第28話 そうだ、魔王領へ行こう

「そろそろ魔王領に行くとするか」


 あれからしばらく経つ。

 もう8月の足音が聞こえている。

 ここまでの間は、多数の勢力をモーダント陣営に組み入れることに注力した。


 あれ以降、イツキ君の情報は途絶えている。

 原作主人公は、残念ながら未来を閉ざされずに済んでしまった。

 あまりにも見つからないので、貴族たちも諦めモードに突入しつつある。


「そもそも、本当にそのような兵士が存在したのか?」

「我々は噂に翻弄されていただけかもしれぬ」


 いささかプライドを傷つけるいい訳だったろうが、そうでもしないと体裁を保つのは困難だった。

 この件はなかったことにしてしまおう。

 それが、お偉方の下した結論だった。


「そうですね。かの人物に対抗する力を飛躍的に向上させるには、それしかありませんもんね」

「いいと思う。私を雇っている人間を皆殺しにするいいチャンスだし」

「殺してしまうのか?」

「うん。もう、あの組織にいる理由はない。だって、いずれあなたは魔王領を支配するでしょう?」


 フレデリカは、魔王領出身の暗殺者である。

 その彼女が、馬鹿みたいに強い魔物たちを俺が凌駕できるだろうといっている。


「それは本心か?」

「あなたの無限の可能性はしかと見てきた。ありていにいうと五分五分。だけど、勝てない相手ではなくなりつつある」

「ほう」


 彼女の目に偽りはなかった。

 ここまで強くなる努力はしてきた。

 無理せず、できそうなら魔王領を統べる者となるのも悪くないかもな。


「……仮にできたとして、だ。そんなことをしたら、勢力の均衡に歪みが生じる。下手したら国家間での戦いが勃発するぞ」

「でもデクスター、辺境伯を殺した時点で、敵国は動いているんじゃないかしら」

「いまさらあれこれいっても遅いと」

「逆よ逆。どうせ戦いになるなら、できるだけ強くなるに越したことはないんじゃないかしら」


 そういわれればその通りだ。

 かくして、敵国との戦いを憂慮する理由はなくなり、安心して魔王領侵攻を実行することができたのだった。




「――【縮地】!」


 魔王領への侵攻は早々に開始された。


 移動は、やはりアネットの転移魔法だった。

 今回はややいつもとやり方が違う。

 彼女と出会った洞窟を通じて、魔王領の地下に出るというものだ。


 アネットの縮地は、同じ標高が転移先だと魔力消費を抑えられる、

 もし地表を転移先にしてしまうと、すぐに魔物と遭遇してしまう。

 それでは持たない。


 ゆえに、魔物のすくない地下を選択した。

 地下から地下への転移となる。


「やけに暗いな」


 まるで周囲の様子がわからなかった。

 どうしようもないので、魔法で光を確保する。

 無属性魔法の汎用衛の高さはここでも役に立った。


 もし敵がいたら気づかれると厄介だ。

 なので、光は最小限の明るさに抑えてある。


「こっち。進む先は私が先導する」


 案内はフレデリカに一任した。

 地元民である彼女が指示を出したおかげで、迷わずに先へと進めた。

 敵との遭遇はいまのところゼロである。


「嵐の前の静けさ、だな。ここからが怖いな」

「戦闘はすくない方がいいでしょう? 初っ端からガンガン魔力を消費したいマゾヒストなのかしら」


 アネットがぴしゃりとはねつけた。


「それもそうだが、ここまで静かだと魔物に遭遇するまで緊張しっぱなしで体によくない」

「……わかる、その気持ち」


 フレデリカは賛同してくれた。

 ホラー映画で考えるなら、幽霊が出てくるタイミングよりも幽霊が現れるまで怖いというものだ。

 来るのか来ないのかどっちなんだい、という状態が一番きついのだ。


「でも、ともかく進まなくちゃ」


 いって、フレデリカは歩みを早めた。

 魔王領といっても、洞窟の構造は王国のそれと大差ない。

 強いていうなら、魔力の濃度が聞いていた通りに高い。


 地上を目指してしばらくすると、地上の喧騒がわずかに聞こえるようになった。

 人間とは明らかに違う声で会話が交わされている。

 それは魔法を使えぬ常人なら怯えてしまうものだったかもしれない。


 声にすら他者を威圧させる凄みがある。

 遠く離れていてもわかるのだから相当のものだ。


「本当に地上に出て問題ないのか?」

「うん。ここの一帯は他と比べると魔物がすくないから。相手に察されずに侵入するには、ここが最適」


 考えがあっての行動選択だったらしい。


「そろそろ構えるか」

「構えて数秒で気づかれるから、もうすこし後」


 フレデリカのゴーサインが発せられると、俺たちは素早く地上へと出た。


「ここが……」


 魔王領。

 目に映るのは、どす黒い赤を垂らした空と、草も生えない荒れた地表だった。

 景色の次に目を惹いたのは、魔物だった。


「グギャァ! ググググググ!」


 人型の巨大狼だ。

 高さは四メートルほどで、返り血で染まった茶色い体表を持っていた。

 数にして、二十をゆうに下らない。


「フレデリカ、魔物がすくないっていうのは嘘だったのですか」

「このくらい、魔王領じゃふつうのことよ?」


 シャーリーは青ざめていた。

 俺も想定外の事態に驚きを隠せなかった。


 しかし、よく観察すると恐ろしいのは見た目だけだ。

 俺たちよりも魔力量がすくない。

 魔力で殴れば勝てそうだ。


「魔力の糸で引き裂かれやがれ!」


 魔力の糸が顕現する。

 フレデリカも似たような魔法を発動する。

 鋭い糸を狼にぐるぐると巻きつかせていく。


 ぎゅっと絞ると、肉と骨が圧迫されて相手の動きが鈍くなった。

 そのまま二重、三重と縛り痛めつける。


「食らいなさい、わたくしの攻撃を」


 すかさずシャーリーが狼に攻撃を加える。

 糸の圧迫とシャーリーの攻撃に耐えきれず、数十体いたはずの狼は命を落とした。

 フレデリカが死亡を確認し、勝負は幕引きとなった。


「勝ったな」

「大したことなかったでしょう?」

「そうだな」


 俺たちが強くなっていたこともあり、数は多かったが特に怪我もせず討伐できた。


「こんなの序の口。どんどん倒していくから」




 これを皮切りに、出会った魔物は有無を問わず殺した。

 敵意が尋常でなく、戦闘は避けられなかったのだ。

 あまりにもサクサク倒せたのは拍子抜けだった。


 ただ、そんな快進撃も途中でかげりが出てくる。


「侵入者ヨ、コレ以上ノ暴虐ハ許サン」


 相手は、魔王軍における四天王のひとり、リオグランデであった。

 人型で羽を生やした、文字通りの悪魔だ。

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