悪役貴族に転生した俺。スローライフは諦めたので敵国の好感度MAXなヤンデレを配下に【闇の帝王】として悪の限りを尽くし、主人公の座を奪います！

第36話 モーダント家の宿命

「父様……！」

　呆けている間に、バルスは魔王の真下まで接近した。

　瞬間移動のようだが、そうではない。

　残像が何度も見えたので、細かい移動を連続で繰り返したのだろう。

「鈍っていないようだな。ふつうなら歳を重ねると弱くなるらしいが」

「鍛錬を欠かさず、魔力をうまく扱えばある程度老化は抑えられる」

「だからなにも変わっていなかったのか」

「いや、むしろ前より強くなったな」

　軽口の応酬にすら、先ほどの騎士とは違う空気感が漂っている。

　やはり、バルスは本物だ。

　そう思わざるをえなかった。

「あの日、お前は私に大いなる傷を負わせた。そのせいで、最盛期は過去のものだ」

「では、今度こそ魔王たるお前を完全に葬り去れるな」

　強気である。

　緊張している様子は露も見せない。

　むしろこの状況を楽しんでいるのか、口角が上がっている。

「あの頃と違い息子もいる。息子には強力な仲間がいる。私の方が有利だ」

「残念だが、その息子とやらには先日痛手を負わせることに成功した」

「殺し損ねた上、四天王から三人も犠牲を出したそうだが？　またメンバーが入れ替わるな」

「……貴様、死にたいのか？」

「ここで死んでも未練はない」

　バルスは魔力の膜を体に展開していく。

　その濃度は俺たちのそれとは比較にならない。

　安定感が桁違いで、別格ともいえるオーラを感じる。

　魔力とは違う何かが、膜に込められている気がしてならない。

　膜はやがて拡大し、ドーム状にバルスを包み込む透明な防御壁となった。

「周囲の者はすぐに距離をとれ。死にたくなければな！」

　バルスの叫びをうけて、すぐに兵士たちは離れた。

「こい。その咆哮（ほうこう）程度なら、余裕で受け止められる」

「いってくれるな」

　魔王は竜に攻撃を命じた。

　空気をとりこみ、体内で成分を合成する。

　口元が明滅する。

「――撃て」

　吸い込まれた空気を吐き出す。

　光線が空を裂く。

　射程にはバルスが入る。

　細いが密度が濃く、凄まじい力を肌で感じる。

　あまりにも多い光量が、俺たちの視力を奪う。

　沈黙が流れ、そして盛大に爆ぜたのがはっきりと聞こえた。

　誰も彼も、攻撃と防御の結果を気にしていた。

　視力が蘇ると、平らだった地表が派手にくぼんでいるのが目についた。

　竜の一撃は強力極まりなかったらしい。

「……どうなったんだ」

　ふと出た言葉だった。

　バルスの姿を探す。

　元の地表から、もっとも沈んだ場所――そこに、勇敢な男の姿があった。

　ドーム状の防御壁は、竜の猛攻を受けてもヒビひとつ入っていない。

　余裕を強調するように、バルスは目を瞑って坐禅まで組んでいた。

　目を開くと、防御壁を解除した。

「なにか私に攻撃でもしたのか？　まるで気づかなかったが」

「さすがだな。並の人間は、これだけでも簡単に死んでしまうからな」

「魔王、次からは容赦しない。本気でやろう」

「一対一か？」

「いいや、あんたには竜も部下もいる。であれば、こちらも仲間を追加してもよかろう。デクスター、お前たちも参加しろ」

　もちろん、答えはイエスだ。

　俺、シャーリー、アネット、フレデリカ。

　全員が、バルスの元に集まる。

「三対五か。まあよい。烏合の衆なら計上するまでもないからな」

「私の息子を舐めるなよ？　デクスター、魔王にひと言ぶつけてやれ」

　なにをいうべきか。

　考えるまでもない。

　俺の思いをぶつけるだけだ。

「先日の雪辱を果たしにきた。モーダントと魔王との因縁は、俺の代で終わらせてみせよう」

「モーダント、その意気やよし！　これでお前たちも潔く死ねるだろう！」

　魔王は昂っていた。

　格好の獲物を見つけた肉食動物のようだった。

　もう、後には引けまい。

「死んだ者の力を吸い込んだ私に、敗北の二文字は存在しない！　出でよ、死した我が盟友たちよ！」

　いって、魔王は右手を空に掲げた。

　すると、空間が歪んだ。

　裂け目ができると、かつて魔王領で倒した魔獣たちが地上に降り注いだ。

「私の本気をとくと見るがいい」

　バルスは兵士たちに魔獣討伐を任せた。

　無数の魔獣を前に、集まった各国の兵士たちは一時の休息を失った。

　ひたすら剣を振るい、使える者は魔法をもって打ち払う。

　瞬く間に戦場が生まれた。

「バルス・モーダント、いざ参る」

「さあ来い！」

　両者ともに動き始めた。

　バルスは膝を曲げたと思うと、地面を蹴り真上に飛び上がった。

　足元に魔力を展開させて跳躍したのだろう。

　体が最高点に達したかと思うと、また魔力で足場を作った。

　そして飛び上がり、足場を作り、飛び上がり、足場を作り……。

　連続すると、あたかも空中歩行をしているようだった。

「この手があったか！」

　思い、さっそく実践しようとする。

　だが、すぐに再現できるものではなかった。

　魔法は訓練の賜物であり、日々使わないと身につかないものであると再認識した。

「まずは見守りましょう。機を見て加勢しましょう。なにせ一度負けている相手です。下手に動いて足手まといになってはバルス様に申し訳が立ちませんから」

「そうだな、シャーリー」

「わかってもらえればいいんです」

　バルスは魔王に肉薄し、無属性魔法を連発する。

　魔力で作ったナイフの刃、糸、針。

　ともかく、傷を負わせんと物量作戦に出る。

　しかし、それで倒れる程度の魔王ではない。

　蚊でも払うような手つきで、裏拳で空気を切る。

　バルスの攻撃はひと振りでことごとく消滅した。

「よい、狙いはお前ではないからな」

「ん？」

　バルスはどこからともなく剣を取り出し、右手に握っていた。

　ロングソードとでもいおうか、明らかに汎用性を考慮していない形状だった。

　まるである目的のためだけに作られたかのようである。

「竜だ」

　デクスターは、竜の横っ腹に一撃を食らわせようとする。

　剣は硬いはずの鱗を貫き、やや深く刺さった。

　それをすっと横に引いていく。

　悲鳴が上がった。

　痛みのあまり苦しんでいる。

　竜が深傷を負う前に、四天王のルザノスはバルスに抵抗を見せた。

　抵抗を前に、バルスは距離をとることを余儀なくされた。

　完全に自由落下で、落ちたら即死確定。

　さすがにまずいと、俺とシャーリーでアシストに入り、事なきをえた。

「危ないじゃないですか、バルスお父様」

「お前たちが助けると信じていた。落下の衝撃を避けるのに魔力を割きたくなくてな」

　この人にはかなわないな、と強く思った。

　戦闘は続く。