラッシュ】!」


 誰もが寝静まった夜、近くの草原で簡単な魔法を発動してみた。

 その時点で、魔法の威力が高いことが明らかになった。

 破壊力が凄まじく、初級魔法と思えないほどだった。


 魔法検証の時点で、ボクは主人公に転生したことを確信したんだ。

 調子に乗って色々試していたら、翌朝になって後悔する羽目になった。


「昨夜のうちに草原にポッカリと穴が開いちまったみたいでよぉ。奇妙な話だろ、旦那」


 気さくなおっちゃんが、昨夜のボクの行為に触れてきたときはやらかしたと思った。

 ボクがやったことは知らないようだったけど、いずれにせよ派手な行動はよくないと思うようになった。

 とはいえ、好きなゲームの主人公に転生したとなれば、バリバリ活躍したいと思うのは人間の本性。


 しっかり対策をした上で、魔法の強化に努めてきた。

 そして情報収集もしっかりやった。

隠密ステルス】というスキルのおかげで、あちこち人の目を気にせず動けたのは大きかった。


 調査の結果、この世界にも、きちんと悪の根源はゴロゴロいると判明した。


 王国を遥かに凌ぐ敵国の面々。

 プレイヤーからは「史上最悪の集団」と悪名高かった【魔法殲滅の会】。

 ――そして、悪役貴族のモーダント家。


「モーダント家、あれがかなり厄介だったな」


 モーダント家はストーリーにがっつり絡む。

 早めに根っこから絶ってやらないと、今後の主人公人生に大きく関わる。

 それに、主人公たるもの、主人公としての役目を果たしたい。


 そう思ったのは、ユニークスキル【正義の執行者】によるものが大きいかもしれない。

【正義の執行者】とは、「正義の道を征く主人公、その宿命を背負わされるもの」というもの。

 要は、モーダント家を潰したいと思うよう、感情を強制(もしくは矯正)されているんじゃないのかな。


 ちょっと嫌なユニークスキルだけど、主人公になれたことに比べれば全然我慢できるさ。

 すぐにその効能が如実に現れた。

 それは、【魔法殲滅の会】が村に攻め入ったときのこと。


「これより、ここは我々【魔法殲滅の会】の土地である」


 大軍が攻め入り、理不尽な要求を飲ませようとした。

 なんの前触れもなかった。

 村人は当然怒り、「そんな要求は受け入れられない」と突っぱねた。


「それなら、死んでも文句はいえないな? 大義に従えぬ民は存在価値などないのだから」

「ふざけるな! こんなことをして許されるとでも思って……」


 魔法を付与したナイフが投擲され、抗議していた村人の胸を貫いた。

 続きの言葉が紡がれることはなく、村人は倒れた。


「もし抵抗すればこうなるが、それでも逆らいたい者はいるか?」


 敵将の言葉を受けてもなお、他の村人たちは動じなかった。

 故郷をふたつ返事で明け渡す精神性を、彼らは持ち合わせていなかった。

 今度は逆に、ナイフを投げた張本人が、村人の投げたナイフに貫かれた。


 戦闘が始まった。

 他の地域と接触する機会のすくない、狭いコミュニティであったからこそ、村に対する愛は他のそれとは比較にならなかったようだ。


「うおおおおっっっっ!」

「異教徒に死を!」

「よそ者が大きな顔するじゃない!」


 人と人とが入り乱れ、生死の境が曖昧になる。

 その光景に圧倒され、しばらく呆然としてしまった。

 気がつくと、村人は劣勢になっていた。


「ふんっ! この程度で抗おうとは笑えることよ!」

「さっさと降伏すればいいものの」

「ですが、大義のために血を流せたではないですか! これほど幸福なことはありましょうか!」


 この世界でも、【魔法殲滅の会】は許されざる邪悪だった。

 理念が、大義がいくら素晴らしくても、行動が酷ければそれらは意味をなさない。

 そんな組織、主人公のボクが潰さずしてどうする?


「……そこまでだ、ボクが相手になろう」

「ほぅ、さっきまで呆然としていたガキがよくいう。勝てるはずない。無駄死には大義のためにしかならんぞ?」

「それはどうかな?」


 いって、ボクは動き出した。

 相手の動きを見る限りでは、初級魔法で問題なく戦えそうだった。


「食らえ!」


 雑兵たちに【スラッシュ】をお見舞いする。

 初級魔法だけど、魔力を濃集したそれは一味違う。

 重装備の相手にも、深く攻撃が刺さる。


 事実、一瞬で数人の屍を作ることに成功した。

 悪人が相手だと思えば、初めての殺しだったものの罪悪感はなかった。


「ぐわぁっ!」


 やや遅れて現状を察知した奴らは、攻撃の対象を俺に移した。

 狙われる前に、【隠密ステルス】を発動。

 これで、彼らに勝ち筋はない。


 見えない敵に翻弄され、あえなくほぼ壊滅状態の【魔法殲滅の会】。

 まだ残っている兵もややいるが、ほとんど殺した。

 とりわけ、ひとりの生存者は明らかに格が違った。


「やるな青年」

「あなたも、殺す」


 勝負にはそこそこ時間がかかった。

 が、結局ボクの勝ちだった。

 そいつは剣使いで、俺はその剣を戦利品とした。


 望みのある村人は回復魔法で癒し、なにもいわずに村を去った。

 もうあそこにはいられない。

隠密ステルス】のおかげで、誰にも見つからなかった。


 次なる標的ターゲットは、悪役貴族モーダント家。

 ここでの彼らがどんな人物かはわからない。

 だが、悪人に違いない。


 だからこそ、ボクが潰さないといけない。

 ボクは次なる獲物を求めた。




 ……だが、奴はあまりにも強く、逃げるしかなかった。

 でも、いつかは倒す。

 必ず。

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