第37話 ルザノス爆殺

 地上は魔物と人の流した血で染め上げられている。

 魔王が召喚した魔物は、王国や帝国のものより圧倒的に強かったらしい。

 両軍とも犠牲が多い。


 とはいえ、魔物もかなり痛手を負っているようであった。

 魔法を使える勢力が魔物の軍勢を殺戮している。

 中には【魔法殲滅の会】の者もいるのだろう。


 この状況下では、敵も味方も関係なかった。

 生き延びることが先決。

 仲違いをしている場合ではないのだ。


「父様、どうやって魔王をお仕留めになられるつもりなのですか?」

「ある弱点をつこうと考えている。私が戦ったときと変わらなければの話だが」

「弱点?」


 魔王の体には膨大な魔力を溜め込める特殊な魔石が埋め込まれているらしい。

 それを完全に潰してしまえば、魔王の力は弱まるそうだ。

 かつて、バルス・モーダントは魔石の一部を破壊したらしい。


「問題なのは、魔石がどこにあるかわからぬことだ」

「ではなぜお父様は魔石に傷を入れることができたのでしょう?」

「いってしまえば幸運というものだ」


 魔石は固く、簡単には傷がつかないそうだ。

 強烈な魔力を一点に集中させると、魔石が負荷に耐えきれず、砕ける。

 それが、バルスの出した結論であるという。


「魔王に接近し、近接戦闘に持ち込むことが第一だ。そのためにも、厄介な竜と四天王を潰さねば話にならない」


 前回魔王に挑んだときも、上空からの猛攻に耐えきれず引いてしまった。

 地上での争いを強いることができれば、今度は勝てるかもしれない。

 希望が見えた。


「では、その長い剣で竜を殺されるのですか?」


 例の剣に視線を送る。

 禍々しさすら感じる逸品だ。

 竜の濁った血が刃にべっとりついている。


「そうだ。なにせ、これは竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーだからな」

「あの竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーなのですか?」

「ああ。神話級の古代遺物アーティファクト。本物だ」


 記憶が蘇る。

 あれは正真正銘のチート武器だ。

 魔法と剣術の絶妙な技巧さえあれば、最強といえる。


 その効用は竜に対してのみ特化されている。

 魔王の討伐には使えないが、あの厄介な竜にはもってこいだ。


「あの竜の親はこの剣で殺した。きっとその子にも効くだろう。私は竜を殺す。デクスターたちは、地上に落ちた四天王を最初に殺せ」

「御意」


 急な作戦会議はここで幕を閉じた。


「おしゃべりはここまでだ。今度こそ竜の咆哮と私の魔法に焼かれ死ぬがいい」


 あちらが魔力を練っている間に、バルスはすぐさま竜に肉薄した。

 近づいて斬り、引いて体勢を立て直す。

 魔王やルザノスに反撃の隙を与えぬまま、竜を着実に入り刻む。


 竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーが突き刺さるたび、竜は悶え苦しんだ。

 竜を操作するにも、命令をうまく聞かせることのできぬ魔王一行だった。


「おのれ!」


 魔法が放たれる。

 バルスがいそうなところに、手当たり次第撃ちまくっている。

 そうとなれば、バルスも無傷とはいかなかった。


「もうすこしだ」


 刻み、払い、刺し、捻る。

 剣の長さと重さを感じさせない剣技は、一種の舞踊の様相すら見せた。

 なるほど、一流の戦士は、かくも美しいのか。


 バルスが竜と対峙している間、俺たちは手持ち無沙汰だったわけじゃない。

 地上戦に加勢し、できる限り魔獣を殲滅する。

 同時に、魔王の攻撃に備えて準備をしておく。


 やや遠くでは、目にも止まらぬ速さで爆発が起こっていた。


「どうも魔法の実力者が近くにいるらしい」

「そのようですね」


 口には出さなかったが、シャーリーも了解しているだろう。

 あれはきっと、転生勇者のイツキだろう。

 奴もやはりこの戦場にいたか。


 憶測でしかなかったが、確信に近かった。


「みんな、来るぞ!」


 そうしている間に、竜はついに痛みに耐えきれず、地上に落下するに至った。

 魔王たちは機を見て竜の上から飛び降りる。

 最初に四天王が落下してきた。


 まずは奴から殺させてもらう。


「フレデリカ、シャーリー。臨戦体勢だ」

「了解です!」

「私はいつでもいける」


 鍛え上げた新技、そのお披露目の機会だ。

 フレデリカは魔力で生成した糸を具現化し、ルザノスの方に伸ばす。

 体に巻きつけようとするが、ルザノスの抵抗により阻まれる。


 消失と生成がいたちごっこのように続く。

 ついに耐えきれなくなったルザノスは巻かれることに甘んじた。

 ただ降伏を意味しているわけではなく、熾烈な攻撃がお見舞いされた。


「俺が防ぐ」


 魔力を持って魔力を制す。

 防御に徹し、隙があればフレデリカに加勢する。

 まずはルザノスを叩くのだ。


 シャーリーも魔法でルザノスの邪魔をしていく。

 と同時に、魔王への警戒も緩めない。

 地上に戻ったバルスとともに、魔王からの魔法を防ぐ。


 結果として、俺たちはふた手に別れることになった。


「一気に勝負を決める!」


 フレデリカが糸の強度を上げた。

 締め付けが強化され、ルザノスの肉はひどく圧迫された。

 ついにはめり込んで少量とはいえない血を噴き出した。


 それでも、相手は人外であるためだろうか、気にせず抵抗する。

 反撃は締め付けの強化につれて増していた。


「……さっさと早く砕けろ!」


 フレデリカは足に手をやった。

 衣服の裏には武器が隠されていた。

 アネットお手製の改造版古代遺物アーティファクトである。


 ボール状の爆弾である。

 研究の結果、かつての武器を復元することに成功していた。

 本来なら魔王に使う予定だったが、つべこべいっている場合ではない。


「いってらっしゃい、そしてさようなら」


 大きく振りかぶって、投げる。

 プロ顔負けの豪速球だ。


 衝突、爆発。

 呪いというべきか。

 邪悪な魔力が込められており、肉体的にも精神的にもルザノスはやられた。


「くそ、この程度の相手にやられる四天王ではない……竜さえいれば、竜さえいれば……!」


 ルザノスは悔しがっている。

 奴はたしかに竜のうまい使い手だった。

 だが、それなら奴の得意な土俵から引き摺り下ろせばよいだけのことなのだ。


 実現しえたのは、ほかならぬバルスの強力あってこそだ。


「では、トドメだ!」


 俺がルザノスを仕留めようと魔力を錬成しようとした刹那。


「あ?」


 拘束されていたはずのルザノスは、突如として切り刻まれた。

 乱入者が現れたのである。


「英雄は遅れてやってくる、そういうらしいよね。ボクも来るのが遅くなって閉まったよ」

「勇者だな!」

「お久しぶり、悪役貴族。ちょうどいい機会だ。君も魔王とともに死んでもらう」

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