第21話 プロローグの終焉
さて、俺もすっかり忘れかけていたことではあるのだが。
俺が転移したのは「皇道を征く」というゲームであり、デクスターは悪役貴族。
ここまで、まるで俺が主人公であるかのように錯覚していたのだが。
「そういえば原作主人公、いるじゃん」
この気づきは、魔王領への侵攻などを思案した夜に生まれた。
ふかふかの天蓋付きベッドに身を委ね、精神を落ち着けていた際に、ふと思い出してしまったのである。
原作主人公の影はあまりにも薄かったが、仕方のないことである。
というのも、原作主人公が活躍し始メルのは王国歴302年7月中旬のことであるのだ。
まさに、今月のことである。
ここまで派手な行動も見せず、平穏に暮らしていた主人公が転機を迎えたのは、とある事実の発覚からだ。
原作主人公は、実は選ばれし勇者だったのだ――。
そんな設定だ。
勇者としての責務を果たすため、彼の人生は大胆な軌道修正を余儀なくされる。
初日から無謀な戦いに遭遇する勇者。
窮地に陥ったかと思うと、知力と運と勇者パワー(?)といった諸々が奇跡的な相乗効果を生み出し、圧倒的な実力差にも関わらず勝利を収めてしまった!
最初は自分が勇者の適任であると思っていなかった原作主人公。
しかし、奇跡が立て続けに起きたことにより、「俺ってやっぱり勇者たる才能の持ち主だったんだ!」と完全に自惚れ、自分に陶酔してしまう。
あまりいい印象はない。
ふと思い出したのだが、プレイの際に「原作主人公が腹立たしい」と強く感じていたのかもしれない。
あれか、嫌な記憶だったために脳内から抹消されていたんだろう。
俺が橘だった頃の世界には、「自分が物語の騎士であると信じ込んでやまず、精神に異常を来てしまった人物」が描かれたフィクションがあった。
彼とは違うかも知れないが、勇者も、ある種の思い込みで世界が歪んで見えていたかもしれないな。
閑話休題。
ともかく、俺の中でイベントの優先順位に変動が起こった。
魔王領も大事だが、原作主人公のことも気になっている。
もはや吹っ切れて悪役ムーブ(?)を満喫しているが、そろそろ破滅エンドを回避する手立てを真剣に考える必要があるだろう。
計画の変更をおこないたいところだが、
「……というわけで、なぜか原作主人公が勇者になるとか、明らかに先の展開を読みまくってるけどプランを変えてくれるよね!」
などとのたまえば、俺の存在を怪しまれるのは疑いえないことであり、俺の即却下となった。
一晩寝て冴えた頭で考えた結果、事情を話さずにプランの変更を提案することにした。
「新たな敵が現れてもいいように、周辺の警戒を強化しよう。また誘拐されても困るだろう?」
いささか嫌味を含んでいたが、そんな主旨のことをいったら受け入れてもらえた。
原作主人公が登場するとなると、ここからがいよいよ本番だな、という気持ちになる。
今まではかなり自由に振る舞ってしまった。
とはいえ三人の仲間を引き入れ、悪役貴族(息子)としてのスタートラインに立てたので結果オーライとしておこう。
「しばらくは魔法の強化にあてることにしましょうか」
「私は古代魔法の研究をしまくりたいのだけれど」
「研究だけでは不健康だろう。魔法を発動することで身体を動かさないとな」
「デクスター、研究だって体を使うかしら」
「御託はもう結構だ。魔王領を余裕で制圧できるなら自由にしてくれ」
流石にそれは無理だわ、とアネットに即答された。
彼女とて自分の実力を理解しかねているわけではない。
古代魔法の研究は自由にやらせておこう。
アネットは一日三回の食事以上の高い位置に古代魔法を置いているような奴だ。
下手に制限を加えてしまうとよくないのは目に見えている。
「私も魔法の訓練、参加してもいいのかな」
フレデリカがやや不安げに問うた。
「もちろんだ。ここにいる全員が、すこしでも強くなるに越したことはない。それに、強い仲間の存在は士気を上げるにはもってこいだ」
「じゃあ私が圧倒的な力で捻じ伏せてみせる」
「そういわれると腹立たしいですね。息の根から止めてやりましょうか」
「加減を知れ、加減を」
殺し合う覚悟で挑まないと、まともに戦えない相手ではあるがな。
暗殺者フレデリカ。
彼女の系使いを覚えて無属性魔法にぜひぜひ応用したいところである。
人のよいところを真似ることで学び、オリジナルとなる。
そしていずれ最強で最恐で最凶の領域に到達できるはず。
いってて恥ずかしくなるが俺はいたって真面目だ!
「ともかく、決めてからには方針に従って来る日に備えるしかないでしょうね」
「そうだな、アネット」
かくして、俺たちはひとたびの準備期間へと突入した。
突然、なにかしらの依頼が舞い込むかもしれないが、それを除けばとりわけなにもないことになる。
この時期はさほど面白いものではないものの、派手に実力を発揮するためには欠かせない時間である。
本番にかかる時間よりも準備にかかる時間が長くなるのは常であり、普遍的な法則といえよう。
俺たちの準備は、その反例となることはなかったわけである。
この後の準備期間において、特筆すべき出来事は起こらなかった。
同じような日課をこなして気力を蓄えるという、小学生の絵日記であれば内容に呻吟するレベルで彩りのない日々だった。
初日周辺の密度が明らかに濃かっただけであり、これが普通のはずだ。
きっとそうだよね!
「大変です、デクスター様」
「どうした」
「取るに足らぬ無名の一兵士が、強力な隊を見事に破ったとのことです。明らかにきな臭いです」
シャーリーが報告に上がったのは、原作開始とされる7月中旬、その中でもやや遅い時期に差し掛かったあたりだった。
詳しい事情を聞く限りでは、見事に原作主人公の特徴や行動にかなり一致している。
ターゲットが動き出したと考えてよかろう。
天国か地獄か。
運命の羅針盤がどちらに針を向けるか、今はまだ誰も知りえなかった。
原作との違いはいったいなんなのか、害を及ぼしそうな存在か否か。
気になることが脳内を駆け巡る。
純粋無垢で正義感に強い奴なら、滅多微塵にしてしまおうか。
退屈な日々を終わらせた起爆剤に興奮を禁じえない。
「この案件に首を突っ込む、いいな」
「お思いのままに」
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