第22話 帝国は黎明を告げる【帝国side】

 時は辺境伯が暗殺された直後まで遡る。


「陛下、報告がございます」

「相当焦っているらしい。して、要件は?」


 場所は王国から離れた帝国。

 とある貴族は、王国の辺境伯が死に、恐らく暗殺されただろうとの旨を、声を震わせつつも伝えた。


「そうか、機は熟したな」


 皇帝は余裕に満ちていた。

 辺境伯の死が、皇帝にある行動を駆り立たせる要因として不足なかったからである。


「いけませぬ、陛下。そう慌てることもございません」

「慌てているのは余ではない」


 お前の方だ、という意味を込めていた。

 貴族は冷や汗を流している。

 今後予想される未来を想起しているために、恐怖と絶望を感じているのだ。


「またとない平和な時代です。多くの民は戦を望んでおりませぬ。ですから……」

「しかし、私は満足していないのだ。比較的平和な、この時代に」


 皇帝の出自は、皇族ではなく単なる兵士に過ぎなかった。

 彼は自身の実力をもって高位を手にしてきた。

 戦争も謀略も、手段としてしか見なしていない。


 そして、なによりも血を欲していた。

 流した血によって現在の立場があると強く実感している以上、戦なしには、皇帝としての自分が自分であるとは思えない。

 平和な時代は、退屈そのものなのだ。


「お前のいわんとすることは承知している。しかし、またとない機会を逃すわけにはいかんのだ」

「……」


 辺境伯の暗殺など、なかなか大胆なことをするものだ、と皇帝は思う。

 本当に暗殺だとすれば――暗殺だとほぼ確信していたが――いったい全体、誰が仕組んだことなのか。

 該当者を頭の中でピックアップする。


「きっとあの男だろうな……面白いことをする」


 候補は、片手の指に収まるところまで絞られた。

 有力候補の中には、バルス・モーダントの名があった。

 辺境伯を殺すなど、敵国に弱みをわざわざ見せつけるようなこと。


 ふつうに考えれば、腐りかけの王国がそんなことをするなど、自殺行為に等しい。

 そうでないとすれば、これは挑戦状の意が込められていよう。

 皇帝にとって、いや、誰にとっても無謀な挑発であるのは明白。


「王国に近々戦争を仕掛ける」

「よろしいのですか」

「余の意向を無視する気か?」

「……御意」

「詳細は追って話す。では、下がれ」


 貴族は退出した。


「なにが起こるか、人生わからぬものだな」


 皇帝はひとりごちた。

 まだ老人といえる年ではないが、銀髪が目立つようになってしばらく経っている。

 己の人生は後半に差し掛かっているのだろう――そのような思いがしばしば湧き上がる。


 若い頃に立てた決意、「すべての支配者となる」。

 その達成が、さらに近づく。

 王国さえ倒せば、あとは総力をもって魔王国に攻め入り制圧するのを待つのみ。


「口でいうのは易いが、現実は違う」


 一見すると、王国からの無謀な挑発であった辺境伯の暗殺。

 それが実は無謀ではなかったとすれば、との疑念を止めることはできない。

 油断や慢心が身を滅すのは身に染みて理解しているゆえ、慎重さを捨てることはない。


 血がたぎる興奮の中にいながら、皇帝は冷めた自己を捨てないようにしていたのだ。


「……いずれにしても、鈍った魔法の腕を取り戻さねばな」


 思案にふけるのを中断し、職務に戻ることとした。

 退屈の最たる象徴である書類仕事を、感情を押し殺してこなす。

 俺は判を押すために血を流してきたのかと思うと、冷笑的な思いを禁じえない皇帝だった。


 王国と戦をしたいという考えは、すぐさま皇帝を起点とする階級の上層部に行き渡った。

 多くの貴族は、久しぶりに戦いができるということに歓喜した。

 魔法を気兼ねなく実戦で使えるというのは、多くの貴族や魔法使いにとって、至高の楽しみであったのだ。


 かくして、バルス・モーダントの命令によってなされた辺境伯暗殺は、帝国に多大なる影響を与えたのである。




 ◇◆◇◆◇◆





「ふぅ……」


 時は現在に戻る。

 かくいうバルス・モーダントは、真っ暗な自室の中で瞑想を続けていた。

 彼は他を寄せ付けないほどの実力を有している。

 にもかかわらず、バルスはさらなる高みを目指している。


 ワンマンアーミー。

 バルスの目指すところはそれだ。

 自身が影から生きとし生けるものを支配する。


 奇しくも皇帝と似た思考であった。


「さて、ディートハルト……卿は私に勝てるだろうか?」


 バルスの片頬が、自然と吊り上がった。

 弱小と最強が剣を、魔法を交えたときになにが起こるのか。

 口先では強気だが、決して皇帝――つまり、ディートハルトに勝てるとの確信を持ち合わせていないバルスであった。


 バルスという、たったひとりの男の素朴な疑問が、王国を滅亡の危機に直面させる。

 これほど大胆で罪深い行為はないだろうな、とバルスは自嘲した。

 とはいえ、戦いのきっかけは些細なものであることが多いということを思い出し、わずかな罪悪感はすぐ消え失せた。


「そしていずれは、息子とも戦わねばならぬときが来るのだろうな」


 ここ数ヶ月におけるデクスターの成長が著しいと、バルスは考えていた。

 それに、まるで人が変わったかのように、異性との付き合いが薄かったはず息子が女性の仲間を一気にふたりも連れてきた。

 敵国の要人であることは気になったものの、よい傾向と見なされた。


 悪の道を征くことが、モーダント家の宿命。

 かつては悪を拒んでいたバルス自身が、悪としての生き方に魅力を感じるようになったように、宿命は本来の姿さえ変えてしまうものだと彼は理解していた。

 デクスターも、このまま行けばさらに強くなる。


「俺を倒せるのは俺自身だけというが、デクスターは俺以上の俺になりえるだろうな」


 これから待ち受けるであろう運命を想像しつつ、バルスは瞑想を再開した。


「勝者はあいつか、俺か。それとも……息子か」


 かくして、物語は黎明を告げる。


 ――――――――――――


 <あとがき>


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 第一章はここまでとなります。

 よければブックマークや★★★のボタンを押していただけると嬉しいです。

 


 <追記>

 

 現在、1000字程度の話がいくつかありますが、今後加筆・修正し、2500字程度に変更する予定です。

 話が前後しご迷惑をおかけするかと思いますが、ご理解のほどよろしくお願いします。


 ――――――――――――

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